三周め 前
おかしい、いじめを考える小説ではなかったはずだが……
気がつくと、またまたベッドの上だった。
とりあえず今回注意することは、前回のように自分がいじめられる側に行ってしまわないようにすること。ぼくの場合、ひとつ間違うとそうなりやすい立ち位置だから、慎重に行かなければならない。情報収集も何もあったものじゃない。そのためには、珠洲利と安易に接触しないようにしなければならないし、加楠宮も要注意だ。
登校前に、炎上覚悟で巨大掲示板に「闇に世界が食われつつある件について」というスレを立てておいた。五百や六百の叩きレスがあっても、ひとつまともなレスが返ってくればもうけものだ。
昨日より少し早い、七時ちょっと過ぎに登校してみると、運動部朝練組以外の生徒の姿はほとんどない。校門が見える校庭のベンチに座って、ひなたぼっこのカムフラージュとしてコンビニで買ってきた菓子をつまみながら、登校する生徒を観察する。こんな朝から外で太陽の光を浴びていると、正直めまいがしてきそうだ。
五分もしないうちに見多森が登校してきたが、ほんの二分ほどで珠洲利も現れた。ひょっとして見多森が早く登校するのに合わせて早く来ているのか?
前回はこの翌日、十分ぐらい後のタイミングで屋上ではち合わせたわけだが、屋上から見多森をスポットしているとか? それでぼくがだれかを探していると思いこんで目をつけたのだろうか? 非常に短絡的だが、かなり闇が深いな。
始業まであと十分ほどになると、登校してくる生徒もずいぶん増えて観察どころではなくなる。それにそろそろ日陰が恋しいので、切り上げて教室に向かおうとしたとき、ひとりの男生徒が校舎裏にとぼとぼ歩いて行くのが見えた。その少し後ろを四人の男生徒が続く。おそらく攻め受けで言うところの攻めの人たちなのだろうが、その中にクラス委員である未貴晋がいるのが見えた。
教室に入り、水城とちょっと無駄話をしたあと、自分の席で朝のHR開始を待ちながらあれこれ考える。
管理者は、珠洲利と加楠宮に闇が集まっていると言っていた。これに未貴をあわせた三人が、いまのところぼくの手元にある、闇をたぐっていくための手がかりだ。正直、これでどうにかなる気はまったくしないが、やれるところからやるしかない。
「山瀬」
この三人に共通すること、あるいは交友関係の重なりは……。
「山瀬!」
「はいっ!」
担任の二山がぼくを見ていた。
「引きこもるのは家だけにしてくれ」
二山の言葉に、何人かの生徒から失笑とも嘲笑ともつかない笑いが漏れる。いつものことだ。こいつは笑いがとれる教師が良い教師だと思っている。そのためなら標的を選ばないし、一人踏みにじっても十人に受ければ大満足だ。
「すみません」
一言だけ謝ってぼくは目をそらした。
そのあとは、目だけ前に向けながらやり過ごした。存在の薄いぼくは、それで完全に教師の知覚の外に出る。あとはぼくの世界に入ればいい。
だれが闇の中心にいるかを知るのも重要だが、どう戦えば闇に打ち勝てるのかもそろそろ考えなきゃいけない。いじめ問題に取り組んでるばかりじゃなくて、女の子のことも考えたいよね。そもそもぼくのやることはいじめ撲滅じゃない。ハーレムを作ることだ。……あれ? 少し違ったっけ?
出会い関連イベント多発地点の中で、素人がいちばん立ち寄りやすいのは屋上、中庭、図書館といったところだが、現時点で屋上と中庭は除外だ。生徒会室とか職員室とかは主に二次イベント用だし、グラウンドなど運動系は論外だ。いや、「きみもやってみる?」とか言うケースがあるか。
昼休み、ササッと弁当を食べて図書室に向かったのだが、閲覧室はガランとしていて誰もいなかった。考えてみれば、昼休みのような多少まとまった時間に図書室にこもるのは、自分がぼっちだと宣伝しているようなものかもしれない。多少無理をしてでもコミュニケーションごっこにふけるのが普通なのかな?
今さらほかに移動するのも面倒なので、閲覧室の片隅にすわり、スマホで朝立てたスレをチェックしてみる。悲しいことに炎上すらしていない。十ほどついているレスは、「香ばしいのが沸いてきた」とか「おまえは何が見えている?」とか「通報した」とか、そんなのばかりだ。
「山瀬くん、スマホをいじるなら外でやってください」
不意にうしろから声をかけられ、固まった。この手のイベントを期待して図書室に足を運んだはずなのだが、いざ実際に発生してみると、頭が真っ白になってしまった。
おそるおそる振り向くと、女生徒がぼくを冷たい目で見下ろしていた。えーと、去年同じクラスだった浜喜田夕莉だったっけ? ああ、図書委員だったかな?
「は、浜喜田さん、だったよね? ごめん、禁止されてた?」
「わたしの裁量ですが? ここは、ここでしかできないことをする場所です。スマホはここでしかいじれませんか?」
まったく容赦のない言葉がたたきつけられる。表情を見ても、これはイベントとか言っている場合じゃなさそうだ。
「そ、そんなことありません! ごめんなさい! いますぐ出て行きます!」
「スマホをいじるならそうしてください。本を読むなら、わたしの言葉はお気になさらず」
一寸のとりつくシマもみせることなく、浜喜田はカウンターの向こうに消えていった。いまさら本を読むのもわざとらしい気がして、ぼくはスゴスゴと図書室をあとにした。PCの中だったら、ここでドサっと本を彼女の前に置いて「おすすめは?」とか訊くのかもしれないけど、それを現実に出来る人がいたら教えてほしい。ありえないでしょ、そんなの。
放課後は、これまであまり足を向けてこなかったところをうろついてみた。グラウンドとか、体育館とか、文化系の部室等のまわりとかだ。ただこういった場所は、放課後は特によそ者には冷たい。多くの生徒とすれ違っても、誰もぼくを気にしたりしない。たぶん、見えてないんだね。
どこをぶらついても、影が巣くっていそうな場面には出くわさない。影が集まっているはずの加楠宮さえ、野球場で見ると正当派青春ドラマの中にいるように見えてしまった。いや、野球場のまわりにいる女生徒の声援は、まさに主人公だ。女子人気筆頭の水城が、彼女である弓鞍咲菜恵以外に目もくれないという今の状況においては、人気ナンバーワンと言ってもよい。この現状に不満などなさそうな男が、なぜ影を集めなければならないのだろうか?
さらに考えてみると、珠洲利だって決して「持たざるもの」ではない。それならグループのリーダー格になどなりようがない。見た目も悪くないし、成績だって上の下というところで、運動も不得手ではないときく。影がとりつくとしたら、どの辺だろうか?
そして、今朝方見かけた未貴だ。こいつも表の世界で王道に近いところを歩いているはずではないのか? 押しつけられたに近いとはいえクラス委員を立派に務め、成績も悪くない。見た目も派手さはないが悪くない気がする。
さっぱりわからない三人の共通点だが、影にとりつかれる理由がわからない、という点だけは共通しているようだ。
家に帰り、巨大掲示板をのぞいてみる。昼休みから、さらに二十ほどレスが伸びただけという寂しい状況で、さらにそのほとんどはスレ主叩きだ。ただ、ひとつだけそうではないレスがあった。
「影は光のあるところにあり、光が強いほど濃い」
お読みいただき、ありがとうございます。
ようやくハーレムへの小さな一歩が踏み出されたか?