五周め その六
死に戻りを決意した恭也の行動は?
(まずいまずいまずいまずいまずい!)
今は夕刻から夜に変わるころ。ぼくの前、三十メートルほどのところを志手川摩桜が歩いている。なぜか周囲の人影は消え、帰宅中の女子呼応生と、電柱に姿を隠しているオタクだけがそこにいる状況となっている。第三者がこの状況を見れば、確実に通報だ。あるいは、志手川がちょっと振り返れば、おそらく半分だけ身体を隠している怪しいぼくの姿が見える。どっちのケースでも、ぼくは詰む。なぜだ!? なぜこんなことになった!?
異世界から帰還し、ユカ、ミナミと情報交換をしたぼくは、初めて自分から死に戻りを決意した。五週目にして初めて、自分だけでない、だれかのためにこの世界の終わりへの流れを止めなければと思ったこと、そして、そのためにもとにかく一度は管理者と話さなければならないと思ったことが、ぼくの背中を押した。
だが、そう決意するとこんどは「どうやって?」という問題に直面する。今までの四回、ぼくは世界の終焉に巻きこまれたり、うしろから殴られたり、とにかく自分の意思に反して死んできた。自分の意思に従って死ぬ、いわば自殺のような死に方でも、果たして死に戻るのだろうか? ゲームのような便利なシステムがぼくをサポートしてくれているとはいえ、どのシステムにも最後の最後に「そこまでうまい話はないよね」という部分が残っていた気がする。自殺がこのシステムによって認められた死に方ではなかったとすれば、死に方によっては完全にゲームオーバーになってしまう可能性がある。
あらたな難問に頭をしばしひねったぼくは、積極的にあぶない橋を渡ることによって情報収集を行いつつ死を引き寄せることにした。現時点で探ってなにか得られそうな対象は、あの小屋と、むこうでぼくらを知っていた志手川だ。小屋については、状況の一つの核であることは明らかで、ユカやミナミと相談しながら腰を据えて探る段階にあることを踏まえると、目先を変えて志手川個人を探るのが、新たなきっかけを生みそうに思える。
素人の考え休むに似たり、だった。学校を出てバスに乗るところまでは、人も多くまったく問題がなかった。それで、自分が尾行のプロになったような錯覚に陥ってしまったのだ。バスを降りた志手川を数分追いかけたところで、あたりから急に人影が消え、徐々にぼくは身動きがとれなくなっていった。もとより、完全に気配を消しながらうしろを追いかけることなど、ぼくに出来るはずもないのだ。
それでも、ここで尾行をあきらめて彼女をやり過ごし、引き上げていれば問題はなかった。成果はないが、問題もない。だが、ぼくはまったく不要な悪あがきをしてしまった。必死で物陰を探しながらヨタヨタと彼女を追いかけているうちに、静かで歩いている人も見当たらない、まっすぐな道に出てしまったのだ。ちょっとした足音も彼女の耳に届きそうで、身体が完全にすくんでしまった。電柱でぼくの身体が隠せているのか、きわめて心許ない。いま彼女が振り返ったり、ほかの人があらわれたりしてぼくの様子を見れば、十中八九、ぼくをストーカーだと思うだろう。着ている服はアイドリのサヤカちゃんのまま。言い訳をまともに聞いてくれるような気はまったくしない。
なおも、次に身を隠すなにかを探していると、ぼくのすぐ背後の家から、人が出てくる気配がした。万事休すだ。
「志手川さん」
「山瀬? こんなところでなにしてるの?」
立ち止まって振り返った志手川は、探るような目でぼくを見た。
ダラダラ汗を流しながら考えに考えたぼくは、尾行を続けるのをあきらめ、思い切って彼女に声をかけた。これ以上状況を悪化させるよりは、直接彼女にぶつかってみることを選んだわけだ。現時点でそれほど彼女のぼくに対する心証が悪くないはず、という状況にすがったのだが、それなら最初から彼女に声をかければ良かった。それなら彼女からこう、怪訝そうなまなざしを向けられることもなかったはずだ。彼女の家の近くにぼくがいる理由など、なにもないのだから、この段階で声をかけても、怪しさは払拭できない。
「で、山瀬がわたしの家の近くをうろついているのはどういうわけ? このあたりで顔を合わせたこと、なかったよね?」
ぼくはいま、志手川に声をかけた場所から歩いて五分ほどのところにある公園で、ベンチに彼女と並んで腰掛けている。いきなりストーカー扱いされることがなかったのは幸いだが、抱いた不審を挽回するには、当然ながら至っていない。
「き、聞きたいことがあるんだ。学校とか、人の多いところだと話しにくいことだから、声をかけるきっかけを探しているうちにここまで……」
「ふーん? で、聞きたいことってなに?」
志手川の視線は依然として緩まない。これは、彼女の精神的なガードを下げるのは無理かもしれない。だとすれば、あと残るのは体当たり攻撃しかない。
「ここじゃない、別の世界のことを教えて欲しい」
「なにを言ってるかわからないんだけど?」
志手川の表情が微妙にこわばった。すくなくとも、ぼくがなにを言っているかはわかっている顔だ。
「ぼくはむこうできみと会ったんだよ、シデガワ伯爵家のお嬢さま。むこうのきみも、ぼくを知っていたよ。彼女ときみ、同一人物だよね?」
「そうだとして、それを確認してどうするつもり?」
「あの世界のことを知りたい。あれはいったい何なんだ? 両方の世界でしっかり生きているきみなら、なにか知っているんじゃない?」
「勘違い、っていっても帰ってくれそうにないね」
「勘違いじゃないのを知ってるから」
志手川は大きくため息をついた。
「ちょっとここで待っててよ。このままじゃなんだし、着替えて戻ってくる」
そう言って、志手川は先ほどの道の方に戻っていった。
十五分ほどたった。最初に志手川に声をかけたあたりに彼女ノイエがあるとしたら、そろそろ戻ってくる感じだろうか。黙りを決め込む、あるいはしらを切り続ける、という感じではなかったが、といって警戒も解かれていない。
(なにを話してくれようとしてるのかな)
そのとき、背中の方から足音が聞こえてきた。ようやく戻ってきたようだ。「おかえり」とか「おそかったね」とかも変なので、そのまま彼女がベンチに座ってくれるのを待つことにする。
足音が、背後で止まった。とたん、背筋を寒気が走り抜け、ぼくは振り向こうと身体を起こした……が、振り向くことは出来なかった。ぼくの頭に、なにやら硬くて重いものがたたきつけられ、激痛の直後、こんどはなにも感じなくなった頭から、徐々に意識が抜けていった。
(あっちゃあ……気を抜いちゃった。でも、結果オーライかな……)
そして、すべてが暗黒に変わっていった。
お読みいただき、ありがとうございました。
結果的には、多少の情報とともに死に戻ることが出来た主人公でした。




