五周め その五
三人での情報整理の回です。状況はだんだん複雑さを増してきました。
「で、あなたたちはどうやって帰ってきたの?」
サーブされたカモミールのハーブティーに、その熱さに少し顔をしかめながら口をつけたミナミは、ユカとぼくを見比べるようにしながら言った。正確には、見比べるように言っていたのだと思う、だ。ぼくは悪い汗をダラダラ流しながら首を前に垂れ、周囲がいっさい目に入らないように、周囲から自分の顔が見えないように必死の努力をしている。
ぼくたち三人は、駅前の小洒落たカフェのテーブルについている。このカフェは外装、内装ともに質素ながら安っぽさがなく、値段は高めだが何を注文しても高いレベルでの満足感を与えてくれる、最近街で評判の店だ。高校生レベルでは、かなり気合いの入ったデートにちょくちょく使われる。もちろん、ぼくは今まで入ったことはない。
そのいい感じの店で、ぼくは極彩色のTシャツとボトムスを身につけている。胸元には、現在ウニQがなぜかコラボしているアイドルドリーム(通称アイドリ)というアニメのキャラクターであるサヤカちゃんが大々的に描かれている。ミナミのぼくのためのチョイスだ。
とにかく謎だ。もちろんぼくはアイドリは好きだが、その愛は見知らぬ他人に向かって堂々と主張する類いのものではなく、一人であたためるか、主に端末越しに同好の士と静かに語り合うものだ。要するに、ぼくにはこのような服を着て街に出る趣味は全くない。ミナミとしても、ほとんどイヤがらせでこれを選んだことは、ユカと一緒にまだクスクス笑っていることからして明らかだ。なのに彼女は数多くのキャラからサヤカちゃんを選んだ。そう、ぼくの一押しのサヤカちゃんをだ。そのために、このTシャツを断固拒否することができなかった。もちろん、カフェの支払い分がギリギリ残っているだけの財布というのも理由のひとつだけどね。
「美麻がモヤを出したんで、そこに飛び込んだ」
「ごめん、言っている意味が全然わからない」
ユカの返答に速攻でミナミが突っこんだ。
え? たしかにユカの言い方はいろいろ端折りすぎだが、それにしてもモヤが二つの世界の移動のカギになるというのは既定の事項ではないのか?
「ミナミはどうやって?」
「いや、よくそこを訊いてくれたよ。実はこちらに帰ってくるまで、向こうの時間で二年かかってるのよ。取引のついでにいろいろ探ってて、ようやく王宮の近衛騎士団詰め所に怪しい場所を見つけてさ」
とんでもないところに出入りしていらっしゃる。探るもなにも、普通では近づくことすらできないだろう。
「どうやってそんなところに?」
ケーキをほおばりながらユカが尋ねた。
「商売のついで。騎士団長が武具の裏取引に絡んでてさ、わたしが仲介役をしてたのよ。ちょっと反則と言えば反則だけど、あなたたちと会ったことで、わたしが死なずにもとの世界に戻っているということはわかっていたからね」
結果オーライだが、危ない橋を渡ったものだ。歴史が改変される可能性をもっと考えないとどこかで痛い目を見るぞ、ミナミ。
「団長室に案内されたときに、廊下のさらに奥に扉があるのが目に入ったのよ。そしたら、偶然そこに入ったヤツが、すぐに……そうだな、十秒くらいでそこから出てくるのを見たの。山瀬から、『時間が経過しない』とかいう話を聞いてたじゃない? これは、と思って、取引のたびに気にして見ていたら、そのあと二度くらい同じような場面に出くわしたんだ。で、だれも見ていないタイミングでその部屋に入ってみたら、無事、こちらの世界に戻れたってワケ」
「ふーん、美海ちゃん、実質わたしより二歳年上なのか……」
「食いつくのそこっ!? ……で、山瀬、さっきからなに黙ってるの?」
そう、店に入ってからここまでの会話は、すべてユカとミナミの間で交わされている。ぼくはそれをすべて聞いているし、必要なところでは心の中で突っ込みを入れてはいるが、声を出して、もしこちらに店内の人目が集まってしまったら、と思うと、とても声が出ない。いわゆる、オタクの自意識過剰の応用ケースだ。
「この姿で、このカフェで、普通に会話に参加するのは、ぼくにはハードル高すぎるよ!」
ぼくはうつむいたまま、小声でミナミに抗弁した。
「大丈夫だよ。だれも山瀬のことなんか気にしてないって」
ミナミの言葉に、ユカもウンウンと頷いているが、そう正面からいわれると、これはこれでイヤなのだ。自分の存在が矮小であることを再認識させられる。自分が境界を引いた狭い世界の中では無敵、と思いたがっているオタクにとっては、殺し文句にもなるセリフだ。
「ミナミはどこに戻ってきたの?」
なおもグズるぼくにミナミが活を入れ、ようやく三人での会話が始まった。
「そういえば、むこうで会ったときに美海ちゃんに訊きそびれてたよね? そもそもどうして向こうに行くことになっちゃったの?」
「由歌奈たちが出入りしたのと同じ小屋だよ」
「そういえば、珠洲利と志手川を追いかけてるって言ってたよね? あのあと、なにかわかったの?」
「全然ダメ。摩桜の警戒がものすごく強くなってさ、近づくこともできないの。なにか原因に心当たりある?」
それはその、あれだ。ようするにぼくたちが少し荒っぽい方法でこちらに戻ってきたのと、関係ないことはないかも。ユカを見ると、ちょっと汗を流している。
「ゴメン、美海ちゃん、わたしたちのせいかも」
「どういうこと?」
ユカがミナミにことの顛末を説明すると、ミナミは深くため息をついた。
「警戒しててあたりまえだったってことか……。ま、あんたたちがこっちに戻ってくるために必要だった、っていうんなら、しょうがないよね」
「そう言ってくれると、取っても助かる」
ユカはミナミに手を合わせながら深々と頭を下げた。成り行きで、ぼくも一緒に頭を下げる。そして、顛末を聞くと当然気になる疑問を口にした。
「向こうの入り口が違っても、こっちの出口は同じ、っていうことなんだろうか? あと、ぼくたちは向こうに行くときも、こっちに戻るときも、消えかかってるモヤを通ってきたんだけど、ミナミはそうじゃなさそうだよね?」
「そうだね、騎士団の扉の向こうのモヤは、わたしの見たところ不安定な感じはなかったよ?」
となると、あちら側の世界には、こちらに来る安定したルートがあるということだ。いっぽうで、こちらから同様のものがあるかどうかはわからないが、ミナミのときとぼくたちのとき、どちらも使用されていた小屋の奥の部屋に安定したモヤはなかった。直観的には、安定したルートはない気がする。すると、あちらの世界の主導でなにかが起こっているという可能性が出てくる。
「ユカ、向こうの世界で身についちゃった身体能力、こっちに来たらどうなったかな? ぼく、身体を動かす習慣がないから、じっさいに試してみないとわからない」
「情けないこと言わないでよ、オタッくん」
ユカは、本当に悲しそうな顔をしながらそう言って、細かく手足を動かした。
「たぶん、そのまま。こりゃ、陸上はやめないといけないかな……」
ミナミが不思議そうな顔をした。
「なんで? 大会とか、総なめにしちゃえばいいじゃん」
「たぶん、そのへんの大会レベルじゃ収まらないくらいの身体能力になっちゃってるよ。これまで平凡だったわたしが、いきなりすごい成績出したらどうしても不自然だよ。それに、フェアじゃない気がする」
ユカはやはりまっすぐな子だ。フェアじゃない、という感覚は、とても好感が持てる。走っている彼女は魅力的だし、彼女をその世界に戻すためにも、この事態の理解を深めないといけない。ぼくは、いちど自主的に死に戻る決心を固めた。
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