ニ周め
いじめのシーンというのは、書いていてもあまり気分はよろしくないですね。
落ちていった意識が浮上したさきは、やはりベッドの上だった。
今回は特にあわてることもなく、朝食をとり、普通に登校した。家を出てから教室で自分の席に座るまで、ひとことも話していない。いや、いつものことだけどね。問題は、今回はいつもどおりじゃダメだってこと。
前回、完全にいつも通りの動きのない日常では、婦女子とひとことも口をきかないのはいつものこととして、闇とやらの気配も全く感じなかった。世界が飲み込まれるまでだいたい二ヶ月ほどだっただろうか? その間に、何か違うものを見つけなきゃいけない。
「なに真面目な顔して考えこんでんだ?」
水城が話しかけてくるのはデフォ設定なんだな。そうすると、ここで何か聞けるかもしれない。
「最近学校で何か変わったことが起きたとか、聞いてない?」
「おまえが自分の趣味以外のことに興味を示すなんて珍しいな」
ぼくってそんなん? ひょっとして水城、ぼくのこと嫌ってたりするとか?
「変わったことっていわれてもよくわからないけど、最近学内がちょっとギスギスしてるよな。普通に話してて急に怒り出すヤツがふえたし」
「普通に話したりすることがないからわからないや」
「それは何とかしようよ、恭也」
今さらムリってものだ。しかしこれは……調べてみろってことか? ハードル高いな。
昼休みに校舎裏に出てみた。なにかのトリガーになるイベントの定番みたいな場所だ。管理者もいっそ校内ショートカットマップとか用意してくれないかな。
「持って来たのかって訊いてんだよ!」
お約束のように脅しの声が聞こえてきた。そのあとに何かを叩くような音と、どさっと崩れ落ちるような音が続く。何が起きてるのかは明らかだ。
「ご、ごめん、どうしても持ち出せなかったんだ」
弱々しい声が続く。ああ、同じクラスの贄田山とかいうヤツの声だ。話したことはないけどね。
贄田山がいじめの対象になっているという話は聞かなかったんだけど、最近はいじめネタは裏サイトにも出てこないんだ。クローズドのコミュニケーションツール、たぶんWIREというやつで、いじめる側の人間だけが情報を共有する。いじめられる側は、ほかに誰が被害を受けているかは知らない。どちら側でもない生徒は、何も知らずに高校の三年間をおえる。
ぼくは静かにその場を離れた。今ぼくに出来ることは何もない。あそこに飛び出していっても、いじめられる人間がひとり増えるだけだ。ただでさえ崖っぷちにいるぼくだからね。第三者は、こういう姿勢がいじめを拡散させるとか言うんだろう。
夜、改めてぼくらの学校、聖峰学院高校のサイトを表裏とも検索してみた。やはり贄田山の名前は出てこない。というか、いじめのネタ自体が回避されている感じだ。たぶん、戦おうとしている人はいるんだろうけど、そこで名前が出たら個別撃破の対象になっちゃうよね。
翌朝、ぼくはいつもより早く起きて学校に向かった。屋上に入ることができれば、前日のいじめの現場を含め、イベントが発生しそうな場所を一望のもとに見渡せるんじゃないかな、と思ったわけである。現場をいくつか見ることができれば、関わった人間のデータが集まるしね。
さいわい屋上の扉に鍵はかかっておらず、屋上には入ることができた。だが運がよかったのはそこまでだ。
「山瀬じゃん。あんた、こんなところに朝早くから来て何してるわけ?」
金網越しに下を見下ろしていたぼくのうしろから声がした。珠洲利美麻だ。クラスでちょっとハバをきかせている女子集団のリーダー格。どちら側かで言ったら、限りなくいじめる側に近いと思われる子だ。キュッとつった眉が気の強さをあらわしている。顔立ちは整っているが、しばしば見せる相手を値踏みするようなジトッとした目がイヤなタイプ。要するに、いまぼくに向けている目だ。
「朝早く来ちゃったから気晴らしに来ただけだよ。邪魔してごめん」
ぼくはそう言いながらも撤収を開始していた。ドアに向かうぼくの背中ごしに舌打ちが聞こえる。ぼくも状況はわかっている。彼女の親友である志手川摩桜が、水城のファンなのだ。それがなければ、どうなっていたかわかったものじゃない。
珠洲利があそこにいるとすると、イベントの起こりそうな場所はどこに行っても彼女から見えることになる。あまりいい予感はしないので、あきらめて教室に行った。十五分もすると三々五々同級生が教室に入ってくる。水城裕太もほどなく登校してきた。
「今日はイヤに早いじゃないか」
「ちょっと早く目がさめちゃって。夕べ変に早く寝たからかな。いつもどおりじゃないとダメだな」
「どっちかというと、この生活を続けた方がいいと思うけど」
ふだんの自分はと言えば、夜はアニメを見たり本を読んだりして、かなり遅くまで起きている。邪魔も入らず静かに集中できるのは深夜だからね。もっとも、今はそれどころじゃない。いつもの生活を続けてなすすべなく世界が崩壊した以上、変えられるところから変えるしかない。
昼休み、そして放課後と、何か起こりそうなところをぶらついてみた。前日のような目立ったイベントはなかったが、ひとりを三、四人が囲んでいるような場面はいくつか見た。その中の一人に、見多森咲恵を見かけた。珠洲利のグループにいる子だ。
(あれだけ目立つグループの子でもターゲットになっちゃうのか)
「山瀬、あんた何ウロウロしてんの? ウザいよ?」
見多森が囲まれてた場所を離れて校舎に入った途端、珠洲利に見とがめられた。正直、この瞬間あまり顔を合わせたくなかった子だ。見多森を見た直後で、どうふるまっていいかわからない。
「山瀬、あんたがウロウロしているとき、咲恵を見かけたりしなかった?」
「ああ、それなら中庭の木陰で見かけたけど?」
会いたくなかった子に、されたくなかった質問をされてしまった。できるだけ当たり障りなく、を心がけたが、声が震える。
「ふーん、何してた?」
「な、何人かで話していたように見えたけど?」
「わかった。行っていいよ」
まるで野良犬を追い払うような手つきで珠洲利がそう言い捨て、廊下をゆっくり去って行った。あっちは職員室の方向だな。今日はあまり巡り合わせがよくなさそうだし、切り上げて帰ろう。
翌日からぼくの生活は一変した。今まで崖っぷちでこちら側だったぼくが、ついにあちら側に行ってしまったのだ。休み時間、昼休み、放課後と、空き時間という空き時間は最低三、四人に追い回され取り囲まれ、小突かれ殴られ強請られ続けた。
こうなってしまうと、水城も救いの手をさしのべようがない。空き時間にまわりを無視してぼくに話しかけてくれるのだが、そのうちそれもぼく自身がやめてもらった。どうにもならないし、もう二ヶ月もすればすべてが終わるからだ。せめてそれまで、できるだけ観察しておきたい。
やってくるメンツはそのときによってまちまちだが、加楠宮愼吾が、半分以上の機会に関わっていたと思う。こいつは野球部の主力で、水城と同じぐらいのリア充なのだが、そういえば、こいつは最初に見かけた贄田山の件の時もいたはずだ。
亀のように丸くなって身を守りながら日を過ごす間に、追い込まれている同士で見多森とわずかだが話す機会があった。それで少しだけ事情が見えてきた。ぼくは見多森と二人で加楠宮のいじめを教師に密告したことになっているらしい。一度も話したこともない相手なんだけどな。
見多森は、珠洲利が憎からず思っていた男に告白されたらしい。彼女はそれが許せず、彼女に好意を持っているやつらにいじめさせていたようだ。そして、間が悪いことにそれをちょろちょろかぎまわっているように見えたぼくを、見多森とともに加楠宮に売ったというわけである。加楠宮は見多森に以前振られていたそうな。彼の取り巻きの女生徒に相当キツいところまで追い込まれていたようだ。
そして、ぼくが心待ちにしていた二ヶ月を待つことなく、ひと月とちょっとで世界が終わった。
「今回はキツかったようだね。お疲れさま」
「お疲れさまですむかあ! この世の地獄だったぞっ!」
けっこういろんな非難、叱責、批判に鈍感になっていたぼくだったが、さすがにあれはキツかった。多少はいじめられる側の気持ちをわかるつもりでいたが、全然だった。
「ほんとうにご苦労様。でも、今回はだいぶ頑張ってくれたじゃないか。次は今回わかったことは初期知識として使えるよ。そして、お詫びにぼくからひとつ。二人だけかどうかはわからないが、あの性根の曲がったイケメンくんと性悪ガールには、かなり闇が集まってるね」
「そういえば、今回は前回より早く世界が終わったけど?」
「きみが関わったことで、闇の強大化が加速したのかもしれない。その辺は、ぼくも調べてみよう」
「今回の件だけで、もう今後のことは拒否してもいいくらいだと思うんだが? 本気で早く世界が終わってくれと思ったよ?」
「まあまあ。今後はどんどんあげられるヒントも増えると思うしさ、もうちょっと頑張ってみてよ。じゃ、よろしく!」
あ、馬鹿野郎! 強制的に意識を戻しやがった!
「ふざけんなあああああああ!」
お読みいただき、どうもありがとうございます。