五周め その四
どうやら、急転直下もとの世界に戻ることができそうですが……。
ふと気がつくと、そこは木造の小さな部屋だった。横を見ると、ユカが倒れている。この場所に見覚えがあるというわけではないが、向こうの世界に飛ばされたときに持っていなかったカバンが転がっているところを見ると、ぼくらがモヤに突っこんだ、あの小屋の小部屋だろう。
「ユカ、大丈夫?」
ぼくは床を軽く揺すってみた。「うン……」と、少し艶めかしいうめき声を上げながらユカが目を開く。
「あれ、オタッくん、おはよ。何してるの?」
大物だ。気がついてすぐ、「自分は気を失っていた」などと現実的なことを想像していたぼくと違って、気分的には寝ていただけらしい。しかも、目覚めた瞬間にそばにぼくがいるという、本来なら異常な事態を、「何してるの?」ですませてしまった。
「どうやら、もとの世界に戻って来たっぽい。カバンが転がってる」
「わたしのスマホ!」
ユカが慌ててカバンに飛びつき、中を探ってスマホを取り出し、スリープ状態から復帰させた。ちなみに、ぼくのスマホはカバンのすぐそばに落ちている。
「あれ、充電全然減ってない。未読のWIREも入ってないし」
やっぱりそうか。
「こっちでは時間が全然たってないんだよ。あのモヤに飛び込んだときに、こっちの時間が止まった、って感じ?」
「わたしとしては意味わからないんだけど、オタッくんがそれで納得するならいいか。で、時間がたってないってことは、これから授業に行って間に合うってこと?」
「時間的には間に合うと思うんだけど、ユカ、自分がなに着ているか理解してる?」
ユカはそこで初めて自分の状況を確認した。ユカもぼくも、むこうで着ていた服をそのまま着ている。さて、どういう反応をするか。
「あちゃ、これじゃ外に出られないかぁ。ちょっと男の子の煩悩を無駄に刺激するだけだねぇ」
意外とあっさりだった。まあ、ぼくとの関係では今さらか。
「ユカの場合、アスリートモードの方が露出度高くない?」
「それはそうかもしれないけど、部活で使うウェアってあえて地味なの選ぶからね。男子部員に訊いても、思ったほどそそらないんだって」
けっこうストレートな表現を使ってくれる。でも、それは見慣れてしまったといううらやましい環境によるんじゃないかな? ぼくなんか、走っている彼女のすらりとした脚を見ていると、けっこうグッとくるものがあったんだけど。まあ、向こうの世界でぼくも見慣れてしまって、初期のありがたみはなくなっちゃってるけどね。
「まあ、それは置いておこうか。それで、どうしよう? このかっこうで外に出るのはちょっと勇気がいるよね」
ちなみにユカは胸のまわりと腰のまわりにそれぞれ布を巻いているだけ、に見えるような服。ぼくは、布の真ん中に開いた穴に首を通して、腰のまわりで布を縛っている。縛っているように見える、ではない。どちらも、このまま学内をうろついたら不審者として通報されることは避けられない。
「あ、与澤さんに連絡をとってみたら?」
「ミナミと呼ばないと返事してくれないと思うよ。でもわたし美海ちゃんのナンバーもアドも知らないや」
むこうで会ったときに、すごく仲よさそうに見えたけど、あれはユカの性格のなせるワザだったらしい。ぼくは自分のスマホのアドレス帳をチェックしてみる。与澤とは、向こうの世界に行く直前に話しているはずだが、連絡先は……ない。そういえば、今回はカラオケも予定してなかったし、アド交換をしていなかった。
「ぼくも持ってない。どうしよう?」
「しょうがないね。友達に言付けて、美海ちゃんから連絡してもらおう。ここに来てもらう、でいいかな?」
「あー、それはやめた方がいいかも。森からは出られないけど、この小屋は離れた方がいい。見多森たちは少なくとも転移にこの小屋を使っているわけだし、ほかにも誰が来るかわからないよ」
「わかった。それじゃ、とりあえずここを離れて、落ち着けるところを探そうか」
ぼくとユカは、散らばった私物をかき集め、外に誰もいないことを確認しながら部屋を離れ、そのまま小屋を出た。
ユカが友達に話をつけている間、茂みの影から小屋を伺っていたが、とりあえず出入りしたものはいなかった。そうこうしている間に授業開始の鐘が鳴る。それがぼくの頭のスイッチを入れたのだろうか、妙なことに気づいた。
「なんとか間に合った。あとは美海ちゃんの連絡待ち」
「あのさ、いま、間違いなくぼくたちが向こうの世界に行ったのと同じ日だよね?」
時間が同じであることは、まず間違いないだろう。
「確認はしてないけど……うん、間違いない」
ユカはスマホの時間表示を見て答えた。
「見多森たちはどこに行ったんだろう?」
「どこにって、あっちの世界に行ったんじゃないの?」
「いや、そうじゃなくて、彼女たちはたしかにあの部屋から消えたよね? ぼくたちと同じようにあのモヤで向こうに行ったんだとしたら、やっぱり時間は止まってるはずだ。それなら、そもそもぼくたちが向こうに行く前に戻ってくる、というか、消えたようには感じないんじゃないかな。ふたりは今どこにいるんだろう?」
「そういえばそうだね。わたしたちとなにか違いがあるってこと?」
「やり方が違うのか、二人とぼくたちが異質の存在だということなのか、それはわからないけどね。ミナミと連絡が取れたら、見多森がきょう授業に出席しているかどうか、確認するようお願いしてくれる?」
「了解。あ、美海ちゃんから連絡来た」
そのとき、ぼくのスマホも振動した。きっとセーブポイントにきたのだろう。ぼくは問答無用でリンクをタッチしてセーブを完了した。ここより前の時点に戻ることは、いまのところ意味が見いだせないしね。
「一年間知らんふりをしているのは、けっこう大変だったよ」
ミナミはユカに自分の服をわたしながらそう言った。一時間目が終わった時点で彼女は早退し、自宅に戻ってそれを取ってきたのだ。ついでに彼女も制服から平服に着替えている。いまは四時間目の真っ最中だ。そのへんを尋ねると、「制服でウロウロしてたら生活指導のいい標的よ」という答えが返ってきた。ごもっとも。
「ありがと、美海ちゃん。それで、咲恵ちゃんは?」
「欠席だったけど、それがどうかしたの?」
「そのへんはオタッくんのひらめきだから、オタッくんに訊いて……って、どしたの、悲しそうな顔して?」
「あの……ぼくの服はどうしたらよいのでしょうか?」
「ああごめん。でも、わたしが山瀬の着られるような服を持っていない、っていうのもわかるよね?」
「わかるけど、そうするとぼくはこのままで?」
「安心しなさい。パパのコートを持ってきてあげたから、それを上から羽織ればなんの問題もないわ」
ちなみにいまは九月下旬だ。真夏は過ぎているとはいえ、地球温暖化が叫ばれる今日この頃、気温はなかなか下がらない。
「ちょっと暑いし、この季節にコートは、やっぱり人目を集めないかな?」
「じゃ、そのままでいる? わたしはかまわないけど」
「わかりました! ただ、駅前までは頑張っていくから、ウニQでTシャツとジョガーパンツだけでも買ってきてくれないかな?」
「なんかワガママなこと言ってるんですけど」
「お願いします! そのあと何でも奢りますから! このままじゃ暑さと人目で死にます!」
「ねえねえオタッくん、わたしは?」
「味方してくれたら奢る!」
「美海ちゃん、頼まれてあげなよ」
反応は素早かった。
お読みいただき、ありがとうございます。
もとの世界に戻り、相談相手も増えた主人公は、どういう行動に出るのか? 乞うご期待!




