五周め 裏その十
志手川がなにかを握っているかと思いきや、彼女と話す前に、新たな知りあいが……。
「ひどいよ、由歌奈。ビショビショじゃない」
亀の甲羅型に縛られたままの与澤は、あまり悪びれた様子もなく、口を尖らせてユカに抗議した。あいかわらず目のやり場に困る。与澤は一般的な情報屋のパターンを踏襲せず、メリハリのきいたボディの持ち主なのだ。
「美海(みなみ)ちゃんが怪しい行動を取ってるからだよ。いまのわたしたち、護衛だもの。いったいなんでこんな?」
「わたしたち?」
そういって与澤はまわりを見回し、ぼくと目を合わせた。
「山瀬くん? この取り合わせはなに? さっぱり意味がわからないんだけど?」
彼女はぼくとユカの間に視線をさまよわせながら言った。
「与澤さん、それを訊きたいのはわかるけど、とりあえずユカの質問に答えてくれるとうれしいな。でないと、このままみんなが起きてきて、きみを突き出さなきゃならなくなっちゃう」
「ユカ、って……え? その選択肢アリなの? そんな殺生な! 由歌奈とわたしの仲じゃん、見逃してよ!」
「それは美海(みなみ)ちゃん次第じゃないかな。わたしたちもお金もらってる手前、、不審者を勝手に解放したのがバレたら、これからの仕事にも差し支えちゃうよ」
「これから、ってなに? そんなにこっちに腰を落ち着けちゃってるの?」
「いや、まだひと月もたってないけど。美海(みなみ)ちゃんは?」
「そろそろ一年かな」
「美海(みなみ)ちゃんの方がベテランじゃない!」
二人の女子トークを聞きながら、ぼくは一つの収穫を得た。与澤さんはかれこれ一年こっちにいると言った。だが、もとの世界でそれだけ長い間彼女が不在だったことはない。いや……ないはずだ。他人の在不在など気にしたことがなかったから自信がないけど……。
だが、少なくとも生徒がそれだけの間行方不明になっていれば、少なからぬ騒ぎになっているはずだ。そんな話が聞こえてこなかったということは、むこうで彼女は常にいたのだ。だから、彼女のむこうでの時間はいま止まっている。おなじように、ぼくとユカの時間も止まっているに違いない。
「なに今さらのように言ってるの? 一年もいないんだから問題になってるでしょ? お母さんとか、由歌奈になにか聞いてきたんじゃない?」
「その話についてなんだけど、ちょっといいかな、与澤さん?」
「ん?」
「与澤さんはむこうで行方不明になんかなっていないよ。一年どころか、一瞬もね。与澤さんがこっちの世界に来た瞬間に、もとの世界の時間は止まっているんだ」
「えーと、ちょっと意味がわからない」
「与澤さん、こっちに来たころって、向こうの世界では何があった?」
「まだるっこしいな。美海(みなみ)でいいよ。学園祭の直前だったかな?」
「わたし、学園祭は美海(みなみ)ちゃんと一緒に回ったよ?」
「そんな……」
「だからさ、むこうでの美海(みなみ)さんの時間は止まってるんだってば。向こうに戻るときには、学園祭の直前に戻るんだよ」
「『さん』もつけなくていいから。由歌奈たちはいま何年生なの?」
「二年生」
「わたしはいるの?」
「全然いる。学年で絶対に怒らせちゃいけない三人の中の一人」
ユカがサラリと答えたが、後段は初耳だ。情報を握るものは強いからわかる気はするが、そこまで大物だったのか!
「なにそれ!? わたし何やってるの?」
「なにって……」
「ちょっと待った!」
ぼくは本能的に止めた。二人の美少女が同時にこちらを見たので、ちょっと腰が引けたが、それは待ったほうがいい。
「未来のミナミが何をやっているか、本人は知らない方がいいと思う。でないと、ぼくらが戻ったときに何が起こっているかわからない」
ちょっと名前の呼び捨てがぎこちなくなった。ユカは愛称みたいでまだ気にならなかったが、女の子の名前丸ごと呼び捨ては生まれて初めての経験だ。
「わたしの心配じゃない!」
ミナミは悲痛な叫びをあげた。
「あたりまえだよお。だって、美海(みなみ)ちゃんはもとの世界に間違いなく戻ってるけど、わたしたちは戻れるかどうかわからないんだもの。こっちのことが最優先になるの、当然じゃん」
ユカが意外と淡々とミナミに引導を渡した。意外とクールだ。というか、仲がいいんだろうな、このふたり。
「それにさ、美海(みなみ)ちゃんは、他人からあれやれこれやれ、って言われるの嫌いでしょ? ここで聞いちゃったら、たぶん後悔するよ?」
「うー、いちおう納得しとく。山瀬くん、いつのまに由歌奈をこんなに手なづけたのかな?」
「手なづけてないし!」
「まあ、そのへんはおいおい話そうよ。で、話は戻るけど、何してたの?」
「摩桜と美麻は見た?」
「うん」
「確信はないんだけど、あのふたりがもとの世界に戻るための、ひとつのカギなんじゃないかと思ってる」
おいおい、そこまでこの世界で調べを進めてるって? さすがに情報通の資質はどこの世界でも力を発揮するんだな。
「ミナミはなぜそう思って?」
「あっちと同じ顔の人間は何人も会ったんだけど、摩桜だけがあっちの世界を知ってる。美麻とは話していないけど、見たところむこうの美麻とは違いすぎるじゃない?」
「ああ、それはぼくも思ったな」
二周めで珠洲利に追い込まれたぼくはしみじみとそう言った。
「山瀬くんがそこを納得するのはなんでかわからないんだけど、とにかく、違いすぎる上に、摩桜が妙に美麻にベッタリなのよ。なんか不自然だから、直接当たってみようと思って」
なるほど。入手した情報の分析も推論もすばらしい。さすがだ。
「それはわかったけど、なんで美海(みなみ)ちゃんはこんな怪しげな真似してるの?」
「貴族のお嬢さまには、正面から行ってもなかなかアクセスできないからね」
「ちなみに、ミナミはこっちで何をしているの?」
「わりと大きなお店にもぐり込んで雇ってもらってる。取引先に摩桜の家があったんで、こういう材料が転がり込んできたわけ」
「もうひとりの男は?」
「ただの護衛。こんなにあっさりとやられるとは思わなかったわ、この役立たず」
なかなか厳しくていらっしゃる。
「だいたいわかったよ。辻褄も合ってるし、そろそろ誰か起き出してくるかもしれないから、解放してあげようよ、ユカ。もちろん、街で会う段取りはつけて」
「そだね」
ユカはミナミを縛っているロープを切った。
「じゃ、また街でね。なんていう店に行けばいいの? 顔出すよ」
「店は『ロンバルド商会』だけど……着替え貸してよ、由歌奈。これじゃ帰れない」
彼女の服はまったく乾いておらず肌が透ける状態で、、亀の甲羅の模様を残したまま、身体にぴったりと張り付いていた。
「山瀬、それ以上こっち見たらツブす」
ぼくは慌てて目をそらした。なにをツブすのかわからないが、彼女が本気だと言うことだけはわかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
カギとなりそうなものが徐々に見えてきましたが、素直に物事が進むかどうか……




