五周め 裏その七
なんかふたりが腰を落ち着けはじめてしまったような気もします。
その日、結局ぼくとユカはゴブリンを二十匹狩ってきた。
ギルドの受付の女性に街に近いゴブリンの生息地域を聴いたぼくたちは、ミズキくんから剣を受け取った後、指示された場所に向かった。そこまではぼくの主導だった。なにせゲームと流れは同じだし、初めて対峙することになる異形の魔物にしても、最近のゲームのリアルなCGに慣れているぼくが先頭に立たなければならないと思ったわけだ。
しかし、いいカッコしていられたのはそこまでだった。ぼくたちを見るや後先考えず襲ってきた一匹目のゴブリンを力まかせに切り捨て、独特の異臭を放つ肉片と緑色の血を浴びたぼくは、すっかり萎縮してしまった。そして、ユカが十匹目のゴブリンをしとめるあたりまで呆然と立ちすくむという、なんとも情けない姿をさらしてしまったのである。
「オタッくん、大丈夫? 顔色、まだ蒼いよ?」
「ご、ごめん。もうちょっとシンドいかも」
ぼくたちの戦果二十匹のうち、ユカがしとめたのが十四匹、ぼくは最初の一匹のあとは、最後の五匹をユカに控えてもらっていて無理矢理自分の戦果にしただけ。普通にやっていればユカ十七のぼく三、くらいの差にはなっていただろう。
「思ったより大丈夫なものだね。途中からいい感じに感覚がマヒしてきちゃってさ。わたし、なんとかやってイケそうな気がするよ」
「ぼくは思ったより大丈夫じゃなくて、この先不安……」
「なるべく早く慣れるようにしてくれればいいよ。オタッくんも、このへんで一息つかなきゃ、世界が終わる前に自分が終わっちゃうよ」
その言葉は、また涙が出てきてしまうほどうれしかった。ユカの思いやりに応えるためにも、早くいまの自分をなんとかしなきゃならない。
「あのゴブリンって魔物、どこから湧いてくるんだろうね。今日は二十匹で二日分の生活費を稼げたけど、狩り尽くしちゃったらとたんに生活に困るよね?」
ギルドでゴブリン二十匹分、銀貨十二枚の報酬を受けとって、ぼくたちはギルド近くの定食屋っぽい食堂で夕食をとることにした。メニューは当然ながら日本語で、並んでいる料理も焼き魚定食とか焼き肉定食のようなものが並んでいる。魚や動物の名前が違うだけだ。
バフルという動物の肉の焼き肉定食を頼んでみたのだが、タレの味といい、焼き具合といい、実にいい。要するに、日本的な味なのだ。これはユカも同意見だった。
「落ちついて生活を考える前に、もとの世界に戻る方法を見つけるのがいちばんなんだろうけど、そこについては心配ないかもしれない。この世界、妙にぼくの想像する異世界と構造が似てるし、魔物は自然に発生してくるんじゃないかな。だからこそ、仕事が常設でかかっていて、何匹狩ってもその分の報酬がもらえるんだと思う」
「むしろ誰かがやらなきゃ増えるだけ、ってこと?」
「たぶんね。ゴブリンだけじゃなくて、ほかの魔物もそうなんだと思う」
「なるほど。オタッくんがいてくれてよかったよ。ひとりだったら、右も左もわからなくて大変だったと思う」
「そ、そう? へへへ……」
「実戦で同じくらい頼りになると、もっといいんだけどね」
「がんばります……」
そのあとの五日間で、ぼくとユカは二百匹のゴブリンを狩り、銀貨百二十枚を手にした。このあと二週間以上働かなくても生活できるくらいの懐具合になった計算だ。
これほど毎日集中的にゴブリンを狩りまくる人はこれまでいなかったらしく、その五日目が終わってギルドに顔を出したときには、ホールにいるだれかから「ゴブリンバスターズ」という呼び名が聞こえたような気がした。ちなみに、ぼくも二日目からはなんとか戦力になり、二百のうち八十くらいはしとめている。
報酬を受けとるためにホールで待っていると、ひとりの中年の男が外から入ってきた。なかなかよい身なりをした男だ。ホールの中をいちど見渡してから受付に向かい、なにやら言葉を交わすと、受付の女性はぼくたちの方を指し示した。男はまっすぐぼくたちの方へ歩いてくる。いったい何ごとだ?
「あなたたちが『ゴブリンバスターズ』と呼ばれている戦士のかたがたですか?」
いや、自分たちが戦士だというのははじめて知ったし、「ゴブリンバスターズ」も、いまさっき耳にしただけで、ホントに呼ばれているかどうかはわかりません。
男の相手をしていた受付の女性の方を見ると、彼女が頷いて見せたので、まあそういうことなのだろう。
「自分たちがどう呼ばれているかはわかりませんが、どうもそうみたいですね」
「いきなり失礼いたしました。わたくし、スズリ男爵家に仕えておりますミチナガというものです。このたびはお願いがあって参りました」
スズリ? それに、ミチナガというこの男、学校で見たことがある。名前は知らなかったが、こんな顔の教師がいたはずだ。
ぼくがユカの方を見ると、彼女も頷いて見せた。
「とりあえずお話を伺いたいのですが」
ぼくはそう言ってホールの奥にある談話室を指さした。その部屋は、指名依頼などの際の打ち合わせに使うためにあるということを、初日に説明されている。
使うことはあるまいとタカをくくっていたが、いきなり使うことになった。ゲームで言う「称号」あるいは「二つ名」の効果ってヤツだな。いきなり仕事をたぐり寄せてくれた。しかも、「スズリ」という、注目すべき名前の貴族からだ。
ミチナガさんが持ってきたのは、護衛の依頼だった。スズリ男爵家の次女ミマ様がご友人とスズリ家の別荘に二泊三日の予定で赴くらしい。早く言えばお泊まり旅行だ。ご友人はいずれも貴族であり、それぞれに護衛を用意するはずが、予定された護衛のうち数人が当日都合がつかなくなったとのこと。そこで、招待主であるスズリ家が手配を請け負ったということのようだ。
貴族が危険なところに別荘など作るわけがないので、道中ほとんど危険は見こまれない。だから、あまり余計な費用はかけたくないのだが、ほかの家の手前、それなりの人物を雇って納得してもらわなければならない。そこで、あまりキャリアのない戦士の中でめぼしい人物を確保すべくギルドにあたり、紹介を受けたのが「ゴブリンバスターズ」のぼくたち、というわけである。
「いかがでしょう? お受けいただければ、おひとりにつき一日銀貨十枚を支払わせていただきます」
どう考えても、これは受ける以外の選択肢はない。ふっかけて逃がしたら元も子もない。といってワンクッションもおかずに受ければ舐められる。
「必要経費はどうなるでしょう? わたしたちはこの街に来て間もないので、貴族のお嬢さまの護衛にふさわしい衣装を持ち合わせてないんですが?」
迷っていたらユカが交渉をはじめてしまった。しかも絶妙のさじ加減の条件だ。ぼくはひょっとして、いらない子なのではないだろうか?
「おひとり銀貨五枚を別にこの場で差し上げる、ということでいかがでしょう?」
ミチナガさんは、この件については全権を持ってここにいるらしい。決めにかかっている。なら、ぼくらも即決しなければならない。ここは、もうユカに最後まで話してもらうのがいいだろう。ぼくは彼女の目を見て、頷いて見せた。
「わかりました。引き受けさせていただきます」
ユカがミチナガさんにうなずき、承諾の意思を伝えた。
談話室を出て、受付の女性を交えて細部を詰め、ギルドが用意した書類三部に双方が署名して契約は完了した。双方一部ずつを保管し、もう一部をギルドが保管する。
「出発は明後日です。当日朝、男爵家の屋敷にその書類をお持ちになってください」
ミチナガさんはそう言い置き、銀貨十枚をユカに渡すと、足早にギルドを出て行った。
「いきなりな展開だったね」
ユカがため息をつきながらそう言った。
「たしかにね。ゲームだと、「称号」や「二つ名」は名声を高める効果があったりするんだけど、現実にこういう展開があるとちょっと驚き」
「できれば、もっとカッコいい称号がいいね。ゴブリンの顔がちらつくようなのは、早く卒業したいよ」
おっしゃるとおりです。
お読みいただき、ありがとうございます。
「称号」「二つ名」、大事なんですね。ゲームやるときには、もっと気を配るようにします。




