五周め 裏その五
お嬢さまと話しつつ、ふたりが今後のことを考え始めます。やはり、異世界は冒険者なのでしょうか?
翌日の朝、ぼくは寝台から転げ落ちて目が覚めた。痛む背中をさすりながらまわりを見渡すと、シーツの端をつかんだユカがニヤニヤ笑っていた。
「一度こういう起こし方、やってみたかったんだ」
ぼくとしては是非やめてほしい。もちろん、ここは厳密に言えばぼくの部屋ではないのだが、ユカが勝手に入ってオーケーというものでもない。パンツとか脱ぎ散らかしていたらどうするのだ?
世間では、元気系の幼なじみがいる人は、毎朝勝手に部屋に入られたあげくに、無理矢理起こされることを甘んじて受けなければならないらしいが、なぜそこで出てくる文句が「もっと優しく起こしてくれ」とか「あいかわらず乱暴だな」なのかが、ぼくにはまったく理解できないのだ。起こしかたをどうこう言う前に、部屋に勝手に入られる時点でアウトだろうに。
朝食はつなぎの間であるリビングに運ばれてきたが、サナエお嬢さまが同席してくれた。ユカと話すにはお嬢さま抜きのほうがありがたいのだが、そんなわがままは言えない。なにしろ、お嬢さまの思し召しでここに滞在できているのだ。
なので、お嬢さまと話すべきことを一気に吐き出してしまうことにする。
「この国は、王様が治めているのですか? お名前はなんという?」
「ええ、サギサワ・マキトさまが王としてこの国をおさめております」
とりあえず知らない名だ。王妃はアヤノ様だそうだが、結婚前の姓は記憶にないらしい。その後、王子、王女、宰相、騎士団長と尋ねていったが、知っている名前は出てこない。そろそろお嬢さまが怪訝そうな顔をし始めたので、次で最後にしよう。
「魔法を研究している人はいるんですか?」
「ええ、王宮に魔法院がありますが……ああ、魔法院の責任者の方でしたら、ハマキタ・ユウリ様です」
みごとに先回りされてしまったが、最後の最後で当たりが出た。探せばほかにも出てくることは間違いない。あとは自分たちで何とかしよう。
「変なことばかりきいてすみませんでした。ときに、ぼくたちでも泊めてくれるような宿と、ぼくたちでもできるお金稼ぎのあてとか、ご存じないですか?」
お嬢さまは首をかしげた。
「おふたりはわたしの恩人でいらっしゃいます。お好きなだけここにいていただいてかまいませんし、必要なものがあればおっしゃってくださいな」
「いえ、あまり甘えすぎても、不審に思う人が出てくるかもしれませんし、ぼくたちもこの世界のことがわからないままです。お嬢さまの紹介でちょっと待遇がよくなったりするとうれしいですが……」
お嬢さまはクスッと笑った。
「わかりました。おまかせください」
宿は最高級のところになりそうだったのを、ぼくが必死に止めてそこそこのランクのものを紹介してもらった。お金の稼ぎ方は、さすがにお嬢さまではいかんともしがたいのか、ミズキくんに訊いてほしいとのこと。そりゃそうだよね。
「方法だけわかっても、わたしたちでお金なんか稼げるかな? ご厚意に甘えちゃった方がよかったんじゃない?」
お嬢さまが退出したあと、ぼくらはミズキが来るのを待っていたが、そのときユカがそう訊いてきた。
「たしかに厳しいとは思うんだけどさ、長い目で見ればこのほうがいいと思う。お嬢さまは本当に好意で言ってくれてるだろうし、あの場にいたミズキくんや執事の人もお嬢さまの意思を尊重してる。でも、長引けば彼らもお嬢さまに負担をかけてるぼくらを疎ましく思うだろうし、この家の他の人はなおさらそうだよ。出入りしていれば顔もあわせるし、そのたびに違和感が増していくんじゃないかな」
「考えすぎじゃない?」
「いや、あの場にいなかった人たちは、いまの段階でぼくらの存在を不審に思ってるよ。メイドさんの目なんかも、けっこう厳しかった。ハッキリと反感を持たれるより、その前に出てしまったほうが、あとあと助けを求めたりもしやすいと思う」
「なるほどね。お嬢さまにデレッとしているだけかと思ったら、意外と考えてるじゃん?」
「デレッとなんかしてないよ! そりゃ、彼女は美人だけど、水城の彼女のそっくりさんだし、興味なんか湧かないよ!」
「そういうことにしといてあげるよ」
ユカはポンポンとぼくの肩を叩いて、ニヤッと笑った。ユカ、きみはオッサンか?
ミズキくんから聞いた話は、相当厳しかった。
この世界にはバイト紹介サイトもなければ、ありがちな形での求人もない。条件に合うバイトをネットで簡単に、という環境に慣れている人間には手も足も出ない。バイトもしないぼくなど、お話にならない。異世界ものといえば冒険者ギルドと言うことで、いささか食傷気味だったぼくだが、いざ実際にその異世界に立たされてみると、それ以外の選択肢がないことを思い知らされる。
もちろん、冒険者というものは特殊なバックグラウンドのファンタジー世界の産物であり、そのものズバリはここには存在しないようだが、よろず職業紹介所のようなものが、ギルドという呼び名でちゃんと実在していた。もともとはその日その日の職を求める人間の需要に応える形で、日雇いの元締めみたいな人たちが組合を作ったものだということで、文句のつけようもなくまさにギルドだ。
「ご希望なら、登録のお手伝いをさせてもらいます。身元などは、ユミクラ伯爵家の保証ということで、詳しい調査は省略してもらえるでしょう」
「ぜひ!」
ぼくはコブシを握って即答した。冒険者登録は転移者、転生者の最初のカベだ。おそるおそる記憶喪失を申し出て、だいたい申告どおりに登録してもらえるのが定番だが、現実にはやはり詳しい調査なるものがあったらしい。そこをスキップできるのは助かる。
お嬢さまとユカは、ぼくをちょっとあきれたような目で見ている。ちょっと気合いが入りすぎたかな?
「それでは、まずわたしが宿にご案内いたします。そのあとギルドに参りましょう」
「あの……」
ユカが手を上げて、小声で割りこんできた。皆の目が集まるが、ユカはお嬢さまに目で合図し、そばに行ってヒソヒソ声でなにか話している。耳を傾けていたお嬢さまは、ニッコリ笑って頷いた。
お嬢さまは、屋敷の門のところまで見送りに出てくれた。
「困ったことがおありでしたら、いつでも相談においでください。これを見せればわたしに取り次いでもらえるよう、家の者に伝えておきます」
ミズキくんの顔がピクッと硬くなったが、彼は黙っていた。彼のご機嫌もとる必要があるし、ここはちょっと汲んであげよう。
「お気遣いありがとうございます。お嬢さまに直接、というのは、家の皆様も気にされるでしょうから、ミズキさんに取り次いでもらえるようにしてもらえますか?」
ミズキくんの表情がゆるんだ。わかりやすいな。
「そうですか? わかりました。わたしとミズキのどちらでも取り次いでもらうようにしておきます」
「ありがとうございます。いろいろお世話になりました」
そう言ってぼくたちは馬車に乗りこむ。動き出した馬車を、お嬢さまはずっと見送っていた。
さあ、いよいよ異世界生活の本番開始だ。
お読みいただき、ありがとうございます。
ユカのオッサン化が心配です。




