五周め 裏その四
ユカが主人公の背負ったものを知る回です。
お嬢様がかなり高位の人なのか、ぼくたちのような得体の知れない人物が乗り込んでいる馬車を、警備の兵たちは中を確認することもなく通した。これはこれであとでトラブルを呼ぶ可能性もあるが、いまはありがたい。こっそり兵たちの顔を見てみたが、知らない顔だった。
「このままわたしの居館に向かいます」
本来は警護のミズキくんが止めるべきだったのだろうが、彼もぼくたちに危ないところを救われている手前、複雑な顔はしているが、なにも言わなかった。
「いまはこのまま成りゆきに任せるとして、その先どうしようか?」
ぼくは小声でユカに尋ねた。
「オタっくんが決めてよ。きみのほうがなんか妙な予備知識もあるし、この状況にうまく対応できてるじゃない?」
「いや、ぼくはむしろ、ユカがなんの備えもないのに、思ったほど取り乱してないのにビックリなんだけど?」
「取り乱してるよ。乱しすぎて、一周まわって落ち着いちゃった感じだよ。こんだけありえない状況の中にいて、さっきから、何を見ても気持ちが動かないもん。これは心のどこかが死んだと思うね」
「ぶっそうなこと言わないでよ。きっと気絶してるだけだよ。それよりさ、今晩はなんとかお嬢さまにすがるとして、その先どうするか、あとで相談しよう」
「わかった。でも、相談って言っても考えが浮かんでくる気がしないよ」
そうは言っても、これだけ冷静なんだ。きっと頭は働くと思う。けっこうすごい子だね。
さすがに、お嬢さまの居宅に着くと、そこから先はそこまでのようには行かなかった。日本では考えられないほどの敷地面積のお屋敷には、本邸に着く前に来客を留め置くための建物があって、とりあえずそこに通されたのである。ぼくたちが荷物を持っていないのは明らかなので、武器の有無だけを確認されたが、木の棒を預けようとしたら、むしろ受け取りを拒否されてしまった。なんなのだ?
お嬢さま一行が本邸に去ったあと、絵に描いたようなメイドさんふたりの監視を受けながら、うちの家の敷地より広い居間で出された茶を飲みつつふたりでかしこまって座っていた。ちなみにメイドさんはどちらも見たことのない顔だ。
「なんか、ここに住んでいいですか、と訊きたいよね」
「うん、わたし、いま初めて違う世界に来たんだと実感してる」
一時間半ほどそこに留め置かれたあと、すでに時間が遅いということで、お嬢さま主催の形で簡単な食事をいただき、客間に通された。二つの寝室がリビングのようなスペースで繋がっており、男女同室でも問題なさそうである。いまのぼくたちのためにあるような構造の部屋だ。
リビングのスペースに用意されていたお茶をいただきながら、ぼくとユカは現状の整理と今後の方針の策定をはじめた。
「でも、いきなり水城くんと彼女さんが出てきたから、この先どうなるかと思ったけど、そのあとは別に知ってる顔は見ないね」
ぼくが気になっているのもそこだ。盗賊はともかく、最初に出会った人が「水城と咲菜恵さん」だったこともあり、知った顔はすぐに見つけられると楽観していた。だが、そのあと何人もの人とすれ違っているのに、知り合いはおろか見覚えのある顔すらいない。
「とにかく、明日からは知った顔を探すことを最優先にしよう。でないと、もとの世界に帰るヒントをつかむこともできない気がする」
さらに気になっていることがある。この世界で死に戻りが可能なのかどうかだ。管理者は「自分の知らないことがありそう」と言っていた。この世界がそれなのだとしたら、管理者が仕掛けた死に戻りは機能しない可能性がある。それを確認するためにも、とにかく一度もとの世界に戻らなければならない。
「それなんだけどさ、お嬢さまや護衛さんにいかにもいそうな立場の人の名前を訊いてみるっていうのは? そっくりさんが名前も同じだったんだから、名前からあたってみるのもアリだと思うよ」
「そっか。目だけに頼る必要はないんだ。これは盲点だったよ。ありがとう」
「そう? えへへ、もっと尊敬していいよ」
あまりおだてないようにしよう。
「ところでオタっくん。きみ、わたしにいろいろ話してないことあるよね?」
「た、たとえば?」
「きみ、慌てているように見えるけど、根っこのところで落ち着いてるじゃん。水城くんそっくりの人たちに会っても、ただ「そこで」彼のそっくりさんに会ったことにビックリしてただけに見えるしさ。妙に次やるべきことがはっきり見えているような感じ」
ごまかすような余裕もなかったといえばそうだが、鋭い突っ込みにちょっとたまげた。実によく見ている。ぼくは少し考えて、彼女に自分の状況をぶちまけてみることにした。
「ちょっと信じられないような話をするけど、落ちついて聞いてくれる?」
「すでに信じられないようなことばかりだから、いまさらひとつふたつ増えても変わらないと思うよ」
「管理者」に喚ばれたきっかけと、ハーレムを作れと言われたことについては言葉を濁しておいたが、ぼくたちのもとの世界に終わりが迫っていること、ぼくがそれを防ぐ役割を追わされてしまったこと、そしてそのために死に戻りをするようになったぼくがすでに四回死んでいることを、ぼくはかいつまんでユカに説明した。セーブロードについては、また折を見ていうことにする。
「どう関係するかはまだわからないけど、最近の学校の中が、なにかと暗い感情を掻き立てるように動いていたことは間違いないんだ。それを追いかけてて、ユカを巻き込んじゃったんだよ。ごめん」
「その辺りを考える前に、もうなにがなにやら。壮大というか、荒唐無稽というか、妄想乙というか」
「どんどん表現がひどくなっているよ!」
「ごめんごめん。こんな状況でもなければ「二度と話しかけないで」といいたいような話だけど……」
まあ、そうだよな。死んでも生き返るとか、どちらかというと「信じられない話」というよりは「信じちゃいけない話」の部類に入るのだから。そして、そこにユカを巻き込んだぼくを、彼女が許せないとしても無理はない。
「オタっくん、頑張ってたんだね」
え?
「自分のすぐ近くに、自分のためじゃないようなことに、そんなにひとりで苦しんでいる人がいたなんて、想像もできなかったよ。わたし、きっと能天気にきみに話しかけてたんだろうね。……あれ? わたし、きみに話しかけた?」
「うん。三度目の時に、グラウンドの観覧席でボーッと考えごとしてたら、何度か呼び掛けてくれたらしくて、最後には『無視すんじゃねえこのオタク野郎!』って」
「……ホントごめん。自分がそんなにひどい言葉遣いの女だったなんてビックリだよ。でも、それまで一年以上、まともに話したことなかったよね? なんでわたし、オタっくんに話しかけたんだろ?」
そういえばそうだ。なぜ目にとまったかすら不思議なレベルなのに、何が彼女を動かした?
「意外と、こうなる運命だったのかもね。オタっくんの頑張りがわたしを私を引き寄せたんだよ」
その言葉がどれだけぼくを救ってくれたか、言葉にするのは難しい。ぼくはユカに「ありがとう」と言おうとして口を動かしたが、言葉にならなかった。そして、目に涙がものすごい勢いで浮かんできた。
「ホント頑張ったんだね。お疲れ。ここからは、わたしもいっしょに頑張るよ」
ユカはにっこり笑ってそう言って、ワシャワシャとぼくの頭を撫でた。その優しい感触に、ぼくの涙はさらに勢いを増してしまった。
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