五周め 裏その二
このエピソードから、主人公が邑端を呼んだり思ったりするときの呼び名が、ユカになります。
「オタッくん、もうちょっと加減できないかな? あまりにスプラッタで気分悪くなってきちゃったよ」
結局ぼくとユカは森を出ることにした。小屋の近くにあった木から手頃な太さの枝を折り取ってそれぞれに持ち、獣道に毛の生えたような道を、おおむね街を目指す方角に進んでいった。
数分も進むと、まさに獣というしかないものが、横の茂みから飛び出して襲いかかってきたのだが、慌てて木の枝を振りまわすとそれがみごとに命中、有り余るパワーによって、獣だったモノは肉塊と飛び散った血しぶきに姿を変えた。どういう獣だったかすら確認のしようがない。
「ご、ごめん。でもさ、剣術のスキルもなしに力のパラメーターだけ上がっても、うまく使いこなせるわけないじゃん」
「なにワケわかんないこと言ってるの?」
ああそうか、このあたりは彼女はなじみがないのか。令嬢転生ものって、前世の知識とか原作の知識がチートのかわりをするケースが多いしな。
「と、とにかく結果オーライだよ。ほら、肉もいい感じの大きさになったし、焼けば食料にもなりそうだよ?」
「肉の回収から調理まで責任を持ってオタッくんがやってくれるなら、それを功績として認めてもいいよ」
「ごめんなさい。無理。というか、血を見ると気が遠くなるタイプです。いまもけっこうヤバい」
「なんか、男の子と一緒にいる気がどんどんしなくなってくるよ」
ユカは大きなため息をついた。せっかく上昇した印象点は、いまどんどん目減りしていっているのだろうか?
「ちょっともう限界です。これ以上血の匂いをかいだらマジで失神しそう」
ぼくに任せてほおけないということで、こんどはユカが先頭に立ち、ぼくがうしろを警戒する形で進んだ。だが数分もすると再び獣が襲いかかってきて、ユカが棒をむやみに振りまわした結果、同じスプラッタな光景を目にすることとなった。どんな獣だったかはやはりわからない。
「わ、悪かったってば。だけど女の子に前を行かせるのもどうかと思うよ?」
ユカは逆ギレした。ムキになった表情がけっこうかわいかったのでドキッとした。
「ユカを責めてるわけじゃないって。ちょっとずつ慣れていくしかないよ。ガマンして進もう?」
「うん、そうだね。ムチャ言っちゃってゴメンね」
その後、ぼくたちは交互に前に出つつ森を進んでいった。森を出るころには、その獣を原形をとどめたまましとめられるようになり、それが狼に似た鋭い牙をもった動物であることを確認して改めてゾッとした。
森から出ると、準備されていたかのように、馬車が盗賊に襲われていた。あまりのテンプレに脱力しつつ、ふたりで姿を隠して様子をうかがうことにした。
盗賊は十人ほど、馬車のまわりには銀色に輝く鎧を着た騎士らしき人ががふたりほど倒れている。残るはひとりだ。
「いいかげんあきらめな!」「すぐにそいつらのあとを追わせてやるぜ!」
「ふざけるな! 命にかえてもお嬢さまを守ってみせる!」
「へへ、その命がもうじき終わるんだよ!」
「日本語だね」
ぼくは呆然としつつも小声で呟いた。
「うん、日本語だね」
ユカも言葉に感情が感じられない。
状況はきわめて緊迫しているにもかかわらず、目の前のシーンに現実感がもてない。おそらく、まったく見も知らないこの地で、その修羅場に日本語が使われてしまっていることが原因だろう。そのせいで、どこかロールプレイングゲームの画面を見ているような錯覚に襲われてしまう。
ひとり残った騎士はかなりの腕前と見えて、三人ほど盗賊を倒したが、同時にかなり傷ついている。そして動きが止まったとき、彼は完全に取り囲まれた。馬車の中からは、かすかに女性の声が聞こえる。騎士に呼びかけているのだろうか。
「オタッくん、マズいみたいだよ」
ユカの声に、ぼくは我に返った。
「あの騎士さん、だいぶケガしてる。もうそんなにもたないと思う。助けてあげるなら今しかないよ?」
見ると、鎧に守られていない部分のあちこちから出血している。息づかいは、ここまで聞こえるような気がするぐらいだ。
「ユカ、さっきの狼もどきとはワケが違う。相手は人間だよ? ぼくたちに、あれに向かってこれを振ることが出来ると思う?」
ぼくは、ユカにぼくらをここまで連れてきてくれた木の枝を掲げて見せた。
「うーん、そう言われちゃうと自信がないけど」
「だから、ここは計算高くなろうよ。あの騎士がこのままやられたら、盗賊がすべてをもっていってそれで終わり。ぼくたちの状況は変わらない。あの騎士を助けられたら、ひょっとしてぼくたちを助けてくれるかもしれない」
「素直じゃないな、オタッくん!」
ユカがぼくの肩を軽く叩いた……つもりだったろうう。だが、ぼくはその衝撃を受け止めきれず、身を隠してくれていた茂みに突っこんだ。ガサッと大きな音がする。
「誰だ、そこにいるのは!」
盗賊の目がそろってこちらを向いた。
「ユカぁ、力を加減しなきゃって、ずっと話してたじゃないか」
「ご、ごめん。ついふだんの感じで……」
間の抜けたやりとりをしながらぼくらは立ち上がった。盗賊のリーダーらしき男が声をかけ、三人ほどがこちらに向かってくる。これはぼくらを殺るつもりだ。今さらいち抜けはできない。
「しょうがないからやるよ、ユカ。小細工なんかぼくらには出来ないから、とにかく全力で走って行ってすれ違いざまに殴る。殴るのはどこでもいい。なるべくモノを殴るつもりでいこう」
パワーアップは当然ながらぼくらのスピードも上乗せしてくれている。感覚をつかみきれなくて、何度か転んでしまったほどだ。ちなみに、走るのが専門のユカは。すぐに感覚をつかんだ。
「了解。オタッくんは転ばないでね」
「う、うるさい!」
ぼくらは全力で盗賊に向かって走り出した。
始めてしまえばあっという間だった。ぼくらのスピードは人間の限界に近いぐらいだと思われる。すれ違いにぼくたちが一撃をかました盗賊二名はそれだけで無力化された。その勢いのまま、騎士を囲んでいる奴らのところに到達してさらに二名を無力化した。
そこで一度立ち止まって様子を見ると、騎士が浮き足だった残る二名を斬り伏せていた。最初の三人のうち残った一名は途中まで戻ってきていたが、残ったのが自分だけになったとみるや、百八十度方向転換して逃げ出した。こういうのを逃がすとめんどうなことになるのがセオリーなので、追いかけて殴り倒す。ミッションコンプリートだ。
「な、なんだかよくわかりませんが、ご助力感謝します。おかげでお嬢さまを守ることができました」
二人をしとめた後、傷が痛み始めたか膝をついてうずくまっていた騎士だったが、剣に身体をあずけながらどうにか立ち上がって、自分たちのしたことをなんとなく受け止めかねていたぼくたちの方にやってきた。
「ああ、いや、大変でしたね」
そうだ。そもそもこの一行に恩を売るつもりで動き始めたんだっけ。
「ところで……水城!?」「水城くん!」
ぼくと同じように騎士に顔を向けていたユカも、ほぼ同じ反応だ。目の錯覚ではない。
「は? たしかにわたしはミズキという名ですが、どこかでお目にかかっているでしょうか?」
水城、あるいは水城そっくりの騎士は、ポカンとした顔でそう言った。
「ミズキ、ケガはありませんか?」
馬車から顔を見せたのは、咲菜恵さんだった。騎士の言うとおりであれば、彼女も咲菜恵さんのそっくりさんと言うことだ。いったい、この世界はどうなっているのだ? ぼくは彼らに向ける言葉を、しばらく見つけられなかった。
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