五周め 裏その一
パニックになりそうでならない二人です。
「なにこれ?」
ひとはあまりに驚くと感情が抜けたようになるという。小屋の外に出た邑端の最初の反応はまさにそんな感じだった。
「ぼくたちの世界とは違う世界に飛ばされた、って言ったら信じる?」
ぼくは彼女に、ラノベ的にはおそらく真実であろう、非現実的な想像を伝えてみた。
「あたま大丈夫、オタッくん?」
その反応もすべて織り込み済みだ。だが、現実は認めてもらわなければ、その先には進めない。
「なら、邑端さんは、この目の前の情景をどう説明する?」
「うーん、夢?」
「現実から逃げるのやめない?」
ぼくは彼女の両の頰を軽くつねるという思い切った行動に出てみた。
「いひゃい、いひゃい、あいふんをを、おはっふん」
「まだ夢?」
つねっていた指を離してそう訊くと、いきなりパンチが飛んでくる。だがアスリートとはいえ、殴るための筋肉など鍛えていない少女のパンチだ。いきなりつねってしまった引け目もあるのであえて受けようと、右の頬をこころもち前に出した。
次の瞬間、頭部を大きな衝撃が襲った。十センチくらい浮かされたぼくは、そのまま二メートルぐらいふっ飛ばされて、文字通り二回ぐらい転がってようやく止まった。その恐るべきパンチ力に驚愕して邑端のほうを見ると、彼女も自分の拳を見つめて呆然としていた。さらに注意深く彼女の頬を見ると、軽くつねった後とは思えないほど真っ赤になっている。
「ご、ごめんよ、オタッくん。そんなに強く殴ったつもりじゃなかったんだ」
「い、いや、ぼくの方こそごめん。ホントに軽くつねったつもりだったんだけど、すいぶん赤くなっちゃって」
「そうだよ! すごく痛かったんだから! オタッくんの指、どんだけ馬鹿力なのよ!」
「いや、邑端さんだってぼくがヨタヨタ森を歩いてたの知ってるじゃん。あれだけ筋力のない男が、指だけ馬鹿力っておかしいでしょ? 握力だって二十代前半だし」
「二十前半……悪いこと言わないから、少しは鍛えた方がいいよ」
「ほっといてくれる? 邑端さんこそ、そんなに腕が細いのに、どんだけ鋼の筋肉なの? 脳がハッキリ揺れたの感じたよ?」
「そんな怪力女みたいに言わないでよ!」
「で、どうする、この状況?」
しばし不毛な言い争いをした後、沈黙が訪れたところで、ぼくは話を戻した。現実から離れてワイワイやったおかげで、ふたりとも妙に冷静になっている。
「どうするもこうするも……どうしよう?」
「邑端さんって、主人公が異世界に転生したり、飛ばされたりする小説って読んだことある?」
「一、ニ冊は読んだけど……どっちもこんな変なところじゃなくて、貴族のお嬢さんになってたよ?」
そっち系か。でも、転生というものが頭にあるだけでもマシかもしれない。純文オンリーの人だったりしたら、話が通じない可能性がある。
「それから、ユカでいいよ、呼び方。この期に及んで邑端さんとか、硬い呼び方されると、突き放されたような気持ちになっちゃう」
彼女は強い女の子に見えるけど、ちょっとしたきっかけで二山なんかに寄りかかってしまったとか、意外と誰かに頼りたいところのある子なのかもしれないな。
「わかった。じゃあぼくは……」
「オタッくん以外に呼び方あるの?」
「……それでいいです。で、この状況だけど、ユカさんは……」
「まだるっこしいな。呼び捨てでいいってば」
「えーと、じゃあ、ユカはどうしたい?」
「うーん、とにかく学校に戻らなきゃならないよね。どうやって戻れるかな?」
「小屋の中をもう一度調べてみるけど、あまり期待しない方がいいね」
ぼくとユカは小屋の中を、部屋の中だけでなく手前の空間も含めてあれこれ調べてみたが、モヤそのものはもちろん、手がかりになりそうなものもなかった。というか、モノがなにもなかった。
「ぼくたちが引き込まれたモヤがポイントだと思うけど、一度使うと消えちゃうのかな?それとも、一方通行とか……」
「この小屋に手がかりがないとして、オタッくんの読んだ本だと、どうなるのかな?」
ここがなかなか難しいところだ。みる限り、小屋には食料になりそうなものはなかったから、ここにとどまるとしたら食事は自力で調達しなければならない。もちろんぼくにそんなノウハウはないし、ユカも似たようなモノだろう。火ぐらいはおこせても、調理器具になりそうなものもない状況で、なんとかなりそうな気はしない。
ではここを離れるか? 幸い、そこそこの規模の街はここから見える。十キロぐらいあるかもしれないが、行くだけならなんとかなるだろう。しかし、土地の事情がまったくわからない上にお金もない。途中にどういう危険があるかも見通せない。役に立ちそうなチートもない。ああ、パワーはなぜかアップしていたっけ。でも、その使い方がわからないふたりだしなぁ。
「だいたい、この森を出ることになるんじゃないかな。そうすると、盗賊に襲われている人がいて、その盗賊を退治すると、お礼に街まで連れていってめんどうを見てくれる」
「なにその都合がよすぎる展開? だいたい、盗賊退治なんか出来ないよ。それに、もし退治できても、言葉がわからないんじゃない? 怪しまれるだけだよ」
「言葉については……ひょっとしたら問題ないのかもしれない」
「なんで?」
「見多森さんたちは戻ってこなかったよね? だとしたら、あのふたりはこの世界にいるってことだ。そして、ぼくたちと違って、あのふたりは自分の意思でこちらに来ている。この世界の言葉を話して、この世界で生活できるってことだ」
「こっちで言葉を覚えたって可能性は? それか、もともとこっちの人だとか?」
「相当に流暢に話せるのでなければ、不安はなくならないよ。そして、そういう気持ちはむこうの世界でも隠せない。その……二山と話していて、不自然なところはなかった? 意味のわからないことを話し出すとか」
「気を使ってくれなくていいよ。そういうところはなかった。どこまでも、ふつうのイヤらしい男だったから」
ここまで突き放すような男に、彼女はどうして頼ってしまったのか。そこまで追い込まれていたのだろうか?
「だから、言葉については、あたって砕けてみる価値はあると思う。どうしても気が進まなければ、また考えてみるけど」
じつは、ここはこの世界における日本なのでは、と思い始めている。管理者も、「自分の知らないことがある可能性」と言っていた。ぼくらの世界とつながっていて、管理者が知らなかった場所。何らかの方法で直接つながっているくらいだから、日本と、ぼくらが住む街と無関係な場所ではない可能性は低くないと思う。
「わかった。わたし自身に考えがあるわけじゃないから、オタッくんの判断に従うよ。でも、お金はともかく食べ物もないよ? 十キロぐらいといっても、ちょっとキツくない?」
そこは悩みどころだ。「毒耐性」とか便利なスキルがあるのでない限り、その辺の植物をいきなり食べるわけにはいかない。動物がいたとして、このパワーで倒すことが出来ても、調理が出来ない。
「ここにいても食べ物がない状況は同じだよ。ここから動かなければ、その状況も変わらないんじゃないかな。ぼくたち、なぜか力だけは強くなっているみたいだから、身を守る棒みたいなものだけ探して、行くだけ行ってみよう。とりあえず、アメあげるからさ」
ポケットに入っていたアメの袋をユカに差し出す。ユカはニッコリ笑ってひとつ袋から取り出し、口に放りこむ。何度か見たアクションだ。なんとなく、気持ちが落ちついてきたような気がする。うん、なんとかなるさ。
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次話、いよいよ街に入る……かな?




