五周め その三~あんりみてっど?
邑端ルート突入です。彼女の抱える事情も明らかに!
「邑端さん」
「!!!」
呼びかけたぼくの声に、邑端は声にならない声を上げ、こちらを振り返った。
「あ、オタッくんか……。ビックリしたよ。こんなに朝早くに来てるんだ?」
彼女は無理矢理笑顔を作ってみせたが、表情に力はない。
「邑端さんこそ、朝は朝練オンリーかと思ってたよ」
「あ、今日はちょっと……気が向いて……」
たぶん、このまままわりくどい話し方をしていても先には進めないな。
「森の奥、気になるの?」
ビクッと身体を震わせた邑端の顔から笑顔が消えた。
「知って……るの?」
「ついさっき、二山が見多森と一緒に森に入っていった」
ズルいとは思いつつ、ぼくは彼女の問いに直接は答えず、代わりに彼女の次の反応を誘うキーワードを口にした。彼女は力なくうなだれる。
「そっか。オタッくんも知ってるなんて、けっこう広まっちゃってるのかな」
「そうでもないと思うけど、何人かは知ってる。ひょっとして、スッキリさせるために来たんじゃない?」
邑端はコクンと頷いた。ぼくは森のほうを指さしてみせる。
「行くなら、つきあうよ。たぶん、邑端さんが思ってるより危険だと思う。ひとりで行かない方がいい」
ぼくの言葉があまりに意外だったのか、逆に彼女の表情に生気が戻った。
「なんで? 学校の中だよ?」
「ここ、立ち入り禁止になってるでしょ? それなのに、二山と見多森は入っていった。その前にも、二組、同じような組み合わせで入って行ってるんだ。なにかおかしいと思う」
「立ち入り禁止っていっても学校だもん。怒られるぐらいですむんじゃない?」
いや、すまないと思う。じっさい殺されてるし。
「ここはオタクのカンを信じてよ。行こう」
ぼくは彼女の反応を待たずに歩き始めると、背中から彼女があとを追ってくる気配がした。
「邑端さん、前を歩いてくれる? ぼくはうしろを注意するから」
「わかった」
再び歩き始めてすぐ、大きな問題点が発覚した。ぼくはじっさいに殴り殺されているために慎重になるが、危険を実感していない彼女は違う。アスリートの脚でスイスイとのぼっていく。こちらは警戒しながら全力でうしろを進むが、運動不足のぼくはすぐに息切れし、彼女との距離が離れがちになる。この問題には、彼女もじきに気づいた。
「だらしないなぁ、もっと運動しなよ」
ふつうではない状況のせいか、逆にいつもの彼女に戻っている感じだ。
「ご、ごめん。今後気をつけるよ」
「しょうがないな。はい」
邑端は、細く長い手を伸ばしてきた。
「え、なに?」
「手つないでれば、離れないでしょ? オタッくんに歩くスピードあわせられるし」
「あ、はい」
ぼくはオズオズと手を伸ばして彼女の手をそっと握った。彼女のきゃしゃな掌は思ったよりも冷たく、ぼくの掌に吸いつくような気がした。
「じゃ、行くよ」
彼女はぼくの手をギュッと握って歩き始めた。この数十秒で主導権は完全に逆転してしまった感じだ。
「あれ、かなぁ」
邑端は銛がちょっと切れたところで立ち止まった。彼女の視線を追うと、そこには小さな小屋がある。さほど立派なものではない。数日で組み上がりそうな簡易ログハウスだ。
入り口らしき扉はひとつ。その前には男がひとり立っている。
「あれ、先生だっけ?」
曖昧な記憶しかないぼくが邑端にたずねると、彼女は即座に答えを返してきた。
「うん、物理の峯側先生だよ」
物理か。とるつもりなかったから、興味がなくて頭にはいらなかったんだろうな。
「森に入った人たちは、あの小屋の中にいるのかな」
邑端がボソッとつぶやいた。
「警戒役みたいなのをおいてるくらいだから、多分そうなんだと思う。どうする? 出てくるのを待ってみる? 始業時間がちょっと微妙かもしれないけど」
「うん、ここまで来たらそこまで確かめたい」
「了解」
ぼくたちは、そこから少し木が濃いめに茂っているあたりにそっと移動して腰を下ろした。ここからなら、茂みの間から扉は見えるが、扉のほうからは見えにくいはずだ。
「二山先生は、陸上部の顧問なの」
少しの沈黙のあと、邑端が小声で話しはじめた。「言わなくていい」と言おうとしたが、やめた。彼女が話したいと思うなら、聞こう。
「半年くらい前に調子を落としちゃってね。ウチの部ユルいから、そういうときのノウハウとかもなくってさ、全然どうにもならなくってドツボにはまってたの」
「半年前って、まだ同じクラスだったよ? 全然気づかなかった」
「フフ、気づくほうがおかしくない? ほとんど話したこともないのに。というか、わたしだってオタッくんの存在目に入ってなかったし」
厳しいひとことであった。そんなことだろうとは思ってたけど。
「そんなときに、二山先生のアドバイスでウソのように調子が上向いたんだ。わたし、それでコロッと落ちちゃってね。嫌われてる先生だっていうのはわかってたんだけど、そのときは気にならなかった」
誰も助けられなかった彼女を二山は助けた。彼女がヤツを頼もしく思ったのは、しょうがないのかもしれない。
「でも、いま考えると、やっぱりクズなんだよね、あの人。教師と生徒なのに、デートの誘いははじめからオーケーだし、最初からホテルに入っちゃうし」
え? ということは……そういうことだよな?
「それに、わたし自身、あのときはなにかに浮かされてた気もするんだ。いまのわたしは、未練がどうこうっていうより、この半年はなんだったのかを見極めたいって感じ」
「そう……なんだ」
「オタッくんもなにか話してよ。すぐそばに水城くんみたいな人がいて、うらやましいとか思わない? 自分もリアルで彼女ほしいとか」
「そんなことを思ってもしょうがないくらい違うしね。水城の彼女もデキたひとだから、うらやむ気持ちも起きないよ」
「そんなものなのかな」
少しの間雑談をしていると、茂みのむこうで扉が開いた。
「出てくるよ!」
ぼくが邑端に囁くと、彼女も頭を低くして小屋のほうを見た。その視線の先で、まず贄田山と識原が姿を見せた。
「贄田山くんと識原先生も?」
「たぶんね」
続いてもう一組、三年生とぼくの知らない教師が出てくる。邑端のほうを見ても首をひねっているから、彼女も知らないらしい。ふたりは扉の外に立っていた峯側と一緒に森に入っていった。おそらくは、校舎の方向に戻るのだろう
だが、少し待っても見多森と二山が出てこない。
「どうしよう? もう少し待つ? それとも、思い切って行ってみる?」
ぼくは傍らで扉をじっと見つめる彼女にちょっと思い切った提案をした。
「イジイジしててもしょうがないよね。自分にカツを入れるためにも行く!」
扉にはカギはなく、ひくと音もなく簡単に開いた。質の悪いログハウス風なのに、滑るような開閉が違和感を感じさせる。
そっと覗きこむと、奥に扉がもうひとつあるが、その手前には何もない。みたもり(みたもり)と二山の姿も見えない。
「どうする?」
ぼくはもういちど邑端にたずねた。引き返すならいまだ。それに、その、このまま踏みこむと、わりとマズいことになる可能性もある。
だが、彼女は揺るがない。
「行く」
ぼくはそれ以上なにも言わず、扉に近づいた。耳をあててみるが、気配は感じない。もっとも、訓練も何もしていない。ぼくが感じないからといって、なんの保証にもならないけど。
取っ手に手をかけ、手前に開く。覗きこむが、誰もいない。これは変だ。
思い切りよく踏みこんだ彼女に続いて部屋に入り、中を見渡すと、奥まったところになにやらモヤのようなものが見えた。アクション系のロールプレイングゲームの鉄則として、マニュアルに記載のないこういうものはとりあえず触れてみるものだが、現実はおそらく逆だ。触れてはいけない。
「邑端さん、わかってるだろうけど、それにはさわら……」
「わ、わ、助けて! オタッくん!」
邑端は、身体の三分の一ぐらいをモヤに飲み込まれていた。触ったのかよ!
ぼくは慌てて彼女の腕をとって引き戻そうとしたが、モヤがぼくたちを引き込む力には抗えない。半分、そして三分の二とぼくたちは引き込まれていき、ついにすべてを包み込まれた。
気がつくと、ぼくは邑端の手を握ったまま倒れていた。慌てて離そうとしたが、まだ気を失っている彼女の指がしっかり絡んでいて離れない。あきらめてそのまままわりを見回すと、同じ部屋の中のようだが、違うのは先ほどのモヤが見えないことだ。
「うう、あれ、オタッくん?」
彼女が気がついた。しっかりとぼくの手に指を絡めている自分の手に気づくと、慌ててそれをほどいた。
「わたしたち、どうしたのかな? さっきと同じ部屋?」
「わからない。ちょっと見てくるよ」
ぼくは扉を開けてみる。先ほどと同じがらんとした空間のむこうに、また扉がある。同じだ。ちょっとホッとして、その扉を開ける。外の光がぼくを襲う。
(ちょっと陽の光が強くないか?)
見渡すと、先ほどの森と微妙に植生が違う。というか、見たことのない植物だ。さらに遠くを見ると、校舎が見えるはずのところに何もない。広々とした草原がひろがり、、そのむこうに高いカベが見える。どう考えても二十一世紀の日本ではない。
(ひょっとして……転移、か?)
ぼくは、まともな人間ならとりあえずは考えない可能性について、真剣に頭を悩ませていた。
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ついに物語が大きく動きます。……舞台だけですが(汗)




