五周め その二
どんどん、ただのリアル美少女シミュレーションゲームと化しています。
トレーニング中の邑端に声をかけると、彼女は笑顔でぼくのほうに近寄ってきた。今日は自主練の日らしく、他の陸上部員の姿は見えない。ユルい部だな。
どこにいても人目を引く彼女だが、放課後のグラウンドではひときわ目立つ。細くて長い手足を見せつけながら滑るように走る姿は誰が見ても美しいと思うだろう。ストレッチをする姿なんかも、ちょっとエロい。これでもうちょっと……その、揺れをともなう胸部装甲なんかが厚かったりしたら、スカウトが群がってきてもおかしくないのではないかな。
「どしたの、オタッくん?」
四周めの序盤あたりは、彼女はぼくのことを「山瀬くん」と読んでいたような気がするが、すっかり「オタッくん」が定着してしまったかんじだ。カラオケの時にそう呼ばれ続けたのと関係があるんだろうか? イヤな言い方じゃないし、かわいいから、全然かまわないんだけどね。
「そろそろ休憩かと思って。アメいる?」
四周めで彼女がすぐに受けとったアメは今回もぼくのカバンの中にある。
「ありがと! 甘いもの欲しかったんだ! 気が利くね」
邑端は、腰を下ろしているぼくのすぐ隣に座った。彼女の香りと汗の匂いが少し混じった、甘酸っぱい匂いがぼくの脳髄を直撃する。これが二次元にないリアルの迫力なんだね。
前回同様、彼女はアメを口に放り込み、口の中で動かしている。
「お疲れさま。自主練でひとりで走ってるときも手を抜かないんだね」
「あれ、今日が自主練って知ってたの?」
「まあね。走ってる邑端さん、カッコいいからつい注目しちゃって」
ぼくも適当なことが言えるようになっちゃったな。またひとつ自己嫌悪。カッコいいのは本当なんだけどね。
「またまた。色気がないのは自分でもわかってるよ。もうちょっと胸とかあったらよかったんだけど」
そう言った彼女は、汗が少し染みたタンクトップの首回りを指で引っ張ってみせた。スポーツブラがちょっと覗く。そういう無防備系エロは、危険だからやめて!
「走るのは楽しい? ぼくみたいな人間には、疲れるだけに思えちゃうんだけど」
「よく言われるんだけどね。走ってる間はしんどいよ。なんで走り始めちゃったのかって毎回思う。力を出し切った爽快感っていう人もいるけど、わたしは力を出し切っても負けたら悔しさのほうが大きいな。爽快感を感じるのは、力を出し切って、他の人より先にゴールしたときだけだよ」
格ゲーみたいなものかな。違うか。
「いつも先にゴールできる?」
「そのために練習するのさ!」
彼女がニッコリ笑ってそう言った。その表情は、とても教師との交際に悩んでいる少女の顔には見えなかった。
「そろそろ戻るね。アメありがと!」
すこし雑談をしたあと、邑端はぼくに手を振ってグラウンドに戻っていった。すこし身体を温めたあと、またトラックをゆっくりと走り出す。爽快なのは勝ったときだけ、みたいなことを言っていたけど、練習の時もやっぱり楽しそうに走っているように見えた。
浜喜田と合流する時間が近づいてきたので、リュックをかついで立ち上がると、トラックの向こう正面を走っていた邑端がこちらに手を振った。ぼくは手を振り返してグラウンドをあとにした。リア充の人たちは、毎日こういう時間を積み重ねているわけだね。
生徒会長の家では、ほとんど前回と同じ流れで三人の持っている情報を共有した。昼休みを一回飛ばしても同じような結論にたどり着けたのは、印象点が上がることでぼくに対する信頼度も上がっているということなのだろう。
いじめの構造の複雑化と不可思議な教師の介在の二点が、前回と同じように今後注意していくポイントとなったが、教師の問題について、ぼくは生徒会長に新しい問題を投げかけてみた。
「生徒会長は、不思議な動きをしている先生について、ぼくよりも情報をお持ちと思います。生徒会長が確認されている先生は、いじめを受けている生徒に寄り添うようなタイプの人たちでしょうか?」
ぼくの念頭には、もちろん二山がある。あいつは絶対にそういうタイプではない。ぼくのカンが正しければ、生徒に手を出すようなクズだ。
「それは……いえ、わたしの個人的印象とはいえ、みなさんにはお伝えしておくべきでしょうね」
生徒会長は、すこし考え込んだあと、覚悟を決めたように話しはじめた。
「わたしが気づいた先生方は、いずれも生徒の学業以外の側面での指導に無関心と思われる方々です。そして、どなたも過去に一度ならず生徒との……その……不適切な関係が噂されています」
最後の部分を言うとき、生徒会長はすこし顔を赤らめた。うん、なかなか萌える。あ、いや、いまはそういうときではないな。そんな気はしたが、識原もそうだったか。
「どう考えても、不自然ですよね。その不自然なことをさせる力がどこかにあるんだと思います。先生たちにそれをさせるのは、普通に考えれば、もっと強い力です。生徒会長も、じゅうぶん気をつけてください」
「わかりました。わたしの力が及ばないと思ったときは、また相談させてくださいね」
四周めの時は軽く流していた雰囲気もあったぼくの注意喚起だが、この周回の生徒会長はしっかりと受け止めてくれたようだ。
「お呼び立てしたお詫びです。お食事を召し上がっていってくださいませ」
前回はお茶だけだったが、今回は夕食が出た。そしてスマホが作動した。画面をチェックしたぼくが、今回は迷わずリンクを押すと、無機質なアンダーラインつきのアドレス表示が、よくある立体クリックボタンに変わった。あれ、これ上書きセーブするときはどうするのかな?
帰宅してベッドに横になり、今日一日を振り返ってみた。見多森関連、加楠宮関連のイベントはすべてスキップしたが、一周終わったゲームを再プレイするときに、個別ルート開始までセリフをスキップした、という感じだろうか。これまたリアルでやると、なんとも珍妙な気分である。
ともあれ、マーカーとやらが作動したということは、先に進む最低限の前提条件がととのったということだろう。明日からはいよいよ単なる情報収集ではない、真の攻略の開始となる。リアルとゲームを比較して難癖をつけ続けてきたぼくも、さすがに緊張で身震いがしてきた。リアルでの個別ルートなんて、生まれて初めてだし。
翌朝、ぼくはいつもよりもさらに早く起き、家を出た。ここ何日か、家で朝食を食べてない気がするが、じつは家族から見れば、ぼくが妙に朝早く起きているのは昨日と今日の二日だけなのだ。改めて自分がどれだけ異常な状況にいるかを実感し、戦慄する。
通用門を通って校内に入ったぼくは、すこし遠目に裏の森全体が見渡せる位置に腰を下ろした。今日も邑端が来るかどうかはわからないが、この森で起きることは、少しでも多く情報を集めておく必要がある。
ぼくのすばらしい心がけに応えてくれたのか、今日の森にはいろいろ動きがある。まず、識原が贄田山をともなって森に入っていった。五分ほどして、名前は知らないが三年の数学を教えている神経質そうな男性教師が、三年の女生徒を連れて入る。そして、二山と見多森が姿をあらわした。
二山は見多森の肩を抱き寄せ、見多森も身体を二山に預けている。ふたりはしばし乳繰り合ったのち、森に入っていった。まったくイヤなものを見た。けっこうきわどいシーンだったにもかかわらず、不快感以外のなんの感情も起きない。
森から目を離して校舎の方を見ると、邑端がやってきた。昨日の明るい笑顔とは違う、どこか思い詰めたような表情だ。彼女のあんな表情は見たくない。
ぼくの「邑端由歌奈ルート」が、いま始まる。
お読みいただき、ありがとうございます。
泣きゲーにはしたくないですね。




