五周め その一
いよいよ腰を据えて攻略開始……かな?
五周めを始めるにあたって考えなければならないことは、これまで情報収集の流れの中でやってきたことを、どこまでくりかえすかだ。
ゲームでは、ある場所でなにか起こることがわかっていても、そのためのフラグを立てなければ何度そこに行ってもなにも起きないが、リアルはフラグを立てようが立てまいが起きるものは起きる。フラグ立てのために動く必要はない。
イベント系の出来事にしても、カラオケとか、生徒会長や浜喜田との会話のように、実現までに段取りが必要で時間がかかるものもあれば、ちょっとした雑談のようにほとんど手間がかからないものもある。また、与澤との会話のように前提条件が必要なものもある。少なくとも全部を起こしてまわる必要はない。
目覚めてすぐに家を出たぼくは早々に家を出て、なにを再現してなにを再現しないかを考えながら学校に向かう。あれこれ迷って、今回は橘叢関係はスキップし、浜喜田とコンタクトして、生徒会長への渡りをつけるところまでは再現することを決めた。これだけはクリアしておかないと、マーカーという名のセーブ機能が作動しないような気がしたのだ。
初日の裏の森は未チェックだったのを思い出し、学校に着くと校門はくぐらず、裏の通用口にまわった。あぶない橋をいまの時点で渡る気はないが、いちおう状況は見ておくべきだろう。しかし、通用口がいつも開いてるって、セキュリティ上どうなのだろうか?
学校裏まで回りこんだあたりで、意外な人物を見かけた。邑端がまさに通用口を通って学校に入っていくところだったのだ。
彼女は始業前は毎日朝練のはずだ。それをスキップするような用事が、学校の裏手にある? ぼくが気にかけている件と無関係である可能性のほうが低くないか? そして、これはいままで気のいい女友達ポジションだった彼女を巻きこむフラグではないか?
ぼくは慎重に距離をとって邑端の様子をうかがった。とてもほかのヤツにはみせられない。彼女はなにげ人気の高い美少女だし、いまのぼくを十人が見たら十五人くらいはストーカー扱いするだろう。早朝でよかった。
邑端はあたりをきょろきょろ見回すと、森の中に入っていった。ぼくは自分と彼女に近づく人影がないことを確認しながら、ギリギリの距離を保ってそのあとを追う。彼女は前回ぼくが到達したあたりまで来て立ち止まり、すこし肩を落として引き返してきた。ここまでぼくがみてきた彼女にはない、力のない表情だ。ぼくはそのまま木の陰に身を潜め、彼女をやり過ごした。こんなスキル、あまり上達したくないんだけどね。
邑端はそのまま校舎の方に向かった。もう追う必要もないと判断したぼくは、もう十分ほど森を観察したあと、図書室に向かった。
図書室では、前回と同じく浜喜田が外を見ていた。声をかけると、これも前回と同じくビックリして弾かれたようにこちらを見たが、前回よりも表情の険は少ない。
「山瀬くん……ここは図書委員の聖域ですよ?」
ぼくに向けられたセリフもほぼ同じだが、口調は柔らかい。なんとなく、視線も咎めるというより窘める感じだ。これは、前回と同じようなやりとりでは、生徒会長に話が行かない可能性がある。前回は彼女の警戒心がそうさせたはずだ。
「いじめ、やっぱり増えているの? 見ていたんでしょ?」
「なんでそれを?」
「生徒会長が心を痛めてるって、小耳に挟んでね。いまの様子を見て、浜喜田さんもそうなのかなって思ったから」
「わたしは閑傍さんと違って、なにもできない。見ているだけです」
「気にしないヤツばっかりの中で、見ようとするだけですごいと思うよ」
「そんなことはないです」
「ぼくもなにもできないだろうけど、もしなにか出来ることがあれば言って」
そう言われても彼女が返事に困るであろうことはわかっていたので、ぼくはそれを待たずに図書室をあとにした。
実感した。これが「周回を重ねたり違うルートを通ることで会話の選択肢が増える」というヤツなんだと。そして、リアルでそれを体験することが、どれだけ味気なく、逆に自分の心にもやもやを残していくのかを。
ぼくはいま、浜喜田を会話でひとつの方向に誘導した。彼女なりにぼくに向き合って話をしていたのに、ぼくはその会話を道具として利用した。ゲームであれば画面の前でガッツポーズをするような状況なのに、いまはその不実がたまらなくイヤだ。こんなことは、出来るだけさっさと終わらせたい。
二時間目の休み時間、前回と同じように生徒会書記の鞠碕がぼくを呼びに来た。彼女のあとについて生徒会室に向かい、ドアをノックして一人で中に入る。そのスムーズな流れに、鞠碕は一瞬だけ怪訝そうな表情をしたが、それだけだった。
「山瀬さん、お呼び立てして申し訳ありません」
生徒会長の切り出し方は前回とほぼ同じだが、やはり表情は柔らかい。あまり時間を無駄にしたくないので、ぼくのほうから話を振ってみる。
「もしかして今日の朝、浜喜田さんと話をしたことがお耳に入ったのでしょうか?」
生徒会長はすこし驚いた顔をしたが、すぐに表情を引きしめてうなずいた。
「それをお察しなら、用件もおわかりかと思います。山瀬さんがなにを感じ、なにをご存じなのかを、わたくしに教えていただきたいのです?」
ぼくは前回と同じ趣旨の答えを返そうとして、思いとどまった。前回は、ここから生徒会長と浜喜田を交えて話すまで、一日半かかっている。もっと時間を効率的に使えないだろうか。
「生徒会長、いまはあまり時間がありません。もしぼくの知っていることにご関心があるのであれば、できれば放課後にまとまった時間をとっていただきたいのです。そうすればお話しできると思います。浜喜田さんにもいてもらった方がいいでしょうし」
すこしの間考えこんだ生徒会長がぼくの顔を正面から見た。
「わかりました。今日の放課後、お時間が空き次第こちらへ……いえ、さすがに放課後は多少人の出入りがありますね。下校時間後、わたくしの家に来ていただけますか? 場所は浜喜田さんがご存じです。彼女にはわたくしからお話しします」
なにか急な連絡のため、ということで、会長はぼくとナンバー等を交換した。
「無茶を聞き入れていただいてありがとうございます。それでは、失礼します」
とっさの思いつきが功を奏し、昼休みをあけることが出来たので、そこで放課後にとる行動のための準備をすることにした。
いまのぼくは、ひとつ行動するたびに相手に対する不実を感じている。その罪滅ぼしにはとてもならないが、最初にともに行動する相手は、自分がなにかをしてあげたいと思える相手にしたいと考えていた。そして、ぼくは今朝、前の周回、その前の周回で笑顔でぼくに接してくれた邑端の沈んだ表情を見てしまった。
おそらく、彼女の悩みはカレシがらみなのだろうが、それがあの裏の森に絡むことなのであれば、力になってあげたいと思ってしまったのだ。管理者が「いやがるのをムリにトラウマ暴いて」とか言ってやがったのが頭をよぎったが、考えまい。
「与澤さん」
昼休み、ぼくは噂の情報通に声をかけた。
「あれ、山瀬くん。珍しいね、わたしに声をかけるなんて」
「教えてほしいことがあるんだ」
「ますます珍しいね。きみがわたしの情報をほしがるなんて、天地がひっくり返ってもないと思っていたよ。中庭にでも行こうか」
なんとなく、つかみはわりといい感じだ。
「で、なに? 言っておくけど、わたしの商品は高いよ?」
「うーん、払えるかどうかは自信ないけど、値段は聞く。あのね、今朝、邑端さんがすごく思い詰めた表情で裏の森にいたんだ。カレシ関係で悩んでるらしいんだけど、なにか知ってる?」
ニコニコ笑っていた与澤が、その笑みを消してぼくを正面から睨んだ。端正な顔をした美少女である彼女のこういう表情は、迫力がある。すこしおしりが痺れた。
「いい加減に近づくネタじゃないのはわかるよね?」
「うん。力になれることがあったらやりたいと思ってる」
「由歌奈に惚れてるのかな?」
「わからない。でも、今朝からはずっと気になってる」
これは本当だ。走るときの真剣な顔と笑顔しか見たことがなかった彼女の、あの沈んだ表情は忘れられない。
与澤はしばらくの間、じっとぼくの目を見ていた。そして、すこし表情をゆるめる。
「ウソじゃなさそうだね。わたしもあの子がすこし心配だし、きみの真剣さを信じて、ちょっとだけ無料で教えてあげよう」
「助かるよ」
「あの子のカレシはすこし歳が離れてる。そいつが最近、ほかの女と急接近してるんだ。わたしはそいつがゲスだと思っているし、別れた方がいいとも思ってるけどね」
根拠のない直感が頭をよぎった。まさかな。
「教師?」
「それはノーコメント」
だろうな。お代無料だと、このあたりまでだろう。
「ありがとう。ちなみに、教師と生徒が急接近という事例、増えてるらしいね」
代金になるかどうかはわからないが、払う気があることは伝えたい。
「みたいだね。具体例はつかんでないんだけどさ」
「贄田山を観察してみるといいよ」
与澤がぼくをもう一度じっと見て、ニコッと笑った。
「すこしもらいすぎだね。さっきの質問にはイエスと答えとくよ。まいどあり」
彼女は立ち上がると、手をヒラヒラと振って去って行った。
二山か。またひとつ、邑端の力になりたい理由が増えたな。
お読みいただき、どうもありがとうございました。
最初の個別ルートは、陸上少女でした。
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