四周め その七
カラオケとミステリーです。いちおうオカラオケ中にハーレムへの布石はあるのですが、まだまだ遠いですね。
ぼくはいま、行きつけのカラオケボックスにいる。店自体はなじみの店だ。よくひとりで利用している。ドリンク飲み放題、食べ物の値段もリーズナブルで、わりと気に入っている。いつもと違うのは、ふだん利用するいちばん小さい部屋ではなく、十人様用の大きめの部屋で、七名様でのご利用だというところだ。
朝にはまだ学校裏手の森の件などを考える余裕があったぼくだが、昼休みぐらいから動悸が激しくなってきて、イヤな汗が止まらなくなってきた。誰かと一緒にカラオケに行くなんて、小学校四年の時に家族で行って以来だ。水城と咲菜恵さんに誘われても、ガンとして首はタテに振らなかった。まあ、これについては、カップルで行くカラオケにぼくを誘う,そのすがすがしいばかりの無神経さに感動は覚えたけどね。
背後に六人の視線を浴びながらカウンターで予約の内容を告げると、顔なじみの店の人にも驚かれた。頭をさげて、目で「訊かないで」と訴えた。早めについてさっさとチェックインしてしまおうと思っていたのだが、三十分前に店に着いたぼくの目の前には橘叢と陵嶋が勢揃いしていた。どちらもぼくを満面の笑みで迎える。チェックインする暇もなく、ロビーでヤツらが確保していた席に強制連行されて、えんえんと今日のぼくの功績の大きさについて話し始めやがった。そうこうしているうちに残りのメンツもやってきてしまったというわけである。
ルームに入ったあと、なかなかに良い雰囲気で時間が流れていったのは、咲菜恵さんに多少気兼ねしている水城や、下心組の橘叢や陵嶋ではなく、女性陣の功績が大きいだろう。邑端は、カレシとぎくしゃくしているせいか、ちょっとクサクサしたところでパァッと行こう、という感じで妙にハイだったし、与澤も男女問わず皆とそつなくコミュニをとっている。
だが、少し驚いたのは志手川だ。水城狙いであるはずの彼女は、下心のあまり言動がスベりがちの二人組にも愛想よく接している。ちなみに、ぼくは飲み物食べ物係に全力を注ごうとしていたのだが、彼女はうまく注文をまとめられないぼくをさりげなく助けて、ぼくが歌う時間を確保してくれたりしている。ひとりで歌うことを愛するぼくにとっては、それ自体は実はありがた迷惑なのだが、彼女の心づかいを感じ取れないほどぼくは鈍感じゃない。他人の心の動きに敏感すぎると、人は時に引きこもるのだ。
「山瀬、ウーロン茶二つとコーラ三つ、あとピザとポテトと唐揚げ……でみんないいよね?」
食べ物の注文は、よほどうまく流れている場でもないかぎり、ひとりひとりの希望を訊いていると時間がかかる。志手川は誰もイヤといわないメニューを、多少強引に皆の了解を取ってぼくにつなぐ。ぼくはそれをインターホンで叫ぶだけだ。
ぼくは三周めで、志手川との接触をきっかけにしていじめの被害者になり、世界の終わりを迎えた。そのせいもあって、自分の周囲の人や物以外にはとことん冷たく残酷になれる子だと思っていた。実際、カラオケに誘ったときに「は?」と顔をしかめられたときは、尻の穴がビリビリッとしびれた。だけど、いまここにいる彼女は、どう見ても「すごくいいヤツ」だ。
「ほらほら、オタッくんも歌って歌って!」
邑端がテンションを上げて迫ってくる。どうやら今日の彼女のオモチャとしてロックオンされてしまったらしい。ときどき気が抜けたようにボーッとする瞬間があるのは気がかりだけど、それはいまぼくが心配してもしょうがない。
マイクを突きつけられるが、ここで「そう、じゃあ……」とかいってアニソンにいくほど、ぼくが空気を読めない男だと思われては心外だ。ここは、スベり続けている下心組に花を持たせるのが正解だ。
「ちょっと歌える歌を探すから、橘叢くんピンチお願い!」
「よし、任せろ!」
橘叢は無謀にもラップ系に行って自爆する。そのあとを陵嶋が、よせばいいのにバラード系に行って傷を深くする。ダメだ、完全に気合いがカラ回りしている。
ぼくは祈るような気持ちで水城を見た。彼は肩をすくめてため息をつき、そこそこノリのいい無難な戦極でなんとか場を救う。さすがに学年内リア充ランキングトップのソツのなさだ。
「じゃあ、次は志手川さんだね。ドリンクと食べ物はぼくがやるから。気を使ってくれてありがと」
「うまくかわしたね? 次は歌った方がいいぞ?」
与澤が耳元でささやいた。わかってます。わかってるから耳に息を吹きかけるのはやめて!
「なんとなく人選の背景がわかってきたよ。きみの今日のターゲットは志手川さんだね?」
はい? 一体何を根拠にそのようなことを?
「由歌奈は今あんなだからいいとしてさ、陵嶋くんは摩桜狙いでしょ? きみが彼とこれまで接点があったとは思えないから、橘叢くんに誘わせた。そこまでするのは、摩桜を誘う理由がほしいから。そしてきみは、水城くんがいれば、摩桜は来るんじゃないかと踏んだ」
背筋をものすごい寒気が走った。与澤さん、あなたどこのひとり諜報機関ですか? インテリジェンススキルが高すぎるだろ!
「あまりきみと摩桜が相性がいいとは思わないんだけど、なにか理由があるんだろうね」
どうしよう。彼女には話してしまった方がいいんだろうか? 情報に対する彼女の考え方からすると、協力が得られなくても、渡した情報をいい加減に使うようなことはない気がする。
「今度話すよ」
「お、その反応は予想外。面白そうだね。じゃあ、前金代わりにここはひとつ、きみが歌いやすい流れを作ってあげよう」
与澤は、歌い手を待っていたマイクを取り上げて、最近の深夜アニメとしては人気のある作品のオープニングを歌い始めた。アニメもカバーしてるのか。ふところが深いな、この子は。
「お粗末でした! このテの歌はやっぱり、師匠お願いします!」
与澤がこっちにマイクを差し出してウインクする。ウインクが不自然に見えないのは美男美女に限られるというが、悔しいが彼女もサマになっている。そして、彼女の前振りのおかげでぼくは、あまり目立つことなくアニソンでノルマをこなすことが出来た。
一曲ノルマを果たすと、邑端がとなりにやってきた。
「ちょっと休憩。オタッくん、結構うまいじゃん」
「ひとりで歌い込んでるからね。でも、なんでわざわざこっちに?」
「いや、あっちは結構疲れるよ。あの二人はギラギラしてるしさ。水城くんもソツはないけど、彼女に気を使ってか、それとなくバリアー張ってるからね」
変なテンションに突き動かされているだけかと思えば、結構よく見てるな。
「ここは沈黙が支配しちゃうよ? 自慢じゃないけどコミュ力ないから」
「それが助かるときもあるんだよね」
邑端はソファに背中を思いきりあずけ、天井をじっと見た。また少し淋しそうな表情がよぎった。
結局、カラオケボックスにいたのは四時間だ。序盤こそ堅かったが、盛り上がったほうだと言えよう。スベり続けた下心組もなんだかんだで満足して帰路についた。女子三人組は駅の方向。どこかで女子打ち合わせを行うらしい。
久しぶりに水城と二人になった。
「で、今日のカラオケ、なんだったんだ?」
「うーん、ぼくにこういうリア充生活が出来るかどうかの確認かな」
「なんだかんだで、橘叢たちよりも、女の子と話しこんでたじゃん」
「あれはむしろ三人の涙が出るほど温かい心づかいとみたね。咲菜恵さん以外にそんな気づかい受けたことなかったから、あれはあれで嬉しかったけどね」
「ぼくは、おまえが勝手にそう思い込みんでるだけだと思うけどな」
「そう思うことで、自分を守っている部分があんのよ。これは本人にしかわからない」
「そういうもんかね」
家に帰ると疲れてすぐに眠ってしまったが、おかげで翌朝は早くに目が覚めた。
さすがに日が昇ってすぐでは朝食の準備もまだだったので、食べずに家を出た。今日はもっと早い時間に裏の森に行ってみたかったのだ。特に事故があったという噂もないのに、最近立ち入り禁止になったという事実も気になる。
今日は最初から裏の通用口をめざす。カギの開いている扉を通って、警備小屋の影、少し死角になっているあたりから森の様子をうかがう。しかし、警備小屋なのに、誰もいないというのはどうなのだろうか。
二十分ほどたっただろうか。森に動きがあった。贄田山と識原が連れだって森に向かっていくのが見えた。身体を引きずるようにして力なく歩く贄田山を、識原は抱き寄せるようにして支えている。ときおり識原は立ち止まり、贄田山の頬をそっと撫でたり、耳元でなにか囁いたりしている。無関心が服を着たようないつもの識原カラは想像もつかない艶めかしさで、少なくとも教師と生徒の普通の日常は感じられない。
十分もすると、二人はまた連れ立って森から出てきた。贄田山の足取りはさっきより軽い。あの奥にはなにかある。
二人の姿が消えるのを待って、森に入ってみた。五分も行かないうちになにかあるはずだ。ぼくは森に入ってすぐにあちこちに目を配り、なにか変わったものがないかを探しながら歩いた。そのせいで、後ろはまったく注意が行っていなかった。
後頭部に重い打撃を感じた。これは痛いのか? 頭蓋骨の中がバラバラになっていくような、たまらない不快感。直感的に感じた。これはダメだと。
ほどなく、ぼくの意識はぼくの手の届かないところに行ってしまった。
お読みいただき、どうもありがとうございました。
四周めはデッドエンドでした。五周めにつながる展開、と自分では考えています。
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