体験版
開き直ったハーレム物を目指したら、とてもハーレムが遠そうな展開になってしまいました。
廃墟と化した街をぼくは見つめた。遙か遠くには禍々しい黒い炎がゆらめいている。あの向こう側に、ぼくたちの平凡で幸せなな日常を打ち砕き、すべての人間に絶望をもたらした災厄の元凶、生きとし生けるものすべての悪意そのものがいる。
ボクは、これまでの戦いで運命を共にしてきた仲間たちを見た。みな、恐れをかけらも感じさせない表情でこちらを見ている。ぼくが心から信頼する少女たちだ。
「みんな、たぶんこれが最後の戦いだ。これまでぼくたちは、ヤツがぼくたちに向けてきた刺客をすべて打ち破ってきた。でも、あそこで待っているのは、いままでより遥かにきびしい戦いだ。命を落とすことになるかもしれない。それでもぼくについてきてくれるかい?」
そこで言葉を切って、ぼくはみんなを見渡した。力強い前向きな感情が、ぼくを圧倒するように押し寄せてくる
「そのためにここまで来たのよ。今さら尻込みなんかしてられないわ」
剣を握るぼくの手に、新たな力が流れ込んでくる。
「ボクがあなたを、そしてみんなを守りきって見せる」
ぼくの身体を、見えない鎧が包んでいく気がする。とても優しい気持ちだ。
「あなたの出番なんかないわよ。わたしがすべて吹き飛ばしてあげるわ」
ぼくの身体に、不思議な力が満ちていく。
「わたくしは、つねに皆様とともにあります」
ぼくたちのまわりを、聖なる気が包んでいく。
「アイツのところにで全力で駆けて。邪魔するものは命に代えても取り除く」
ぼくの脚に力が満ちていく。ヤツへの道が見えてくる気がする。
みなの思いは、ぼくの力となって凝縮されていく。いままで、どれだけみんなに助けられてきたか。最後となるはずのこの戦い、きっとぼくがみんなを守り切ってみせる。そしてヤツにとどめを刺す。
「みんな、いくぞ!」
ぼくたちは、黒い炎に向けて走り出した。戦いのあとに訪れる、幸せな日々を思い描きながら。この願いがあって、仲間たちがいる。きっと勝てる。勝って、優しい人たちのところに戻ろう!
イメージはそこでストップモーションとなり、そして消えた。いや、正確にいえば、ぼくが起きたことにより夢が覚めたのだろう。あたりは暗くてなにも見えないが、意識ははっきりと覚めている。夜中に目を覚ましちゃったか。もういちど寝られるかな?
それにしてもひどい夢だった。ナレーションつきの夢というのも初めてだったが、なによりも内容がすごかったね。ある少年漫画誌で十週打ち切りになる気の毒な作品の、最後の四、五ページほどとイメージがかぶる。「未完」という手書き文字がとてつもなくよく似合ってたね。
とりあえず、たまらなく喉が渇いた。夢があまりに衝撃的だったからだろう。枕元に寝る前に置いといたペットボトルの水があったはず……あれ?
そもそも枕がない。ベッドもない。ぼくはどこかの空間に浮かんでいるだけだ。落ちていく気配はないから、無重力の中に漂っているようなものなんだろうが、そもそもなんでそんな状況なんだ?
「やあ、目が覚めたかい、恭也くん?」
どこからともなく声が響いてきた。若くもなくジジ臭くもなく、年齢不詳の声だ。たぶん男の声……だと思う。
「いや、目は覚めたけど状況がわかりません。ここはどこですか?」
「どこかといわれれば、どこでもないんだ。そこは意識だけが存在を許されている領域なんだ。きみ、呼吸してないだろ? 生命活動から切り離されている『間』だよ」
「さっき喉が渇いたのはなんなの?」
「まあそこはそれ。そういうこともあるよ」
すでに相当怪しいぞ、この声の主。
「そういう得体の知れないところにぼくがいる理由と、そこでぼくと話をしているあなたの正体が知りたいんですが?」
なんとなく、ラノベなんかで見る状況に似ている。あまり失礼なことを言って機嫌を損ねてもつまらない。
「きみがそこにいる理由はね、きみがまさにぼくがいま必要としている人材だからだよ。きみ、寝入りばなにハーレム的な夢を見なかったかい?」
そういえば、たいへんに楽しくて幸せな状況に自分がいる夢を見た。
「あのイメージはぼくが見せたんだ。それで意識が身体を飛びだしてそれに食いついて、この『間』までついて来ちゃったのがきみ」
とてつもなく情けない気持ちになった。ハーレムのイメージだけで釣り上げられてしまったと言うことだ。
「だいぶたくさんの人間に見せたんだけど、ここまでついてきたのはきみだけだよ。すごいね」
「……どうすごいかは訊きませんから、話を進めてくださいませんか?」
土下座したい気分で声の主に先をうながした。
「次の質問は……ぼくがだれかということだね。ぼくはこの世界、つまりきみのいる世界の管理を任されているものさ。ぶっちゃけた話、そういう世界はほかにいくつもある。うまく管理して安定した世界を作っていければ、ぼくは昇進できる。何人かの管理者を束ねる統括管理官になれるんだよ」
「すごくスケールの大きい話から、いきなり生臭い話に落としましたね?」
「まあまあ。で、ここからが相談だ。この世界なんだけど、ちょっといろいろな人たちの悪意が変な形で暴走しちゃってね。このまま放っておくとそれに飲みこまれて消滅することになる」
「なんですか、いきなりその超ヤバい話は!?」
「ほかの世界の管理者なんかとも相談してみたんだけどね、それが事実なんだ。この結末を回避するには、方法はひとつしかない」
「というと?」
「少女たちのピュアな思いと、その思いを束ねる少年の熱い思いが重なれば、その悪意を浄化することが可能だ」
「ハーレム作って戦えと?」
「そうとも言う」
そうとしか言わないよ。なに考えてんだ?
「ひょっとして、それをぼくにやれと?」
「ハーレム好きだろ? きみほど食いつきのよかった人はいないよ? よほどふだんからため込んだものがなければ、身体を飛び出してまで意識が出てこないものだよ」
「やめてくださいお願いします!」
「まあ、ものは試しだ。やってみたまえよ。さすがにわたしもムチャぶりは承知してるからね。統括にバレるとマイナス点がついてしまうんだが、ちょっとできる範囲で小細工して、再挑戦が可能にしてある」
再挑戦ってか。「人生にリセットボタンはない」というのが、最近のゲームにも詳しいぶりっこの大人がドヤ顔で言っている台詞だ。うまい表現をしたと思っているんだろうが、そんなことは誰でもわかっている。ただ、リセットボタンが実際にあるのなら少し興味はある。
「再挑戦って、具体的にはどういうこと?」
「きみが死んだらぼくが強制的にきみをここに戻す。そうすればまたここからはじめられる」
デッドエンド振り出しに戻るパターンじゃないか。一度死なないといけないうえに、リセットボタンは他人が握っている。ふざけているにもほどがあるぞ。
「そもそも、ものは試しって言いますけど、試してやっぱりイヤなら辞められるんですか?」
「それはできない」
「それ『ものは試し』の意味間違ってますから!」
「きみも小さいことにこだわるね。そんなチマチマした心意気じゃスケールの大きなハーレムはできないぞ? これぐらいの説明で冒険に出てくれる勇者なんか、いくらでもいるときくぞ?」
それはずいぶん前の話だ。たしかに昔は王様と王女に頼まれて二つ返事で世界を救う旅に出る勇者もいた。でも、最近は勇者も多様化しているし、自己主張も激しくなっている。
「こだわっても小さいハーレムできるなら、小さくていいです」
「ああもう、とりあえず行ってきたまえ。話はそれからだ!」
「あ、おい、話はそれからって……」
重力を感じなかったぼくの意識は、急にどこかに落ちていくような感覚に襲われた。そして、ぼくはいつもの自分のベッドで目を覚ました。
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午前中には、次話を投稿する予定です。