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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

こんなことシリーズ

こんなこと、あるんですね

作者: 鷹村紅士

初投稿です。


誤字脱字、修正しました。

 ガタゴトと、不快な振動が私を苛みます。

 硬い木材で頑丈さのみを追求した車体に、木箱そのものを金属で床に固定しただけの椅子。クッションなんてものはありません。

 ただでさえ優れない気分に追い討ちをかけられています。

 ただの乗り物酔いならば窓の外を見れば少しは違うのでしょうが、現状、そんなことをしても意味はありません。

 なぜなら、そこには鬱蒼と生い茂る森しかないからです。

 その事実が逃げ場がないことをしっかり教えてくれます。


「はぁ……」


 口癖よりも多くなったため息がでました。

 それに気がついてさらに気分が悪くなります。

 

 ◇◇◇◇◇


 私の名は、マリアルイーゼ・オルフォコスと言いました。今はただのマリアルイーゼです。

 かつてはリュオメン王国という国の侯爵家の次女として生まれ、いろいろと思うことはありましたが家族に愛されて過ごしていました。

 なぜいろいろと思うことがあったのかというと、すべては三歳の頃に起こったことが原因です。

 我が家の庭には大きな池がありました。けっこうな広さで、大人が百人入っても余裕があるほどのものです。細かい数値なんか知りません。

 三歳の頃の私はお母様に連れられて池に近付き、そして池で飼っていた魚たちが飛び出してきたのに驚いて、気を失いました。

 その池には大きな鯉に似た、ライムグリーンやマゼンダ色の魚がいました。お父様が観賞用に飼っていて、日課として餌やりなどしていました。

 私が池を覗きこんだのはちょうどお父様がいつも餌を投げる時の定位置でした。

 ええそうです。魚たちはそこに人がいる、イコール、餌だ! として突撃してきたのです。

 大人からすれば笑える話でしょう。しかし、子供にとってはとても恐ろしい出来事でした。自分より大きな生き物が十数も突撃してきた光景に、幼いマリアルイーゼは死を覚悟したのです。

 走馬灯も見ました。

 ただ、三歳の子供に振り替える人生などそこまであるはずもなく、それが原因なのか分かりませんが、走馬灯はそれ以前の光景まで見せてくれたのです。

 そう、前世のものまで。


 私は中流家庭に生まれ、共働きの両親とはあまり交流がなく、人と話すことがうまくできない子供でした。だから幼い頃から本、それも物語にのめり込みました。

 現実から逃げたのです。

 それで出来上がるのはよく言えば文学少女。悪く言えばただのコミュニケーション障害の引きこもり。

 勉強は頑張ったので学校では上位成績者として表彰されましたが、友人は皆無。いじめられなかったのは幸いでした。

 大人になって社会に出ても、書類作成などの事務仕事は得意でしたが、友人はいませんでした。ただ、男の人のハラスメントが酷く、同性の先輩からはいじめを受けました。

 そんな中、強制的に参加させられた社員旅行での事。海外でよく格子付きの箱に入ってすぐ近くを泳ぐサメを見られるという企画を日本でもできる、と宣伝していた水族館で先輩方に連れていかれました。

 一応、万が一のためのダイビングスーツとやらに着替えさせられた私は金魚鉢のようなヘルメットを被り、檻に一人で入れられました。先輩方は怯える私の姿を期待して係の方を急かし、終いには檻を上下させる装置を奪って檻を水槽に入れました。

 まだ準備が整っていないのに。

 ヘルメットの中には空気が来ていたので溺れることはなく、檻にはサメがよく近づくように工夫がされていて、檻の外には色々な種類のサメたち。

 檻には出入りするためのドア以外は透明な素材で作られていました。ただ、先輩たちが勝手をしたためにドアは閉められておらず、すぐに私は水に浸かり、泳げないせいで身動きがとれません。

 怖くて檻のなかで体を丸めている私に、開いたままのドアから無理矢理中に入ってきたサメ。その光景を最後に記憶は途絶えています。

 大きな生き物に突撃されることで死んだと思われる私が、同じく突撃されることで前世の記憶を思い出す。


「こんなことって、あるんですね」


 自分でもどうかと思いましたが、目覚めた私の第一声がそれでした。


 前世を思い出したせいで幼い子供特有の無邪気さを失った私を見て、家族は大慌てでした。

 父は大いに嘆き、私を優しく抱き締めて謝り。

 母は父から私を奪い膝の上で抱き締めて、髪をすいてくれました。

 長兄は池の魚を根絶やしだと叫び、次兄は父と殴りあいを始めて、その次の兄は母の横に座って私の手を取って大丈夫だよと慰めてくれました。

 姉も母の横に座って私の頬を撫でてくれました。

 後日、別の場所に住んでいた祖父母が訪れ、祖父と父は殴りあいを、祖母は私を抱き締めてくれました。

 私はただただ戸惑うばかり。家族との交流をほとんどしたことがなかった私はどうしていいか全く分からず、ただなすがままされるがままでした。

 そんな私ですが、成長するにつれ家族とのつきあい方というものを自然と身につけることができました。

 無条件で愛してくれる家族は、私にとって宝石よりも尊くて大切な宝物です。

 心からそう思います。誕生日を祝うパーティーで言ったら号泣されました。

 私は決意しました。これはやり直せるいい機会だと。前世では逃げた現実から今度は逃げず、家族といい関係を築き、友人を作って、幸せな人生を歩もうと。


 そこからしばらくして私は、リュオメン王国が誇る貴族の子息子女が通う学校に入学することになりました。

 ここでは貴族としての振る舞いや常識、男性は武術や政治関係の事を学び、女性は茶会や家のこと、つまりは花嫁修行を行います。ただ、前世とは違い自分で料理や洗濯などはしません。どうやって従者を使うか、というものを学びます。

 それはそうです。ここには電子レンジも洗濯機もありません。ただ、すべてが人力かと言われるとそうでもありません。

 ここには、魔法が存在しました。

 魔法、そう魔法です。

 様々な物語に登場する、摩訶不思議な力。

 決められた詠唱を唱え、魔力を解放すると行える神秘の術。

 これを知った時の私のテンションはおそらく前世も含めて最高だったのではないのでしょうか。

 授業で魔法のことを勉強する時、私は真剣でした。ただ相手を傷つけることは出来そうにありません。男子や一部の女子が攻撃魔法を学んでいる間、私は生活魔法や防御魔法、回復魔法といったものを選択しました。

 前世では火の玉を飛ばしたり竜巻を起こしたりといった妄想はしましたが、実際それを行使してクレーターができたりする所を見たら、怖くて。

 そんなこんなで再びの小学校生活は順調に過ごせました。

 愛する家族と過ごすことでコミュニケーション能力が鍛えられた私にも友人ができました。お互いに本が好きで、休日に街で買い物に出かけるほどにまで仲良くなりました。


 やがて小学校を卒業した私たちは中学校へ進学します。

 貴族の子供にとって小学校というのは顔を実際に合わせ、世の中には色々な種類の人間がいることを実地で学ばせ、さらには子供たちがどのような才能を持っているかを調べることもやっていたと後で知りました。

 私は前世のこともあって、同年代の中ではかなり浮いていて、いつの間にか委員長的な立場になっていました。さらに大学まで出て、一人で炊事洗濯をしてきた人間に小学生レベルの四則演算やお茶を入れる程度のことは簡単すぎて、いつのまにか子女の見本などと呼ばれてしまって慌ててしまったのはいい思い出です。

 そのせいで中学校に入ってからすぐさま様々な家から婚約の申し出が届いたとか。

 失念していましたが、今世は前世とは違って政略結婚が普通の世の中なのです。ただでさえ我が家は侯爵家。父は財務大臣をしていて繋がりをもちたいと思う方は大勢います。ささいな切っ掛けからでも懇意になりたいと凄まじい勢いで話し掛けてくる人を父は容易く無視してしまいます。

 すごいと伝えたら満面の笑みで高い高いをしてくれました。

 それはともかく。結婚すれば侯爵家との繋がりが強くなり、何かあれば心強い味方になるのですから皆さん必死です。

 ただ、お父様に状況を確認しましたら、三人の兄と揃って、


「何も心配はいらないよ!」


 いい笑顔でそう言うだけでこちらの話を聞いてくれません。

 正直な所、結婚というものには不安もありますが興味があります。

 前世では両親との関係は希薄すぎて、顔もうまく思い出せない有り様です。なので自分がうまく妻や母親という存在になれるか分からないのです。

 逆に今世では家族仲は良好すぎて、自分もこのような家庭を築きたいと心から思います。

 母曰く、


「そこはお父様に任せておけばいいのです」


 もちろん父を信じていました。

 私の姉は中学校を卒業して隣国の貴族の方に嫁ぎました。手紙は頻繁に届きますし、私の誕生日には義兄と連名でプレゼントが届きます。建国祭には夫婦揃って我が家に滞在するその姿はおしどり夫婦のイメージそのものです。

 なので、私もそのような方と幸せになれればいいな、と思っていました。

 それが急変したのは、中学校最初の夏でした。


 王城からの使者の方から私が王子様の婚約者に決まったと告げられました。

 インゼル・ヒュイス・リュオメン第一王子殿下。成人と同時に立太子し、やがて次の国王陛下となられるお方です。

 泣きそうになりました。

 いくらコミュニケーション障害が治ったとは言え、私が次期王妃なんて。

 とはいえこれは国で一番の貴い方からの命令で、断ることなどできません。父も歯を食い縛りつつも承諾し、その後自身の無力を許してほしいと謝ってきたのは困りました。

 ともかく、私は王子様と婚約することとなり、城で顔合わせするためにおめかしして登城しました。

 そこで出会ったのは、まさに王子様。金色の髪に優しそうな顔立ちで、実際に優しいお方でした。

 少ない時間でしたがそれが理解できました。

 前世の男性にはいい思い出がほぼないのですが、この方となら、と私は期待してしまいました。

 王子様は当時十五歳。中学校三年生で翌年には立太子して、より専門的なことを学ぶべく高校に入学するとのことで、私もその時点で高校まで行くことが決まりました。

 あと、妃教育という名の特別教育も。

 そこからは毎日が大忙しで、あっという間でした。

 前世の記憶のおかげで成績は落ちることなく首席を維持。立ち振舞いは妃教育のおかげで大丈夫でした。ただ、魔法の方は初級で止まっており、そこが少々残念でしたが。


 そして、ついに私は高校へ進学を果たしました。

 仲の良い友人たちは婚約していた方に嫁いでいきました。

 私は、王太子殿下の高校卒業までは学生のままです。一年ほどですが、高校生活を楽しもうと思っていました。

 入学式までは。

 高校へ入学を果たした私を待っていたのは、とある女子生徒へ愛を囁く王太子殿下でした。

 入学式を終えて殿下への挨拶をと思い、教室へ出向いたら、殿下は膝の上に幼い少女を乗せ、それはもう幸せそうな笑顔でおりました。

 女子生徒の名は、キュスカ・マルベリック。マルベリック伯爵家の長女だと紹介されました。

 小学生のように幼く見えましたが年齢は十八歳。殿下と同い年の先輩でした。

 しかし、そんなことはどうでもいいことでした。

 中学校時代、忙しい合間を縫って殿下とは何度もお茶を御一緒し、様々なことを話しました。その際、学校での出来事は頻繁に話題にでました。

 その中に、彼女のことは一切出てきませんでした。


「あの、殿下、そちらの方は?」

「初対面ならばまず自分から名を名乗る。それが貴族同士の礼儀だと習ったはずだが?」


 思わず尋ねた私に、殿下は冷たく言いました。

 本来なら侯爵家の娘に対し、伯爵家の娘が先に挨拶をするのが貴族としては正しいことですが、殿下にこう言われた私はすぐに謝罪してしまいました。

 その時のキュスカ嬢の忌々しそうな目が今でも忘れられません。

 高校生活は、今までの生活が嘘だったように思えるほど色褪せていました。

 殿下は将来の予行演習ということで一時的に学校の運営権限の一部を与えられ、主にイベントの主催や予算配分などを決定する生徒執行会なる組織を運営していました。生徒会ですね。

 婚約者として殿下を支えるという名目で私も執行会に参加しましたが、言葉を失いました。

 執行会には殿下を始め、様々な方がそれぞれの役割を割り振られて、活動していたと聞いたのですが、誰もが役割を放棄していたのです。

 上役から末端に至るまで、総勢五十人にもなる組織が、機能していないのです。

 執行会の執務室には一年前の書類が無造作に放置され、部屋の隅には埃が薄く積もっていました。

 執行会の方に話を聞きましたが、


「上が仕事してないんだ、俺がやらなくてもいいだろ!」

「文句なら殿下に言ってください。婚約者でしょ?」

「知らないよ。やりたけりゃ勝手にやれば?」


 話になりません。

 逆に一般生徒の先輩たちからは、


「予算申請したのに許可がおりない。どうなっているんだ!」

「ダンスパーティーはやらなくていいの? 恒例行事でしょ?」

「あそこの老朽化が激しいから直すって話はどうなっているんだ? いつまで通行止めなんだよ」


 そう追求されました。

 私は殿下に進言しました。

 このような状況は早く正さねばと。


「君は私の補佐をするのが役目だ。なら、分かるね?」


 伯爵令嬢を膝に乗せ、あーん、などされながら殿下はそう言って、シッシッと手を振るわれ、この人は本当に殿下なのかと疑ってしまいました。

 何度もお茶をし、将来を語り合った方と同一人物だとは思えませんでした。

 結果として、同一人物でした。

 仕事を放棄した執行会を建て直すべく書類整理や話を聞くべく奔走していたある日、王城からの呼び出しがあり、殿下と共に登城いたしました。

 陛下との茶会です。その間、殿下は私の知っている殿下でした。つまりは、私や城の皆様の前では演技をしていたのです。

 正直な話、落胆しました。

 それが顔に出ていたのでしょう。王妃様に質問されてしまいました。

 そこで私は現状を報告しました。告げ口をしてしまったのです。

 驚いた王妃様が殿下へ詰問し、殿下はそんなことはないとしらを切り、結局は政務の時間がありお茶会は終了。

 その後、殿下は私に怒鳴りました。


「この卑怯者め! あの場であんなことを言うなんて、恥を知れ! ああ、お前がこんなにも卑しい女だったなんて! 絶対に許さないからな!」


 まるで子供のように喚き散らした殿下はそのままどこかへ行ってしまいました。

 しばし呆然とした私はため息を一つしてから帰宅しました。


 次の日、登校したら執行会で副会長を勤める方が私へ手紙を届けに参りました。

 受け取りつつも執行会できちんと仕事をしてほしいとお願いしたところ、無視されてしまいました。

 手紙には放課後にとある教室まで来るようにと殿下のサインがありました。

 場所は殿下たちが授業する教室です。放課後とはいえ人が大勢いる学校ですので、私はそれに従いました。

 なにも危険はないと、思い込んでいました。

 放課後、私は殿下のいらっしゃる教室まで行き、そこで何者かに後ろから羽交い締めにされ、口を布で塞がれてしまいました。

 いくら魔法なんて力があっても、私自身が危機感を持っていなければ宝の持ち腐れ。そのまま気を失ってしまいました。


 気がつくと、私は床に寝そべっていました。

 ただ柔らかい絨毯の上だったので体に痛みはありませんでした。

 ここは何処だろうと周囲を見れば、なにやら美術品や鎧や剣など高そうな物が綺麗に並べられていました。

 自分の身になにが起こったのか、冷静に考えようとしたら、背後からドアの開く音がしました。振り返った所、そこには近衛騎士の方々の姿が。

 話しかけようとしましたが、騎士の方々は有無を言わさずに私を拘束し、陛下の執務室へ連れていきました。

 そこでは眉間に皺を寄せた陛下と、嬉しくてたまらないといった笑顔の殿下がいらっしゃいました。


「ほら父上、私の言った通りでしょう!? この女はありとあらゆる宝を手中に納めたいなどという野望を抱く卑しい女! その証拠に私から宝物庫の鍵の開けかたを聞き出した挙げ句に侵入するような欲深さ! こんな女を野放しにしていてはなりません! 即刻処罰を!」


 殿下がなにを言っているのか理解が追い付きませんでした。

 私がいつ宝が欲しいといいました?

 私がいつ宝物庫のことを聞きました?

 私がいつ自分の意思で不法侵入しました?

 反論しようとしても殿下が大声で私の声を遮り、また、どうであれ無断で宝物庫の中にいたのは事実であるため、私は城の牢へ入れられました。とは言え貴人用の高級な部屋だったのが幸いでしたが。

 数日、どうしてこうなってしまったのかと悩みつつ、何も疚しいことはしていない私はそのまま大人しくしていました。


 やがて私は近衛騎士の方々に付き添われ、謁見の間へと向かいました。

 そこには陛下や王妃様を筆頭に殿下や宰相閣下、お父様を始めとした大臣の方々が勢揃いです。

 父は今すぐにでもこちらに駆け寄ってきそうでしたが、他の大臣の方に肩を捕まれて身動きが取れない状態でした。

 そんな父に、心配をかけて申し訳ない気持ちで頭を下げました。

 近衛騎士の方に急かされ、私は陛下の前に膝をつきます。


「マリアルイーゼ・オルフォコス、お前は無断で宝物庫に侵入した。これは国の法では重罪である。よってお前には死罪を申し付ける」


 え?


「しかし、お前の父である財務大臣の嘆願があった。あやつは長年我が国の財務を支えた忠臣。財務大臣の地位を退き、私財の九割を国に献上、爵位を大幅に下げることを条件にお前の助命がなされた」


 そんな。


「よって、お前は辺境のヨルトランテ修道院へ行き、死ぬまで己が罪を悔いて生きよ」


 言葉が、でませんでした。

 思わず、父を見れば、拳を握りしめ、泣きそうになりつつある表情が。

 私のせいで、父が、家族が、迷惑を。


「へ、へい……」

「黙れ罪人!」


 なんとか弁解しようとした所、殿下の怒声が遮りました。


「貴様は己の欲望のために私を騙し、あまつさえ家族にまで末代まで語り継がれる程の汚名を与えた! 今さらその薄汚い口から汚らわしい言い訳など垂れ流すな! 財務大臣の言葉がなければ今すぐにでも殺してやりたい所だ! ああ忌々しい、こんな奴と婚約していたなど……ああ、婚約していた事実は消した。よって私とお前は一切関係のない赤の他人だからな! 修道院ではおかしな妄言を垂れ流すなよ!」


 一体、何が、どうなって……。


「すでに手配はしてある。お前はすぐに辺境へ行け。以上だ」


 陛下が手を振ると、私を騎士が引きずるように運んでいきました。その時、父の姿を見て、


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

「いいんだマリア、いいんだ! 元気で、生きていてくれれば……」


 無情にも私は謁見の間から連れ出され、城の中庭に停まっていた質素な馬車に入れられ、辺境の修道院へ運ばれていきます。


 ◇◇◇◇◇


 道中、護衛という名の見張りなのでしょう、騎士が十名ほどが馬車に同行しています。

 夜になる前に町や村に着き、野宿することはありませんでした。ただ、逃げ出さないように常に騎士が張り付くのは息が詰まります。

 それでも私にはどうすることもできません。

 家族にも迷惑をかけ、帰る場所も一人で生きていく手段もない私には。

 そうして、もうすぐ修道院に着くといわれてしばらく立ったとき、急に馬車が止まりました。

 どうしたのかと窓の外を見れば、護衛の騎士が乗った馬が駆け出しました。

 後方へ向かって。

 慌てて窓から顔を出せば、騎士全員が物凄い速度で離れていきます。最後尾には御者役の男が馬に引きずられるのも構わずしがみついているのも確認できます。


「一体、なにが……?」


 思わず出た疑問の答えはすぐに現れました。


「ヒュー! お頭ぁ、ベッピンが乗ってますぜぇ」

「おいおい、手は出すなよ。まずは俺が楽しむんだからよぉ」

「ヒャハッ! 壊さないで俺らにもまわしてくだせぇよ」

「ハッ、壊れなかったらな」


 現れたのは、何日もお風呂に入っていないような、汚い格好の男たち。見ているだけで気持ちが悪くなるような笑顔で私を見てきます。

 盗賊。

 物語でよく出てくる悪党集団。

 そう理解した私の体は震えました。

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 こういう時に頼れる騎士たちはもはや姿が見えないほど遠くに行ってしまいました。当然です。対象が普通の令嬢ならば彼らも戦うのでしょうが、私は罪人。彼らも守る必要がないのでしょう。

 他に身を守る術は魔法がありますが、役に立つとは思えません。初歩の初歩しか習っておらず、さらに相手を傷つけることはできません。平均的な魔力しかもたない私では、すぐに底をつくでしょう。

 学校ではこういった場合、自害することを推奨していましたが、そんなことは怖くてできません。ただ、目の前の男たちに捕まったらと思うと、それも怖くて。

 ああ。

 私は唐突に理解しました。

 これは私への罰なんだと。

 そもそもが、自ら努力せず現実逃避して人間関係の構築を放棄した前世の私です。今世では家族の愛情に甘えきり、変われたと勘違いをして増長した挙げ句、家族を不幸にした愚かな小娘。

 救いようがありません。

 罪には罰を。

 当たり前の話です。

 これは当然の結果だったのです。

 私のようなどうしようもない人間には、生きながら苦しみ続け、そして死んでいかなければならないのでしょう。

 いつの間にか、震えは止まっていました。心も穏やかになっています。

 私は罰を受けるために馬車から出ようと扉に手をかけました。


「はいそこまでだぜ、盗賊団【汚熊】の皆さん」


 唐突に、場にそぐわない、緊張感のない声が聞こえました。

 いつに間にか、馬車の扉の前に男の人がいました。一体いつ、どうやって現れたのでしょう。茶髪で、顔は見えませんが声からすると十代の若者だと予想します。


「あんだてめぇ?」

「賞金稼ぎ」

「なっ!?」


 パチン、と指を弾く男の人。

 すると周囲がざわめき、十人ほどの男女が現れます。彼ら彼女らは弓矢やナイフ、中には小さめな斧などを手に、盗賊たちを包囲していたのです。


「大人しく捕まればよし。さもなくば、首をもらう」


 先程の決意はなんだったんでしょうか。

 あれよあれよという間に盗賊たちはロープで簀巻きにされてしまい、私は突然現れた人たちとお茶をすることになりました。

 意味がわかりません。状況が変わりすぎて理解が追い付きません。

 それでも、目の前には焚き火があって、お茶が沸かされ、私は焚き火のすぐそばに置かれた木箱に座っています。

 周囲は先程の人たちがおり、さらに後から合流した仲間らしき人たちが盗賊たちを馬車に押し込めています。


「いやすまないねお嬢さん。ドタバタしちゃって」

「あ、い、いえ」


 先程、馬車の前に現れた男の人が、一段落したようで話しかけてきましたが、私はうまく喋れません。

 頭がまだ混乱しています。さらに混乱に拍車をかけるのが、話しかけてきた男の人が私と同じくらいの年齢の若者だったからです。

 彼は周囲の人たちへ指示を出したり、相談を受けたりと、まるでリーダーのように行動していました。


「まずは自己紹介をしよう。俺の名はエルトリート。傭兵団【獅子の咆哮】のリーダーだ」


【獅子の咆哮】。

 聞いたことがあります。

 世界各地を渡り歩く傭兵集団。その規模は一国の軍隊にも匹敵すると言われる凄腕の集まりで、けれどどの国にも帰属しない自由で危険な集団。

 そう教わりました。

 聞いたときには漠然と怖い人たちだと思っていましたが、実際には普通の人たち。


 ふと、思いました。

 前世の記憶を思い出して。

 貴族の娘として生活して。

 一国の王子と婚約して。

 婚約者に浮気されて。

 訳も分からず犯罪者になって。

 盗賊に襲われて。

 色々と覚悟を決めたと思ったら。

 有名な傭兵団に助けられて。

 まるで物語にように波瀾万丈な人生を自分が歩んでいるなんて。


「こんなこと、あるんですね」


 私の言葉に、エルトリートさんは可愛く小首を傾げていました。


登場人物

マリアルイーゼ。

本編ヒロイン。前世を思い出したせいで大人びた。

幸せな家庭を夢見ていたら怒濤の没落イベントを食らった薄幸の美少女。

魔法はゲーム的にいえばレベル1程度。


王子。

イケメンだが色に溺れた?

世間知らずではなく、令嬢一人騙すことなどお手のものの演技派。


オルソフォス侯爵家の人々。

パパはママ一筋。娘たちを溺愛、息子たちは優しく見守る典型的親バカ。

ママは政略結婚したらパパに愛されて幸せな家庭を築けた。五人の子持ちだが美を追求して妥協しないストイック? な面がある。

姉はパパの人脈で見つけた他国の高位貴族と結婚。ママと同じく夫に溺愛されている。夫はその国の王子の腹心の部下。

三人の兄は実は独身。貴族のドロドロした争いがあってろくでもない女ばかりで女性不信気味。実家大好き。上から騎士、衛兵、文官の仕事についている。


王様。

王様。


エルトリート。

突然出てきた謎の男。十代半ばで傭兵団のトップ。

次回、語り手予定。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] お涙ちょうだいにするにしても、登場人物の言動が意味不明すぎて感情移入できず白けてしまう。 残るのは単なる不快感。 [一言] もう少しシチュエーションに説得力が欲しい。 無理なら逆にも…
[一言] ふと思ったことを そもそも、この婚約話自体が仕組まれていたものだとしたら? お父さんは優秀な財務畑の方の様ですが、それは言い換えれば、他の部門の財布を好きにさせなかったとも言えます これも読…
[一言] これで終わりなんて嫌です!! 続編 お願いします!!
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