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彼女の思う「家族」

「家族」とは、一体なんなのだ。と雪華は思う。

 黒や茶の色を持つ者が多い中、白だけしか色をを持た無かった自分は、幼い頃に「両親」と呼ばれる者達から真っ先に捨てられた。

 最も、人間の言う「野生」であれば、それはごくごく自然のことだ。

 生きる力が強い者以外は、時が来れば捨てられるか、喰われる。

 そうしなければ、生き残れるはずだった者達が死ぬのだから、当然のことだ。

 残酷だと言う人間もいるが、育てる術を持ち、淘汰せずとも良いはずの子供を産み落とす前、もしくは、産み落として少しした後、己の都合で殺すか、虐げる同族を見て見ぬふりする貴様らが何を言っているのかと、雪華は不思議でならない。

 食う訳でも、群れを護る訳でもない理由で同族を殺し、虐げるのが、彼の思う「人間」なのだから、理解など出来はしないのかもしれない。

 だが、蓮華達と共にある事で、望んでも子を得られぬ者や、虐げられている者を助けようとしている者もいると知り、少しずつだがその思考に変化は起きている。

 が、やはり、根本の思考が違うからか、それとも、ずっと一羽で生きてきたからか、時折、蓮華達の言葉の意味が分からず、困惑する事がある。

 正直に言ってしまえば、瑠璃が言った「家族なのに殺すのか」という問いは最大の謎だ。

 大勢が納得する理由を並べれば、人間は人間を殺しても非難されることはない。

 死体の山があろうと、血の海が出来ようと……例え、そこに乳飲み子が混ざっていようが、誰も気には止めないだろう。

 むしろ、そんな小さな命でも奪えるなら奪えと、根絶やしにしろと獣のように吠える者もいるのだ。

 地上界を護る為、その身を刃に変え、自分達の代わりに父親と対峙しようとしている主を、何故非難されなければならないのか……その覚悟をする迄に彼女が払った犠牲は分からない。分からないが、それはきっと想像するよりも多いはずだ。

 だからこそ、共に行くと決めた自分達が全力で支えて何が悪いのだと雪華はだんだんとイライラし始めた。

 最初に考えていた「家族」というモノについての思考はとうに消え、ただただ、苛立ちが募る。

 蓮華の悲しみの深さも、辛さも……疾風(同胞)が飲み込んだ涙や言葉の数を考えたことがあるのかと、雪華は誰にも知られぬ腹の奥底で叫んだ。

 人間の姿を取っているからか、喉がグッと妙な音を立てる。


「雪華、少し良いかしら?」

「……ああ」


 思ったよりも低い声での返事となったが、障子戸を開けて部屋に入ってきた清華が気にした様子は無い。

 二人分の冷茶と茶菓子を持って来た彼女は雪華の隣に座ると、互いの正面にそれを置いた。


「どうした?」

「居場所がなくて」


 困ったように笑う清華に、「嘘をつけ」と言いかけた口を閉じる。

 人の姿だろうが、狼の姿だろうが、人当たりのいい彼女に居場所が無い訳が無い。

 厨に行けば、厨の担当者が、廊下や部屋にいれば女中が「手を貸してくれ」と彼女に頼むし、彼女もそれを二つ返事で受ける。

 外に買い物に出ても同じだ。子供だろうが、年寄りだろうが、挨拶や世間話で笑顔と言葉を交わすのだから、屋敷に居づらければ適当に理由を付けて外に出ればいい。

 何も自分の部屋に来る理由など無い。と苛立ちが収まらないまま考えていれば、清華は先程と同じ、困った笑顔のままで口を開いた。


「皆さん、私がなんでも出来ると思って、色々頼んでくるから」

「お前が二つ返事で受けるからだろう」

「置いて頂いているんだもの、少しはやらないと……でも、駄目ね。本質が皆さんと違うから、どうしても疲れてしまって……姫様達の話に加わる訳にもいかないし」

「お前が口を挟もうと、誰も不快には思わんだろ。俺じゃあるまいし」

「雪華……」


「また、そういうことを言うの?」と瞳で訴える清華に、雪華は「事実だろう」と同じく目で応え、冷茶を一口だけ飲む。

 スッと口や喉を冷やすそれは、先程までカッカと燃えていた腹の奥まで冷やすようで、心地が良い。


「天界か」

「せつ……」

「不安か? 清華」

「ええ……そうね……不安だし、少し怖いわ。知らない場所、というのは心躍るけれど、今回は……」

「そうだな。なんなら、ここに残るか? お前が残るなら、あの兄妹も大人しくなるだろう。どうせ、まだ説得中なんだろう?」


 雪華の問いに、清華は僅かに頷いた。

 そう、蓮華からの報告後、鋼夜達は自分も天界へ行くと言い出したのだ。

 雷供ここに残った理由も、蓮華が眠ってからしていた事も説明する前にそんな事を言いだした兄妹に、彼女だけでなく疾風や各国の王も反対している。

 雪華は早々に説得を諦め、自分は何があってもついていくし、置いていこうとしても無駄だと蓮華達に告げ、自室へと戻ってきた。

 それからどれくらいの時間が経ったのかは定かではないが、清華が説得を諦めたのか、空気を読んで退室したのだから、かなり長い時間は経っているのだろうと雪華は思う。

 思うついでに、また自分の主と紅い同胞はあの兄妹に説得されて終わるのだろうな。と予想する。


「……戦えるのか?」

「今日、明日の出立ではないでしょうし、平行して防御と治癒の魔法は教えているから……そっちは?」

「まぁまぁ、だな。一週間で基礎を覚えなければ、知らん。とは言った」

「その約束から今日で約二月。まだ稽古が続いているという事は、問題は無いと思っていいのかしら?」

「勝手にしろ」


 部屋の片隅に立てかけられた槍をチラリと見た雪華に、清華は「はい」と控えめに笑う。


「……なぁ、清華」

「はい」

「家族、とは何なんだ?」

「え?」

「俺は、姫様が望まれる事は出来るだけ叶えたいし、姫様が悲しむのならば、出来るだけその理由から遠ざけたい。笑っていて貰う為に害するものは排除する。それが従者たる俺の役目のはずだ」

「え、ええ……まぁ……色々と注意すべき所はあると思うけれど、概ね……そう、ね」

「ああ。だが、お前達は時折、父親ではないのだから。と俺をたしなめるだろう?」

「そうね」

「俺は父親というモノになったつもりで言っている訳ではないし、これが本来父親と言われるモノの役目ならば、何故マルクやアレク達は鋼夜達を排除しないんだ?」


 疾風はともかく、と付け足した雪華に、清華は思わずクスクスと笑い出す。


「おい……」

「ご、ごめんなさい。だって、真剣な顔でそんな事を聞いてくるから……」

「俺は真面目に聞いてるんだ」

「ええ、そうね。そうよね……貴方は、いつだって真剣だものね」


 中々笑いが収まらない清華は、不満げな雪華に謝り、涙を拭く。

 どうして、この人はこんなに……と思いつつ、清華は冷茶を口に含み、心を落ち着けると口を開いた。


「私も翔狼だから、人間の家族というモノは分からないけれど……」

「ああ」

「今の私達と似たようなモノだと思うわ」

「おい」

「たとえ血の繋がりがなくても、親役と子供役が揃って、互いに信用して、信頼して……遠く離れても大切だと、家族なのだと……そう思えたならきっと家族なのよ」

「だったら……」

「ええ。だから、貴方は過保護で心配性な父親なのよ。だけど、その事を言えば、姫様はきっと悲しまれるわ。あの方の父親と母親は……」

「ああ、分かっている。清華」

「なに?」

「家族、ではあるんだな? 俺達は」

「ええ、そうよ」

「そうか……これが、家族、なのか」


 噛みしめるように呟く雪華に、清華は用意していた言葉を全て伝える代わりに、そっと彼に寄りかかった。

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