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彼の知る真実

――十年前。旧白麗、現アシエ国。


 白菫色の壁が、赤黒く染まっている。

 元の色がなんだか分からない程真っ赤に染まった床には、足の踏み場もない程の死体があった。

 人間のモノだけではない、龍の死体までもが、幾つもそこにある。

 死体が引っかかり、中途半端に開かれたままになってしまった扉の奥には玉座らしきモノが見える。

 紅蓮は梓火に乗ったままその部屋に入り、玉座の近くに居た男の名前を呼んだ。


白夜はくや!」

「ぐぅ……れん……?」


 紅蓮の叫びに、今にも消えそうな声で応じたのは、この国の王であり、鋼龍族の長である白夜だった。

 梓火から飛び降りた紅蓮は、そんな彼を抱きかかえると治癒魔法を施す為、魔力を解放する。

 しかし――


「いいよ、紅蓮。このまま、死なせてくれ」

「何を、馬鹿な……!」

「これも天命。陛下が望むこと……従うだけ……紅蓮。俺はいいんだ。けど、星亜せいあ達だけは……まだ、生きて、るなら……」

「……梓火」

「畏まりました」


 紅蓮を残し、梓火は謁見の間を後にする。

『星亜』とは、白夜の妻だ。今彼女の腹には、新しい命がある。

 幸か不幸か、だから彼女はあの場所にいなかった。

 寝室か、それとも、医療塔か……どちらだと梓火は、折り重なるように倒れている兵士や民の屍の上を飛ぶ。

 途中には、まだ息のある兵や王位よりも、城に勤める女達の美しさに目がくらみ、獣と化した者達もいた。

 悲鳴と喘ぎ声……無理矢理組み敷かれた者や命惜しさにその身を差し出す者、その様を見て楽しむ者、快楽を求め、その身に喰らいつく者……梓火はそんな彼らに気づかないフリをしてただ先を急いだ。


「何故、こんなことに……」


 助けられない無力さ、止められない悔しさが、腹の奥底に黒く重い塊として溜まっていくのを感じながら、梓火は医療塔の最上階に飛んだ。

 そこに、星羅にと白夜が与えた鋼龍の気配があったからだ。


「王妃! 緋龍族族長紅蓮の半身、梓火参りました! いらっしゃるならば、扉をお開け下さい!」


 固く閉じられた扉の前で叫ぶ。

 幸い、此処に民が来た形跡はない。

 異常を感じ、中で身を隠しているのなら、そのまま空を飛び、一度飛龍の里で休ませよう。腹の子供も無事なら良い。と梓火は外へと出ると、窓を破った。

 ぶわり、と部屋の中の空気が外へと溢れる。


「……間に合わなかったか!」


 舌打ちの代わりに、思い切り尾で床を叩く。

 音を立てて壊れた床材が飛び散るが、そんなことを気にせずに梓火は部屋へと飛び込んだ。

 清潔感のある、美しい部屋の片隅。

 子供を寝かせる為のベッドやゆりかごが置かれた其処には、血に塗れた王妃と鋼龍の姿があった。

 眠っているようにも見える王妃の手には、まだ新しい血で染まったナイフがあり、その喉と腹は真っ赤に染まっている。

 彼女の膝の上にいた鋼龍の腹も赤く染まり、その爪には、腸が僅かに引っかかっていた。


「自害か……くそっ!」


 王妃と鋼龍、そして、王妃の腹にいる子供……誰も、息をしておらず、心臓も動いてはいない。

 医師や王妃付きの侍女はどうした! と苛立ちながら部屋を見渡せば、テーブルに一枚の手紙があった。

 其処には、侍女や医師が民側についた事、王妃として、白夜の妻として誇りを護る為、自害することが書かれていた。

 余程動揺し、焦っていたのだろう。その文字は、普段の美しさも、落ち着きも無く、所々筆が滑っている。

 梓火はそれを持つと、誰も入れないよう、部屋の扉を固く閉め、結界を張り、窓から外へ出た。


「ぐれ……」


 窓を破り、謁見の間に入った梓火は、呼び掛けた主の名を飲み込んだ。


「梓火」


 おいで。と伸ばされたその手は血に染まり、顔も服も所々赤黒い。

 玉座に座っている白夜は眠っているようだが、生気が無く、まるで人形のようだ。


「紅蓮、様……」

「その様子では、星亜も、子供も駄目だったか」

「はい」


 そうか。と返事をしながら、彼は刀の血を拭うと鞘に収めた。

 何があったのかなど、聞かずとも分かる。

 彼の足元には、まだ温かそうな人間の死体が転がっていた。


「梓火。星亜達は何処に?」

「医療塔の最上階に……」

「そうか。なら、行くか。白夜」


 そっと彼を抱き上げる紅蓮。

 梓火は二人を背に乗せ、白夜の龍を掴むと、再び星亜達の元へ飛んだ。

 誰も来た気配が無いことに安堵しつつ、白夜達を一緒のベッドに寝かせる。

 本来ならば、自分達が見ることのない光景。

 見れたとしても、ベッドに腰掛ける王と、生まれたばかりの王子か王女を愛しそうに抱きしめている王妃の姿だっただろう。

 白夜の龍と星亜の龍も近くに寝かせると、紅蓮は「天界へ行く」と梓火に告げた。


「里ではなく、天界に、ですか?」

「ああ」


 迷うこと無く、紅蓮は頷いた。

 怒っている。と察した梓火は、冷静になるよう彼に進言するか悩む。

 血穢を嫌う天帝の元に、血に汚れたまま会いに行くというのは、流石に問題なのではないだろうか。

 しかし、良くも悪くも平和ボケしている彼らに、今地上で起きている異常を伝えるのに、紅蓮の格好は丁度良いのかもしれない。

 緊急事態であることに変わりはなく、今後、なにかある度に嫌味は言われるだろうが、こうなった原因は恐らく天界にある。

 其処まで考えて、梓火は紅蓮を背に乗せた。

 向かう先は勿論、天界だ。

 再び窓から外へと出る梓火。

 紅蓮が怪我をしていないことをチラリと確認し、上昇しようとしたその時、大きな爆発音が背後から聞こえた。

 何事かと振り返れば、王城が今にも崩れそうになっている。

 誰かが火薬庫に火を放ったのか、それとも、魔法で柱かなにかを壊したのか……分かることは、絶え間なく聞こえる爆発音から、もうこの城が持たないという現実だけだった。


「……行くぞ。梓火」

「しかし、主!」

「眠らせてやれ。あの城は、白夜達の家でもある」

「……はい」


 言いたい事、尋ねたい事……沢山の言葉と感情がうねりを上げ、襲い掛かってくる。

 だが、梓火は無理矢理それを飲み込むと、天界へ向かって上昇した。

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