双頭の大蛇
「止血を! 万雷は迅雷を連れてエアの元へ!」
「しかし、姫様……」
「急いで!」
己が着ていた服を裂き、迅雷の肩に巻きつける蓮華。
見れば、迅雷の肩から少し先は醜く噛み千切られ、赤い液体が止まること無く流れ出ていた。
呻き声を上げるのもやっとの彼の姿に動揺を隠しきれない万雷を怒鳴り、エアの元へ急ぐように命じる蓮華の服は見る間に赤黒く染まっていく。
「万雷!」
「……承知!」
何度目かの呼び掛けで意を決したのか、迅雷を抱えた万雷は即座に姿を消した。
「末姫!」
「倒せてなかった! 迅雷が片腕を欠損!」
「なんと……!」
「万雷に運んで貰ったから、きっと大丈夫。それよりも、迎え撃つ用意を! 相手は、双頭に変化! 攻撃力も知能もきっと高くなってるはず!」
「了解!」
「承知!」
叫ぶ蓮華と身構えるウィルとアレク。
だが、それを嘲笑うかのように目だけでなく、翼も元に戻った双頭の大蛇は空を飛んだ。
その姿に雷供兵達はどよめき、天界兵、アシエ兵は歓声を上げる。
王鷹の翼を持った大蛇は、そんな彼らを冷たく見下ろすと、牙の代わりに長い舌をサッと伸ばした。
何が起きたのかを理解する暇も、悲鳴を上げる暇も無く、舌で絡め取られた兵士達は大蛇の巨大な口の中へ運ばれていく。
そして――
ゴクンッ!
喉を鳴らすように嚥下した大蛇の喉や腹が歪に膨らんだ。
突然の事に動くことも出来ず、ただ目の前の光景を見守るしか無かった兵士達。
そんな彼らを、大蛇は再び舌で絡め取っていく。
敵味方関係無く、ただ己の食欲を満たす為に人を飲み込んでいく大蛇に、兵士達は一歩、また一歩と後退する。
「誰か……ひっ!」
「助けてくれ……!」
「嫌だぁ!」
足を取られ、大蛇に飲み込まれると察した人々が上げる悲鳴。
それが呼び水となり、人々は更に募った恐怖で地を蹴っていく。
「止めろ……!」
絶え間なく聞こえる悲鳴をかき消すように、蓮華は無我夢中で引き金を引く。
威力ではなく、数を優先した銃弾は全て大蛇に当たったが、大蛇はチラリと彼女を見ただけで、食事を再開させた。
「紅姫様ぁ!」
「助けてくれぇ!」
「止めろって……言っているでしょう!」
兵士達の叫びに重なる蓮華の怒声。
煌々と輝いた銃口から、先程よりも大きい火球が二度放たれる。
一度目の火球は、大蛇の左頭を掠め、二度目の火球が振り向いた左頭の目を貫いた。
双頭の為、四つに増えた目の一つだけではあるが、それでも視界を狭めたという事に変わりは無い。
左右関係なく、痛みを逃す為に悲鳴を上げ、頭振って藻掻く大蛇。
中途半端に開かれた口の隙間から、餌になりかけていた兵士達がボロボロと落ちていく。
今のうちに左側、視界が狭まっている方へ逃げろと兵士達を誘導する蓮華の耳に、「末姫!」という声が聞こえた。
反射的に後方へと下がれば、先程までいた場所、ギリギリのところを隆起した大地が駆け抜けていく。
「鱗は硬かろうが……腹ならば、どうだ!」
鋭さを増し、槍の様に変化した大地が、大蛇の腹に突き刺さる。
「小さい傷も、放っておくと危ないって言うよな?」
貫くまではいかなかった大地をアレクが元に戻すと同時に、その隙間を吹き抜ける風。
ポッカリと開いた穴から体内へと入り込んだそれは、無数の刃と化し、内臓を斬りつける。
「姫さん!」
「姫様!」
大蛇の叫びの隙間から聞こえた声に、蓮華は「やっと来た」とその表情を少しだけ明るくした。
「遅い!」
「申し訳ありません」
「悪かったって。でも、これで、全員避難したぜ」
申し訳なさそうに頭を垂れる雪華と、余裕のある笑みを浮かべる疾風。
彼らが近づいてくるその間にも、大蛇の腹からはまだ息のある兵士達が這うように出てきては逃げていく。
「お~、器用に裂くもんだな」
「言っている場合か」
疾風のその軽口が、本心からでは無いと分かっている。
分かってはいるのだが、彼が自分達の気をそらせようとしているという事実よりも溶け始め、もしくは、なんとか形を保っている人間の亡骸がもたらす衝撃は大きい。
大蛇の胃液や血液が不必要に飛ばないようにと、風を再び操りだしたウィルに感心しつつも、雪華は目の前に広がる光景に正直吐きそうだ。
「雪華、大丈夫?」
「は……大丈夫です……」
多分。と蓮華に聞こえないように付け足した雪華だが、その声も勿論彼女達には聞こえている。
「……無理はしないで。疾風」
「俺は問題ない。なぁ、姫さん。此処は俺がどうにかするから、雪華には清華の方の応援に行かせたらどうだ? 薬草やらなんやら取りに行くのに、雪華がいれば安心だろう。量も運べるし」
「そうだね……雪華、頼める?」
「は、お任せを」
一礼し、清華達がいる場所へと飛び立つ雪華。
それを見た大蛇が、後を追おうと翼をはためかせた。
「疾風」
「任せとけ」
大蛇に負けない程の大きさとなった疾風は、威嚇するように吠えた。
空気だけでなく、その場に居た者達や大地をも震わせるそれに、大蛇がゆっくりと振り向く。
油断ならない敵とみなしたのか、二つの頭はどちらも疾風を見ており、尾が激しく振られる。
先程までとは全く違う、蛇らしい威嚇と傷が修復していく様を見た蓮華は、アレク達と合流し、新たな指示を出す。
その内容に、一瞬目を見開いたアレクだが、ウィルを連れて何処かへと飛んだ。
「……反撃、開始」
紅色の瞳を輝かせ、蓮華は疾風の元へと走り出した。