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胸騒ぎ

 ガチャリ、ガチャリと金属が擦れ合う音がする。

 夜明けが近い空は薄っすらと赤く染まり、漂っていた白い雲が暖色に染まっていく。

 そんな美しい光景に目を奪われること無く、金属音の原因である兵士達は獣道を進む。

 深い森では目立つ、揃いの白い甲冑を着た人々は、先頭を歩く白い軍服姿の男の「止まれ」という声でその足をピタリと止めた。

 一糸乱れぬそれは、よく訓練されていると分かる。


「ジュダ隊長」


 一人の兵士が軍服の男――ジュダ――に指示を仰ぐかのように声を掛けた。

 名を呼ばれた男は、持っていた槍を握り直すと「目標はあれだ」と指で示す。

 其処にあるのは、まだ眠りから覚めていない屋敷。

 小ぢんまりとした雰囲気の其処は、何十人もの武装した兵士達が取り囲むような場所には見えない。

 けれど、皆一様に神妙な面持ちで槍や弓、剣を握りしめている。


「……皆、臆するな。相手は龍族の生き残りだが、小龍ばかりだ。緋龍族であったあの方の加護を受けている我らが負けるはずがない。作戦通り、屋敷を囲み逃げられぬよう結界に閉じ込めた後、火を放つ。抵抗する者があれば、地へと伏せて構わん。しくじれば、我らだけでなく、我らの家族も害区行きとなる。気を引き締めてかかれ」

「応!」


 小声で言葉を交わし、兵士達は動き出す。


「隊長」

「どうした? ミレイユ?」

「本当に、これで良いのでしょうか? 武器を交えるどころか、互いに顔を合わせぬままというのは、些か卑怯なのでは無いかと……」

「私は、お前のその武人然としている所は好きだが、今の言葉は聞き捨てならないな。奇襲も立派な戦いだ。それに、我々の敷いた結界を彼らが破る可能性も充分にある。もしそうなった時、私達に勝ち目は無いと言っても過言ではない。あの方からの命を確実にこなし、天界の平穏を護る。それが、私達の役目だ。そうだろう?」


 ジュダの言葉に、ミレイユと呼ばれた男は少しの間を置いて頷いた。


「あちらの指示は任せたぞ」

「はっ」


 一礼して去っていくミレイユの背を見送り、ジュダは他の兵士達と共に屋敷を覆う結界を紡いでいく。


「矢を放て」


 火矢を用意していた弓兵が、ジュダの号令に合わせてそれを放つ。

 ヒュンッと弦が鳴り、火矢が屋根へと刺さる。

 そのまま静かに炎が屋根を舐めていく様子を見た彼は、冷たい笑みを浮かべると完全に結界を閉じ、誰も屋敷から逃げられぬようにした。


「後は水鏡で確認する。総員、速やかに撤退せよ」


 ジュダの声に兵士達はそれぞれ了承の意を表すと、再び森の奥へと向かっていく。


「さて、あの方の想い人は姿を見せるかな?」


 炎に気づいた人々の慌てる声を聞きながら、ジュダは戻ってきたミレイユ達と共に森へ姿を消した。


*****


 高い天井に、幾つもの絵画が飾られた白い壁。

 塵一つ無い大理石の床には、真っ赤な絨毯が敷かれている。

 入り組んだ作りの、長い廊下を迷うこと無く歩くのは、翔狼の清華せいがと王鷹の雪華せつが、そして、紅龍の疾風はやてを連れた一人の少女だ。


「あ、紅姫こうき様。どちらに?」

「……王に来るよう言われたので、執務室に」


 何か問題でも? と呼び止めた女中を見つめる少女。

「いいえ」と慌てて首を横に振った女中は、白壁と同化している(此処にはいない)と言わんばかりに息を殺している兵士を見た後、困ったように少女を見つめた。


「……何か?」

「あの……紅姫様」

「はい」

「あの……その……」

「なんでしょう?」


 用があるなら早く言え。と少女だけでなく、疾風や雪華が苛立ち始めたその頃、女中の肩を誰かがポンッと叩いた。

 慌てた女中が振り返ると、其処には人懐っこい笑みを浮かべた赤髪の男が立っており、一瞬の静寂の後、女中が超音波にも似た叫び声を上げ、その場に両膝をついた。

 傍観者を決めるつもりだった兵士も片膝をつき、男に敬意を表す。


「ああ、いいぞ。そんな畏まらなくて」

「し、しかし……」

「構わないさ。別にそういう所を見せなきゃいけない客人、というわけでもないからね。この子は」


 少女を指差して笑った男は、そのまま彼女の方へ向き直ると「遅かったな」と微笑んだ。


「……呼ばれてからそんなに時間は経ってないと思いますが? というか、急用なら朝食の時にでも声を掛けてくだされば良かったのに」

「まぁ、そう言うな。こっちにも、色々と事情があるのだから」


 苦笑いを浮かべたまま、少女の手を取る男。

 そのまま彼女を引きずるような形で執務室へと移動した彼は、周囲に居た使用人達に人払いするよう命じると、扉をしっかりと閉めた。


「……変な噂になっても知らないよ? マルク兄さん」

「それはない。俺は嫁さんと娘一筋なんでな」

「その時点で一筋じゃないような……まぁ、いいや。それで? 何の用?」


 使用人達がいない為、仕方なくお茶を入れ始める少女。

 その後姿を見ながら、男――マルク――は、「用があるのはお前だろう」と溜息を吐いた。


「私?」

「ああ。今朝はいつも以上にぼうっとしていたからな。何があった?」


 隠し事は許さんぞ。と笑いながらも、真剣な目で問うマルクに、少女は「かなわないな」と困ったように笑う。


「チビ助」

「……昨日、というか朝方? 懐かしい夢を見て……妙な胸騒ぎがするの」


 胸元にそっと触れる少女に、表情を険しくさせるマルク達。

 その時、何処からか飛んできた鳥が、執務室の窓を叩いた。

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