表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/140

 燃え盛る炎。

 飲み込まれる屋敷と血塗れの人々。

 五、六歳に見える少女は一人、その光景を前に佇んでいる。


「――!」


 名前を呼ばれた少女が慌てて後ろを振り向く。

 其処には一人の女性と、紅色の小さな龍が立っていた。


「かあさま!」


 ギュッと母親に抱きついた少女は、必死に家が燃えていると、人々が怪我をしていると訴える。

 子供特有の高い声で訴え続ける少女を、母親は強く、優しく抱きしめると「大丈夫よ」と微笑み、紅色の龍と共に居るように告げた。

 言われるがまま、母親から離れ、龍の傍に行く少女。

「大丈夫よ」ともう一度告げながら、優しく彼女の頭を撫でた母親は、空間魔法の呪を紡ぎ始める。

 

「はや……にさまたちが……おけがを……あねさまやととさまは、どこ? どうしておうちがもえているの? どうして、みんなにげないの?」


 不安からか、龍が話す隙も与えず、ただ一方的に疑問を口にする少女。

 大きな紅色の瞳や声には涙の色が混じり、小さな手や体はカタカタと震え始めた。

「ととさまは? あねさまは?」と燃える屋敷と庭を何度も見る彼女の頭を、龍はただ優しく撫で続ける。


「ねぇ、はや……」

「――、疾風。此処に」


 呪を唱え終えた母親に呼ばれ、少女と龍――疾風――は、黒い渦の前に立った。


「――をどこに行かせるつもりだ? 奏樹そうじゅ

「ととさま!」


 無事だった! と嬉しそうに目を輝かせる少女。

 だが、父親の手にあるモノを見て、その顔を強張らせた。


「あなた……今回のこと、全てが天命ならば私は受け入れましょう。でも……この子は……――は、関係がありません。どこへ行こうと、自由なはずです」

「関係ならばある。その子は、私達の娘だ」

「親の業を、子が担ぐ必要などありません。あなた、もう終わりに……」


 して下さい。という言葉は、屋敷が崩れ落ちる音にかき消された。

 異常な事態に、本能的な恐怖を隠せない少女はギュッと龍を抱きしめ、父親達を見つめる。


「奏樹、諦めろ。これが、天命だ」


 炎によって映し出される血に塗れた刃。

 父親の表情は見えないが、しっかりと握られたその刃によって、その意志は分かる。

「ひっ」と小さく声を漏らし、少女は息を呑んだ。

 一歩、また一歩と近づいてくる父親に、今迄抱いたことの無い感情――恐怖――が募る。


「や……ととさま……やだ……やだぁ……!」


 動くことも出来ず、ただ「いやだ」と泣く少女。

 その小さな体が、次の瞬間ふわりと浮いた。

 突然のことに目を見開いた少女だが、何が起きているのかを理解することは出来ない。

 その時、ポタポタと生温い何かが、頬に落ちた。


「生きて……あなただけでも……!」


 聞こえるのは、母親の声。

 見えるのは、大好きな父親が、大好きな母親を背から刺している姿。

 頬に落ちてきたモノが母親の血だと分かったその時、自分は小さな龍に引っ張られ、空間魔法の渦を落ちているのだと理解した。


「や、だ……やだ! まって! まって! はやて! かえして! かあさまのところに……!」

「駄目だ。何の為に奏樹が俺達を落としたのか考えろ!」

「やだ! やだよぉっ! かあさま! かあさまぁ!」


 少女は必死に手を伸ばし、母親の元に帰ろうとする。

 だが、その意志とは反対に、体は底の見えない渦の中へと落ち、母親達からは遠ざかっていく。

 母を呼ぶ声が木霊する渦の中、少女は意識を手放すまで必死に母親を呼び、手を伸ばし続けた。


*****


 懐かしい夢を見た。と少女は目を覚ました。

 フカフカのベッドの上、気持ちよさそうに眠っている蜥蜴、ではなく体の縮尺を変えた紅龍を優しく撫で、彼女は窓辺へと移動した。

 カーテンの向こうは、まだ夜明けに遠いらしく暗い。

 少女が目を覚ました事に気づいたらしい白藍色の小柄な狼が、彼女の服を噛む。


「ごめん、清華。起こしちゃった?」

「いいえ。何かあったのですか? 姫様」

「あー……ちょっと懐かしい夢を見ちゃって」

「懐かしい夢?」


 うん。と頷きつつ、テーブルの上にあった小さなランプに、明かりを灯す少女。

 部屋の隅に作られたほこで眠っていた白い鷹が、明かりで目を覚ます。


「ごめんね、雪華。まだ眠っていていいから」


 緩く手を振り、微笑んだ少女は椅子に座ると大きく息を吐いた。


「姫様?」

「清華も雪華も、丸くなったよねぇ」

「は?」

「見た夢がね? 丁度雪華を仲間にした頃だったから」

「ああ……そういうことですか」


 ようやく得心が行ったらしい清華の言葉に、少女は「若かったよねぇ。お互い」と笑った。


「姫様……失礼ですが、ご自身の年齢をお忘れですか?」

「まさか。ちゃんと覚えているよ。今年で十六だって」

「なら良いのですが……ああ、もう四年も前のことなのですね」

「そうだね。ほんと、月日が経つのは早いね」


 あっという間だよ。と溜息を吐く少女。

 その瞳には、言い様のない思いが宿っている。

 それに見ないフリをした清華は、己の体を少女の脚に擦り付けると「お休みを」と再び眠るよう促した。


「……眠くないって言ったら?」

「無理に眠る必要は御座いませんよ。ただ、ベッドの上で体を横にして頂きたいだけです。それだけでも、休息になりますから」

「そっか……ねぇ、清華」

「はい」

「敬語は嫌だって言ったら、前みたいに話してくれる?」

「いいえ」


 迷うこと無く首を横に振る清華。

 その答えに、僅かだが寂しげに瞳を揺らした少女は「そっか」と頷き、それ以上何も言わない。

 強請るような真似は相変わらずしないのか。と反応を待っていた清華は心の中で呟くと、「おやすみなさいませ」と天蓋ベッドのカーテンを閉め、溜息を誤魔化すようにランプの火を消した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ