判断
天には「天帝」、地上には「王」という統治者がいる。
基本的に、その玉座には一人が座り、その周りを幾つもの人が埋めるのだ。
時に、家族が。
時に、仲間が。
己と全く違う考えを持つ者を傍に置き、助言者として共に政を行う者もいれば、誰も傍に置かず、たった一人で政を行う者もいる。
それは、その時々、玉座に座る者が決めることであり、だからこそ、玉座には選ばれし一人が座るのが、通例だ。
だが、この雷供は違う。
玉座に座るは、二人の王。
玉座の周りを埋めるのは、王に選ばれた者でも、家族でも、仲間でもない。
その国に住む民だ。
無論、官吏と呼ばれる者達はいる。
だが、彼らが行うのは、国を保つ為の外交とそれに類する書類仕事が主で、後は細々とした雑務のみ。
国内の政は二人の王が行い、変革や慣例、通例に無い事への対処は、余程の事がない限り民の投票や意見交換で行われる。
全ての町や村に例えば書簡で、例えば水鏡で、例えば直接、王が声を届け、民がそれに答えるのだ。
長い期間を経て行われるこの方法は、雷供が雷供と成ったときからであり、決して二人の王が変わっている訳でも、唐突に始まった訳でもない。
すなわち、雷供という国は、他国よりも王と民の距離が近く、それ故、王らしい王は、過去を顧みてもあまりいない国だと言える。
そんな事を長々と鋼夜と瑠璃は雪華に聞かされていた。
彼らが居るのは、雷供の王が一人、迅雷の龍、雷霆の背だ。
天界兵の襲撃、龍の目撃者を避ける為、その高度は高く、少々息苦しいが、自分達の足で歩いている訳では無い為、楽ではある。
雪華の説明を聞き終え、初めて見る景色にはしゃぐ瑠璃と鋼夜。
清華と疾風、そしてエア達を二人の落下防止用の見張りに付けた蓮華は、龍、というよりは亀か何かの背に例えた方がしっくり来る程大きな雷霆の背を撫でた。
「姫様」
「うん?」
不意に聞こえた硬い声に、蓮華は周囲を見渡す。
視界をせぎる物が無い空で、彼女の目に映ったのは、翼を持った馬とそれに跨る兵士の姿だった。
「……天界兵」
相手の姿が見えたということは、向こうからも自分達の姿は見えるということだ。
隠れる場所が無い為、下手をすれば此処で一戦交える事になる。
「姫様」
雷霆による先制攻撃を暗に示す迅雷。
アレクも同意するように己の龍を喚び出した。
危険な芽は早々に摘んでおくべきだと、歴戦の王達は言う。
不安げな瑠璃の瞳が、緊張しつつも自分達を信じていると分かる鋼夜の姿が、蓮華の瞳に映る。
相手の正確な人数は不明だが、飛馬と龍ならば、勝敗は決まっている。
臆する理由は無い。
エアもウィルも、疾風達も皆、蓮華の一言を待っている。
だが――
「先を急ごう。避けられる争いは、避けるべきでしょう」
凛とした声で告げられたのは、打って出ないという意思だった。
何故? と全員が彼女を見る。
好機だ、と迅雷とアレクが訴えるが、彼女は雷霆に先を急ぐよう命じる。
雷霆が移動速度を上げようとしたその時、幸か不幸か、天界兵達は彼女達に気づくこと無く、どこかへと姿を消した。
「姫様」
「打って出るのが正しいのは分かってる。でも、今は、ね」
怒りにも似た、けれど確実に違う感情を含んだ迅雷の声を真正面から受け止め、蓮華はそう言うと雷霆の背から降りた。
落下していく蓮華の姿に、悲鳴を上げる瑠璃達。
助けようと高度を下げかけた雷霆に「気にせず進め」と告げた疾風は、迷うこと無く彼女の元へ飛んでいく。
ああ、何かあるのだと理解した清華は、後に続こうとした雪華の尾羽根を抑え、今にも泣きそうな瑠璃を慰める。
「清華」
「大丈夫です。少し、二人で話したいことでもあるんでしょう」
不安そうな鋼夜に柔らかな声で答えた清華は、「もう少し周りの事を気にするよう、叱っておきますね」と困ったように笑った。
*****
風を切る音と寒さが、蓮華の耳と体を裂く。
打って出るべきだったのは分かっていると頭の中で繰り返しながら、それをしなかった理由に舌打ちをする。
『貴女を殺すつもりは無いかもしれません』
脳裏に浮かぶ声は、全てを放り出したくなるほど甘美な響きを持っていた。
「失せろ」と唸るように言葉を吐き出しても、それは消える気配を見せない。
幼い頃に見た炎の記憶に唇を噛めば、鉄の味が口内を犯した。
「姫さん」
不意に聞こえてきた声と冷たい温度。
蓮華はそれが自分の龍のモノだと理解しつつ、自分の体の重さに息を吐いた。
「清華に叱られるぞ」
「清華だけなら良いけど」
「そう思うなら、突然落ちるのは止めてくれ。心臓に悪い」
全く。とゆっくり上昇する疾風。
それに身を委ねつつ、「打って出ても良かったんだけどね」と零す蓮華。
その先にある意味を知っている疾風は、「飯、食えると思うか?」と上を見上げた。
「……駄目でしょうね」
「だよな。どうするんだ? 姫さん」
「エアにお願いしようかなって。アシエには近いけど、きっとあの人達が攻めるのは、雷扶だろうから」
根拠は何だ? と尾で問う疾風に、彼女は「勘」と笑った。
「おい……」
「嘘だよ。雷供とウォル、どちらが攻めやすいか考えるとそうなるじゃない。ウォルに手を出したら、地下のテッラは勿論、下手をしたらヴェントとも同時に戦わないといけなくなるでしょう?」
「そりゃそうだが……」
「雷供に背中を向けるより、ウォルに背中を向けたほうが守りやすいしね」
「それも、そうだな」
戦争となれば、地形や戦力は勿論、民の気質も考える必要がある。
前線に立つ事を誉とする雷供の民と後方支援を得意とするウォルの民。
防衛戦を得意とするテッラの民や気性が荒いと言えなくもないヴェントの民の事を考えると、被害を最小限に留めるならば雷供、それも王都の雷扶を攻めてしまった方が良い。
「姫さん、フィラルは……」
「あの時以降、兄さんが一番国の軍備や避難経路なんかを整えているからね。攻めるには距離があるし、あの人が裏で糸を引いているなら、攻めることはさせないと思う」
「……そうだな」
苦虫を噛み潰したかのような顔で頷いた疾風は、嫌な記憶を振り払うように鋼夜達の元へと急いで戻った。




