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始動と出発

「失礼します。報告に参りました」


 落ち着いた声が、真っ白な部屋に響く。

 筆を走らせていた男はそんな声に顔を上げ「おかえり」と微笑んだ。


「……主、失礼ですがお休みになられたのはいつですか?」


 薄っすらとだが、クマのある男の顔をじっと見つめ、青年は険しい表情で尋ねる。

 

「さぁ? 少し前に仮眠を取ったとは思うが……ああ、二時間は寝ているな。問題ない」


 うん。と一人頷く男――紅蓮――に、青年――梓火――は、大きな溜息を吐く。

 何をやっているのだ。と言いたげなその目に、紅蓮は「仕方がないだろう」と苦く笑った。


「主。失礼ですが、主は今のご自身の年齢をお分かりですか?」

「さて……何分祝う事を此処数年していないのでね。それに、その暇があるなら、書簡を減らす努力をしたい」

「本来ならば、それは主の仕事ではありません」

「そうだな。文官達の仕事だ」

「お分かりならば、何故……」

「ミネイのように皆仕事熱心ならば良いのだがな……持ってこられる書類の殆どが、自身が甘い蜜を吸う為の物では印を押す手も止まるというものだ」


 紅蓮の言葉に、梓火の手に力が入る。

 グシャリと音を立てて握り潰されたのは、彼に報告するべき事柄が書かれた書類だ。

 中には印を貰わなければならない物もあったのだが、彼の脳内からその事実は消え失せている。

「書類は書き直しだな」と思いつつ、紅蓮は怒りのやり場を探している梓火に「ジュダを下に行かせる」と告げた。

 唐突な言葉に、梓火は怒りと驚きを混ぜた瞳で紅蓮を見る。

 半ば睨まれる格好で見返された紅蓮だが、それに怯えること無く「そろそろ本格的に動かねばならないだろう」と付け足した。


「主、では……」

「ああ。説得力があるだろう? あれでも、天界ここでは手練だからな」


 紅蓮の瞳が怪しく揺らめく。

 背筋に冷たいモノが伝うのを感じながら、梓火は「とうとう、始まるのですね」と神妙な面持ちで頷いた。


「ああ、やっとだ。覚悟は良いか? 梓火」

「はい。何処までもお供致します」


 迷うこと無く宣言する梓火に、紅蓮は大きく頷く。

 その瞳の奥、美しい紅に悲しげな色が滲んでいることを、誰も知ることは無い。


*****


「また、遊びに来て下さいね? 絶対ですからね?」


 出立しようとしている瑠璃の足元に抱きつき、約束をする迄離さないと言いたげな顔で何度もそう告げるマリア。

 少女、清華、鋼夜、そして瑠璃の順で約束していくマリアに、マルクは「うちの子がすまないね」と緩みきった頬をそのままにして言う。


「親馬鹿」


 小さく呟いた少女だが、ウィル達にはしっかりと聞こえていたのだろう「同感」という言葉が返ってきた。


「……チビ助」

「なに?」


 ちょっと来い。と手招きするマルクに、少女は面倒臭そうな顔で近寄る。


「何? 兄さん」


 身構える少女に、そっとマルクは耳打ちをする。

 少し長いそのひそひそ話の間に、マリアは瑠璃からも「また遊びに来る」という約束を取り付けられたのか、満足気に笑っていた。

 その姿に「天使!」と身悶えしているエアを、アレクとウィルが生暖かい目で見守り、鋼夜と瑠璃は引きつった笑みで見守る。


「……うん、分かってる。大丈夫だよ、兄さん」

「なら、いいんだがな……ああ、お前が拝み屋に依頼したあれは、教会の共同墓地に埋めるよう命じた。明日には埋葬される」

「そっか。閑雅の件、私がお礼を言っていたって機会があったら伝えて? 直接言ったけど、さ」

「ああ、分かった……帰ってくる時は、連絡しろよ?」

「うん」


 分かった。と頷き、少しだけ瞳を揺らした少女は「それじゃ、またね」と、清華達と共に歩き出した。

 鋼夜もそれに続こうとしたその時――


「鋼夜」


 先程とは違った、真剣な表情をしたマルクに呼び止められた。

 何か大切なことだろうかと、瑠璃を先に行かせた鋼夜は「はい」と返事をしつつ、彼に向き直る。


「鋼夜、あの子を頼むね。気は強いし、しっかりしているように見えるけど、寂しがり屋の泣き虫だから」

「そう、なんですか?」

「うん。それに、鈍い子だからね。ちゃんと言わないと伝わらないよ」


 好きなんだろう?


 そっと耳打ちされた言葉に、鋼夜の顔がカッと赤くなる。

 その様子に「やっぱりか」とカラリと笑ったマルクは、少し離れた場所で待つ少女達の方へ、しばらく顔が赤いままであろう彼の背を押した。


「あの……」

「またおいで。私も、マリアも君達が来るのを楽しみに待っているよ」

「お気をつけて! 無事のご帰還、お祈りしています!」


 手を振るマルクとマリアに、鋼夜は「はい! 行ってきます!」と大きく頷き、待っている少女達の元へと走り出した。

 その背を見送り、マリアを女中へと預けたマルクは空を見上げる。

 雲一つない澄んだ青空は美しく、それ故か、頬を濡らす。


「………………」


 潤んだ彼の声は風に攫われ、呟かれた言葉は誰の耳にも届くことは無かった。

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