議会 弐
怒りにも、呆れにも似た彼の声は、議会の間によく響いた。
しんと静まり返った部屋は、不満げなエアとそれを制するウィルの殺気で満ちていく。
「お前達、此処で争うなよ? やるなら、自分達の国に帰ってからやってくれ」
マルクの言葉に、エアとウィルは何も言わない。
明らかに聞こえていないと分かるその姿に、マルクは大きく息を吐いた。
「……おい、チビ助」
「好きにさせておきなよ、兄さん。此処で争う程、二人共愚かじゃないだろうし……まぁ、私としては、二人に直接関係が無いことで争わせて申し訳ないとは思っているけど」
感情の読めない、抑揚のない声で告げる少女。
紅色の瞳も何も語らず、ただ、殺気を放つ二人を見つめていた。
「……末姫。それは、ちょっとずるいと思うんだけど……」
先に音を上げたのは、ウィルだった。
数回瞬きをした後、「何が?」と問う少女に、ウィルだけでなく、エアまでもが溜息を吐く。
仲が良いな。とその様子を見ていた少女は、視線をアレクに移すと「雷供ってどうなっているの?」と尋ねた。
「末姫、雷供の事よりも……」
「雷供の件、父上が何かしている可能性は無いのね?」
厳しい声と瞳で問う少女に、アレクは言葉を詰まらせた。
最初の議題、彼女が彼らに告げた事実が「関係はない」と断言することを拒ませる。
「……エア達の言う通り、父上がどんな罪を犯そうと、それは私の罪にはならない。罪は、罪を犯した人間にしか償えないし、責任だってそう……だけど、私はあの人の娘だから、家族、だから……家族が罪を犯そうとしているのなら、それを止める責任はある。父上によって、また誰かがこの世界から消えてしまうかもしれないなら、私は行かないと……アレク、教えて。雷供では、何が起きているの?」
真剣な表情で問う彼女に、アレクは覚悟を決めると口を開いた。
「旧白麗……現在はアシエ国でしたな。其処が戦支度をしているとのことです」
「……王が変わってから、元々武装国家になったと聞いているけれど、更に、ということ?」
「そのようです。雷供と我が国の草は、数本抜き取られました故、近々動きを見せるのではないかと……」
「そう」
キュッと唇を噛んだ少女の瞳に、薄っすらと憂いの色が滲む。
「……また、白麗なんだな」
「因縁、かな?」
「まさか……前のようにはさせ無いわ」
「うむ。例え、我ら以外の皆が忘れていようともな」
大きく頷いたアレクは、弱々しく笑みを浮かべているマルクに「大丈夫だ」と断言する。
ウィルやエアもそれに無言で首肯すると、沈黙を守っている少女を見た。
並々ならぬ覚悟を感じさせる強い瞳を真っ直ぐに見返した彼女は「あの時とは、違うからね」と短く答える。
「ああ、違う。なにせ、十年も経った」
「そうだね。ウィルとエアは王になったし、兄さんやアレク達はあの時よりも国を栄えさせた」
「お前は世界を見て、力と知恵を付けた」
「まだまだ、だけどね。それでも……何も知らない頃の私じゃないし、泣き喚く以外にも出来ることは増えた。父上が……天帝が理を無視し、地上界側へ介入するというのなら、私と疾風は役目を果たさなければ……」
「末姫だけじゃない。俺達も『王』としての責務を果たす。先代達が護ってきたモノ全て、俺達の代で失う訳にはいかない」
「ええ……私達が引き継いだ全て……何一つ、失わずに次代に継がせて見せるわ」
凛とした声で宣言する少女達に、マルクとアレクは静かに首肯する。
この場において、年長者である彼らは『王』として、国や緋龍族と関わってきた時間は長い。
だからこそ、これから起きるかもしれない事態を、その原因となっている少女の父を思い出し、憂うのだ。
出来ることならば杞憂であれとさえ願うが、彼を知っているからこそ、この願いが叶うことが無いことを理解している。
「……民には知らせず、備えを始めるというのは難しいな」
「なに、緊急時の対策見直しとでも名を打てば良い。民を振り回したくはないが、何かあった時に準備不足で護れなかったなどということはあってはならん」
「分かっている。だが、最善の避難経路、避難場所、備蓄……ああ、考える事は多いな」
「そうだな。だが……これも次世代の者達にとっては良いことだろう。『平和』も『安寧』も、常に何が起きても良いように備えておくからこそ、続くものだ」
「……ああ、そうだな」
一つ頷き、頭に浮かんでいた光景を振り払うマルク。
その様子を見ながら、少女は「白麗も雷供も護れるように頑張らないと」と呟いた。
「まぁ、一番いいのはそれかもしれないけどさ、それで末姫が倒れたら意味ないって事も分かっているよね?」
「ウィル……」
「一人で出来ることって、分かっていると思うけどとても少ないんだから……それこそ、雷供の双子とか、アレクのおっさんとか、エアとか頼るように! 勿論、俺も手を貸すからさ」
うんうん。と頷くエア達。
少女はそんな彼らに、はにかみながら「ありがとう」と礼を言い、照れ隠しなのかすっかり冷めた紅茶を口に運んだ。




