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議会 壱

 窓から差し込む柔らかな日差しも、外へおいでと唄う鳥の声も、この場にいる者達の目や耳には届いていない。

 外の穏やかな景色とは対象的な、緊張の糸がピンと張り巡らされている議会の間には、呼吸にすら気を使わなければならない程重苦しい空気が流れている。


「……本当なの? その話」


 沈黙を破ったのは、深縹こきはなだ色の髪をした女性だった。

 長い髪を高い位置で一つに結んでいる彼女は、疑っていることを隠しもせずマルクを見る。

 隣に座っている恰幅のいい男も、「にわかには信じられん」と女性に同意した。

 そんな彼らに、少女とマルクは静かに頷き、嘘であればどれだけ良かったか。と、無言で訴える。

 重苦しい空気が更に部屋を満たし、時間だけが過ぎていく。


「末姫。全く関係無い質問をしても?」

「風の、こんな時に……」

「いいわ。何が聞きたいの? ウィル」


 恰幅の良い男を制し、少女は静かにウィルを見た。

 他の人々も、こんな空気の中、何を聞くつもりだと彼を見る。


「末姫と一緒に来たっていうあの兄妹。何が目的でここまで?」


 単なる観光客なら、どうして王城にいるのだ? と、ウィルは悪戯っ子のような笑みを浮かべて少女に問う。

 あの兄妹に不信感を持っていると分かるその様子に、彼女は顔色一つ変えずに「さぁ?」と首を傾げた。


「『さぁ?』って、末姫……」

「具体的な目的は聞いていないの。お世話になった宿屋の主さん……二人の父親ね。から、二人を私の旅に同道させて欲しいって言われて……断りきれなくて、王都までって条件付きで一緒に来ただけだから。王城に連れて来たのは、マリアが街に迎えに来ちゃったからだけだし。それさえ無ければ、門の所で別れるつもりだったのよ? 『王から招待状を受け取った』って、ちゃんと別れる理由も用意していたんだから!」


 少女の言葉に、警戒して損したかな? と思いつつ、ウィルは「成る程」と頷いた。

 

「……末姫ちゃん、疑うようで悪いのだけれど……その親御さん? が何か企んでいる、ってことはないの?」


 女性の言葉に、少女は首を横に振る。

 が、まだ不安が残るのだろう、物言いたげな彼女に、少女は溜息を吐きながら口を開いた。


「大丈夫よ、エア。二人は勿論、その親御さんが何かを企んではいないと思う。依頼以外にも話しをしたし、お世話になったからそう思いたい、っていうのもあるかもしれないけど……断りきれなかった理由の一つに、将軍や清華達が味方をしたっていうのもあるの。何か危険があれば、幾ら目的を聞かされていないとは言え、あの子達が味方するとは思えないから」

「そう……そうね。分かったわ。でも、末姫ちゃん、もう一つ問題があるのだけど……」

「問題?」

「そう。問題。あの子達、どうやっておうちに帰るのかしら?」


 女性――エア――の言葉に、少女は数回瞬きをすると、再び「さぁ?」と首を傾げた。


「そう言えば、帰りはどうするんだろうね。雪華か疾風に送らせるっていう方法もあるけど、そんな約束していないし。まぁ、元来た道を辿れば帰れるし、行商人か誰かと一緒に帰るっていう方法もあるから、問題は無いんじゃないかな? そうじゃなきゃ、親御さんも一言私に言うでしょうし」


 温い紅茶を一口飲み、少女はフッと息を吐く。

 それもそうか、とエア達が納得し、同じように紅茶や焼き菓子に手を伸ばすと、恰幅の良い男が「それにしても……」と口を開いた。


「どうした? アレク」

「いや……マリア嬢のお転婆にも困ったものだなと思ってな」

「エアやチビ助よりはマシだ。この二人は、心臓に悪いことばかりしでかすからな」

「成る程」

「確かに」

「昔のことじゃない!」

「そんなに心臓に悪いことしてたかな?」


 顔を赤らめて反論するエアと、心当たりが無いと首を傾げる少女。

 対象的な二人の様子に、マルク達の反応は様々だ。


「……王鷹を仲間にしたと聞いた時は、心臓が止まるかと思いましたな」


 恰幅の良い男――アレク――の言葉に、少女を除いた全員が大きく頷く。

 マルクに限っては「まさか連れ帰ってくるとはな」と遠い目をする始末である。

 少女は「不必要な殺生は良くないじゃない」と少しだけ唇を尖らせた。


「それはそうだが……」

「末姫、時には犠牲を出さねばならぬこともあるのですよ?」

「分かってる。迅雷達にも言われた。でも、犠牲は少ない方がいい。そうでしょう? アレク」


 強い口調で反論した少女は、一呼吸おいてから「綺麗事だっていうのも、分かっているから」と付け足した。


「……末姫」

「なに? ウィル」

「取り敢えず、あの兄妹の件は分かった。それで、末姫はこれからどうするつもりなんだ? このままフィラルに居続ける訳じゃないんだろう?」


「もういいの?」と目で尋ねつつ、少女はウィルの問いに合う言葉を探す。

 正直に言ってしまえば、次の目的地は決めてあり、荷物もほとんど解いていない為、すぐにでも旅に出ることは出来る。

 だが、ウィルが、此処に居る人々が聞きたいのは、そういうことではない。


 何が目的で、旅を続けているのか。

 この旅の持つ意味は何なのか。


 それを聞きたいのだ。

 最初は見聞を広げる為だと説明した。

 次に、仲間を探したいのだと説明した。

 そして今。

 自分の旅が、先に上げた二つの目的の為では無い事を、彼らは察している。

 踏み込んで良いと判断している距離、ギリギリまで足を踏み入れて来たウィルに、少女は「踏み込むな」と怒るべきなのか「実は」と己の内側に引き入れてしまうべきなのか……彼女は言葉を探しつつ、自分よりも年上の彼らを見つめる。

 いつもならば、困ったように眉を寄せ、微笑むことで、空気を察した大人達は話題を変えてくれるのだが、今回はそうではないらしいと、少女は息を吐いた。


「……天界へ行く道を探しているの」


 ポツリと、悪戯を告白する子供のように、頼りない声で告げた少女。

 紅色の瞳に、驚く大人達の姿が映る。


「天界って……末姫ちゃん」

「チビ助、それは……」

「父上に会って、あの日何があったのか、どうして母上達を手にかけたのか……どうして、私だけを生かしているのか、聞きたいの」

 

 一つ、一つ、自分に言い聞かせるように告げる彼女の手は、微かに震えていた。

 

「……それに、どうして天帝の座についたのかも聞きたいの。父上は誰よりも龍を……疾風達を大切にしていたから……どうして、こんな事になったのか……残された私は、きっと知らなければならないし、場合によっては……」


 ギュッと両手を握る少女。

 紡がれなかった言葉を想像し、マルク達は表情を険しくさせた。


「恐れながら、末姫」

「なに? アレク」

「何もかも、全てを末姫が背負う必要は無いかと。あの方の件、確かに気にはなりますが、姫様に罪は無いはずです」

「そうよ! 末姫ちゃんは何も悪くないわ! きっと、何か事情が……きっとその内、紅蓮様から教えてくださるわ。だって、紅蓮様にとっても、末姫ちゃんは、唯一の家族なんだから!」


 前のめりになり、少女を励まそうとするエアと静かに頷くアレク。

 だが、そんな二人の様子に、ウィルは呆れたように口を開いた。


「……無責任な事言うなよ。アレクのおっさん、エア」

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