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水も滴る……?

「覚えてろよ!」


 捨て台詞を吐きながら逃げていく二人の男。

 その様を見送りながら、少女は怒りに燃えている雪華を肩へと止まらせた。

 つるつるとした羽を流れに合わせて撫でてやれば、彼は少しだけ表情を緩める。

 彼女達の足元には、爆発によって開いた幾つもの穴や倒れた木々があり、その下には逃げ遅れた動物達の死体が幾つもあった。


「……姫様」

「兄さんの所に急ごうか。他の場所でも同じような事が起きてるかもしれないし……」

「飛びますか?」

「ううん。でも、清華にお願いしようか」


 ぐっと強く拳を握った彼女は、険しい表情でそう告げると急いで地面に紋を描いた。

 記号と幾つもの図形を組み合わせたそれに魔力を注げば、大地を潤す水のように、光が染み込んでいく。


「こういう時、理不尽に消えてしまった命の灯火を戻す方法が欲しいと思うんだけど……」

「姫様」

「分かってる」


 何事もなかったかのように静けさと美しさを取り戻した景色を眺め、まだ微かに残る焦げた匂いを振り払うように、少女と雪華は疾風達の元へと戻る。


*****


 無事で何よりです。と笑った少女に、鋼夜達は静かに首定する。

 清華の背に降りた雪華は、彼女の視線になにも答えず目を閉じた。

 鋼夜達には全く彼の言いたいことは分からなかったが、清華には通じたらしく、彼女は何も言わずに少女へと視線を移す。


「……清華。少し急ぎたいの。二人を乗せてくれる?」


 勿論。と言うように、その場に伏せる清華。

 雪華を肩に移した少女は、鋼夜と瑠璃に乗るよう促した。

 ゴッと強い風と共に動き出す景色。

 清華の背に乗っている二人は、どんどんと後ろへ遠ざかって行く景色に声を上げる。

 怖がるだろうかと内心不安だった少女だが、二人の楽しげな声に杞憂だったなと安堵の息を吐いた。


「そろそろ休憩しましょうか」


 高い位置から少し下がった太陽と自分達がいる場所を確認し、少女はそう提案した。

 肯定するように石畳の道から草花が作る道へ進路を変える清華と雪華。

 それを追うように、少女も進路を変える。

 魔力をたっぷりと与えられた翼は、王鷹である雪華に負けない速さで彼女の体を目的地へと運ぶ。

 

「凄い! 綺麗!」

「彼処で休むのか?」

「ええ。水も汲まないといけませんから」


 大きな湖にはしゃぐ瑠璃と興奮を抑えきれていない鋼夜に微笑みながら答える少女。

 そんな彼女の笑みに顔を真赤にした鋼夜が視線を前に向け直すのと、瑠璃が「あれ?」と首を傾げたのはほぼ同時だった。


「どうかし……うぉ……!」

「きゃぁっ!」


 悲鳴と同時に揺れる体。

 風を切る音と少女達が慌てる声の次に聞こえたのは、ザブンッという水の音だった。

 まずいと思いつつも反射的に口を開けてしまった鋼夜の口から大量の気泡が溢れ、一時的に視界が白くなる。

 ドクドクと、まるで耳のすぐ横で鳴っているかのように聞こえる鼓動と息苦しさ、そして、言い様のない焦りが体の自由を奪っていく。


――まずい


 ゴポリと一際大きな気泡が口から出ると共に、意識が遠のいていくのを感じる。


――このまま、死ぬのか?


 浮かび上がった問いを肯定するように、脳が抵抗らしい抵抗を止めさせた。

 ただ目を閉じて水の意思に体を委ねれば、先程まで感じていたはずの重力が無くなり、心地良い浮遊感に包まれる。


――あ、悪くない。


 ぼんやりとそう考え、ゆっくりと沈んでいくと不意に体が引っ張られた。

 これが天に召されるということなのかと、心の中で両親に先立つことを詫びていた鋼夜だったが、次に感じたのは自分の体が水面を切り裂く感触と肺いっぱいに流れ込んでくる酸素の重さだった。


「げほっ……! げほっ! あ~……はぁ、生きている……」


 安堵の滲む声を吐き出せば、足が地面につき、体が重力を思い出す。

 浅瀬まで誰かが引っ張ってくれたのか……と思わずその場に座り込んだ鋼夜だが、近くで聞こえた水音に再び立ち上がった。


「……大きな怪我は無いようですね。よかった。此処は冷えますから、ひとまず、火に」


 濡れた髪をかき上げ、鋼夜の背を押す少女。

 ピッタリと体に張り付く服の様子に慌てて目を逸した鋼夜は、無事を喜ぶ妹や清華、親の仇にでも会ったかのような鋭い目つきをした雪華達と合流した。


「大丈夫そうだな」

「ああ」


 ほら。とタオルを差し出してくれた疾風に礼を言い、焚き火の前へ座る鋼夜。

 毛布に包まっていた瑠璃は、鋼夜と少女にと白湯を渡し、「良かった」と目を細めた。


「だいぶ深くまで潜ってたんだな」

「そう……なのか……?」

「ああ。瑠璃も清華も俺達ですぐに助けられたんだが……お前だけ見つからなくて姫さんが飛び込んだんだよ」

「……そう、だったのか。その、すまない……」

「いいえ。こればかりは誰が悪いとかではないので」


 ポタポタと落ちる雫が鬱陶しいのか、髪をタオルで適当に包む少女。

 疾風から毛布を二枚受け取り、一枚を鋼夜に、もう一枚を自分で羽織った彼女は「今日はこのまま野営したほうが良いかもしれないな」と呟いた。


「姫さん?」

「日はまだあるし、急ぎたいけれど……体力を消耗した上で駆けるのは……街道でも、盗賊が出ることはあるし」

「確かにな。んじゃぁ、今日は此処で寝るってことでいいか?」

「ええ、そうしましょう。遅れは明日、取り戻せばいいし」


 少女の言葉に頷き、野営の準備を始める疾風と雪華。

 その様子を見ながら、少女は瑠璃と共に清華の毛を乾かし始めるのだった。

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