関係性
恐る恐る、否定を期待しつつ問うてくるミネハに、蓮華はただ困った様に眉を寄せた。
言葉を探しているのか、それとも頷くのを躊躇っているのか、ミネハには分からない。
分からないが、それ以上に「何故?」という言葉が自分の中で渦を作り始めている。
「殺した人は別なのに……天帝様は家族なのに。なのに、どうして……」
心の中に留めておけなかった言葉が口の端から漏れる。と同時に、やはり彼女は許されるべき人間ではないのだと強く思う。
父も兄も彼女の隣にいる青年も、目の前の少女に騙されているんじゃないかとミネハは何も言わない蓮華を睨んだ。
「……家族だから、娘だから、私は天帝を、父を殺すの。そうしないと……」
「そうしないと何? 天帝様の唯一の家族なのに! 家族なのに……なんで……」
「これ以上、私達を理由に父が人を殺めない為に。世界の理を変えさせない為に」
「え?」
予想だにしなかった言葉に、ミネハの体は動きを止めた。驚きと軽蔑と戸惑いを混ぜた表情のまま、彼女は目の前で大きく息をする蓮華を見る。
静かな部屋に響く呼吸音はなんとも形容し難く、なんとか動かした視線の先では、兄達がジュダ隊長の葬儀で見せた様な顔をしていた。
「あの……ミネハさんは天界と地上界の関係性、緋龍族の役目はご存じですか?」
「勿論よ!」
胸を張ってミネハは口を開く。
「地上の人間が天帝様を敬い、天帝様がお慈悲で地上界を潤す。緋龍族の人は天帝様に直接お願い出来ない地上界の王や人間の代わりに此処へ来るんでしょう? 要するに、天界の人間の方が優れている事の証よ。この世界に、天界に生まれれば、誰もが教わる事なんだから!」
その言葉に、鋼夜は僅かにだが眉を寄せた。
だがそれに気づかず、ミネハは「それが何?」と蓮華を見返す。
そんな妹の姿に、ミレイユは実感したかのように「そういう事か」と呟いた。
「お兄ちゃん?」
「ご理解いただけて何より、というべきなのかしらね。この場合」
首を傾げるミネハに、軽く額を抑える蓮華。
「えっと……」
何も間違ってはいないはずなのに、胸を張っているのが何だか間違いの様な気がしてきたミネハは、少しずつ表情を曇らせ、小さくなっていく。
だが、地上界の人間が劣り、天上界の人間が優れている。
それは覆しようのない真実であり、だからこそ地上界ではなく天上界に「帝」がいるのだ。
沢山いる地上界の「王」とは違う、たった一人の、絶対的な「帝」が。
ミネハの考えている事が分かったのか、リューイは「地上と天界、そこに住む人、王に帝に緋龍族の長……具体的に何が違うのかしらね」と彼女に尋ねた。
「違い?」
「そう、違い」
リューイの言葉にミネハはコルジァに負けない程首を横へと倒す。
そんな彼女に、リューイは「本当は無いと思わない?」とミネハに微笑んで見せた。
「でも……!」
納得いかないと言いたげな顔をする彼女に、ミレイユは大きな溜息を吐いた。
「お兄ちゃん?」
「ミレイユ? どうしたにょ?」
何となく、その溜息の理由を知りたくないと思いつつ、ミネハは兄であるミレイユをじっと見つめた。
コルジァもそれに倣うように彼を見つめると、もう一度大きな溜息が耳に届いた。
「……本来、天と地は平等だ。天が優れていると……俺達の方が優れているというのは誤っている。少なくとも、そんな風に伝えられてなどいない」
「え?」
「地上からは確かに祈りは届けられている。だが、それは俺達が優れているからじゃない。あくまで互いの世界が不必要な交わりをせず、理を侵さず、互いの世界の泰平を維持する為だ。緋龍族の長も確かに天界へと来るがそれは人々の願いを代弁しに来ているだけではない。彼らは鎖なんだ。天と地を繋ぐ、大切な……」
ミレイユの言葉に、ミネハは「鎖?」と小さく呟き、父を見上げた。
それに気づいたミネイは静かに頷き、「陛下が壊している理とは、こういうモノも含まれているのですね」と蓮華に確認した。




