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豹変

「なぜあんな真似をした!」


 響き渡る怒号に、逃げてきた兵士達はただ怯えた様子で口をつぐむ。

 ミレイユが訓練時や任務時に厳しさを増すのはその場にいた誰もが知る事だが、ここまで彼が声を荒げた事はほぼない。

 彼らがした事は当然許される事ではないが、相手が地上界の人間だったのだからそこまで怒る必要はないのではないかと逃げてきた兵士もその様子を見ている兵士も思っている。

 それが伝わっているのか、ミレイユの怒りは収まる気配を見せない。

 助けを求めるように副隊長であるリューイや父であるミネイを見る兵士も中にはいるが、彼らはそんな視線に気づかないかのように黙然と立っていた。


「彼女達は仲間だ。確かに我々は彼女達と敵対していた。だが、今は……」

「恐れながら! 今もあいつらは敵です!」


 一人の兵士が声を上げた。

 顔を真っ赤にし、全身を震わせ、固く結ばれた唇からは今にも血が滲みそうだ。

 ミレイユやリューイだけでなく、ミネイやほかの天界兵達も声を上げた兵士を注視する。


「お前は……」

「天界軍第十一歩兵部隊所属 テストンです」

 

 列から一歩前へ出て名乗った兵士――テストン――はそういうと、再び元の列へと戻った。

 ギラギラと輝く目の危うさと対照的に、教本の手本以上にきっちりとした格好で名乗り、戻っていく彼の名を覚えつつ、ミレイユは何をどこまで話すべきかを考える。

 不意に押し寄せた沈黙に、瑠璃達を襲った兵士が互いにちらちらと顔を見合わせては、自分達は悪くないといつ口にしようかとタイミングを見計らい始めた。

 その時――


「だからと言って、女の子を襲うのはいいことなのかしらん?」


 沈黙を守っていたリューイの言葉に、顔を見合わせていた兵士達が慌てて顔を伏せる。

 いかにも反省しています。といった態度をとる彼らに、リューイは呆れたと言わんばかりに表情を曇らせた。


「……ミレイユちゃんもお口が下手なんだから勢い任せで怒っちゃダメよん。一つ一つ、きちんと状況を分けてお話ししなくちゃ。い~い? まず、今は紅姫ちゃん達が敵かどうかは別よ。今は、か弱い女の子を自分達の欲望のはけ口にしようとした事についてお話しましょ? 兵士である前に私達は人間だもの。人間として、していい事だったのかどうか、それを判断しなくちゃダメでしょう?」


 ミレイユと天界兵達に「めっ!」と人差し指を立てて叱ったリューイは、頬に手を当てて笑った。


「それじゃぁ、誰のお話から聞きましょうか」


 獲物を狙う猫のような顔で兵士達を眺めたリューイの声は刃物の様に鋭く冷たい。

 びくりと体を震わせた兵士の一人が「だからやめるべきだったんだ」と泣き出しそうな声で呟いたかと思うと堰を切ったかのように「俺のせいじゃない! お前のせいだ! 俺は悪くない!」と叫びだし列の真ん中にいた兵士へと殴り掛かった。


「やめ……! がっ……俺は……!」

「お前が俺を巻き込んだから! 俺は嫌だって言ったのに! お前のせいだ……お前のせいだぁぁ……!!」


 叫び声と共に聞こえる鈍い殴打音。

 隙間から「やめろ!」や「俺じゃない!」という悲鳴が漏れる。

 慌てて止めに入るリューイ達だが、引きはがされた男は手足をばたつかせ延々と自身の潔白を叫んだ。

 他の兵士達も危機感を覚えたのかリューイ達に手を貸すが、男は落ち着くどころか更に興奮し、ありとあらゆる罵詈雑言を叫び続ける。


「あいつ、やっぱ頭いかれてるな」

「なんであんな奴誘ったんだよ」


 殴られていた男を助ける兵士達の言葉に、鼻や口から流れる血で顔を染め上げた男が薄紅の唾を吐きながら「勝手に来やがったんだ!」と吠えた。


「反省の色なし。か」


 先程までの女性的な口調と声音とは真逆の、男性的な口調と声音に変わったリューイは、その仕草さえも一変させて兵士達を見つめた。

 まるで鉛か何かを混ぜ込んだかのような重い空気に、関係ないといった様子で立っていた兵士達が慌てて背筋を伸ばす。

 が、そんな様には目もくれず、彼は取り乱した兵士を見て軽口を叩きあっていた兵士達が壊れた玩具の様に整列しなおし、乱れ始めた呼吸や鼓動を誤魔化す姿を見ていた。


「リューイ……」

「わかってる。手加減はするさ。これでも、はあんたの副隊長だ。それよりも、あんたと親父さんはここにいるべきじゃないんじゃないのか?」

「それは……」

「躾のし直しに大勢はいらない。改めて状況の説明と隊や集団行動の意味を教えるぐらい、俺一人で十分だ」


 笑うリューイの瞳の奥には、狂気にも似た光があった。

 別人のように豹変した彼に怯え、助けを求めるように自分達を見てくる兵士達とリューイを見比べたミレイユとミネイは一度互いに顔を見合わせ頷きあう。


「……リューイ君。普段の君とは少々差が大きい分みんなが戸惑っているからね。その分は……」

「だいじょーぶですって! ほら、行ってください。こういうのは、初動が大事なんでしょ? ね?」


 いけいけ。と手を振るリューイに、ミレイユが「やりすぎるなよ」と厳しい表情で言い残し、ミネイと共に去っていく。

 その背中に「へいへい」とどこか軽薄な返事をした彼は、残された兵士達に向き直ると残酷な笑みを浮かべた。


「それじゃぁ、お前ら。まずはってやつからいくか」

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