分散
肩をおさえ続ける事もせず、鋼夜を見る事もせず、蓮華は向かってくる天界兵を次々と地に伏せていく。
今は時間が惜しいのだと語る背に、鋼夜は再び得物を手にする。
「疾風は?」
「おそらく別の場所かと。雪華達は?」
「雪華は分からないけど、清華と瑠璃は建物の上。狙撃するって」
「なるほど。では、背中は任せますね。鋼夜さん」
「あ、ああ!」
予想していなかった言葉を受けて、鋼夜の頬が緩む。
だが、背後から聞こえてきた「死にたくなければ下がりなさい!」という蓮華の声に、その表情はすぐに引き締められた。
「生意気な!」
「相手は手負いだ! 怯むな!」
威勢よく切り込んでくる天界兵を、蓮華と鋼夜は容赦なく切り伏せた。
互いの背を他の何者にも侵させないという強い思いは覚悟として表出し、相手を威嚇する。
「姫様!」
「姫さん!」
迫りくる兵士を吹き飛ばし、炎で牽制したのは、まだ人型を取っていない雪華と疾風だ。
戦力のほとんどが自分の傍に集中している事を懸念しつつ、蓮華はミレイユ達がいる場所を探す方法を考える。
「鋼夜さん! 疾風と一緒に牢を探してください。これ以上時間はかけられない!」
「え? でも、探すって言ったって……」
「これだけ騒動が起きているんです。当然の様に見張りや警戒を続けているだけの兵士が多い場所を重点的に探してください。きっとそこにいます!」
「……分かった。疾風」
「おう」
返事をすると同時に鋼夜を咥え、飛ぶ疾風。
それを軽く見送った蓮華は、雪華に清華達の援護に行くよう命じた。
物言いたげな顔をした彼は、それでも何も言わず二人がいる場所へと飛んでいく。
「さて、と……覚悟が出来た方からどうぞ?」
そう言って構え直す蓮華の姿に、落ち着きを取り戻しつつある天界兵達は喉を鳴らした。
*****
疾風に咥えられたまま空へ飛んだ鋼夜は、悲鳴を上げるような事もなく、蓮華の言っていた様な場所が無いかを必死に探す。
周囲を気にしてはいるが動かない……そんな兵士がいるかを確認していると、妙に兵士が出入りしている場所が目に付いた。
見張っている兵士も少なからずいるその場所は、蓮華達がいる場所からかなり離れている。
「疾風、牢って地下に広がっている可能性もあるよな?」
呼びかければ、何かを見つけたのかと言いたげな視線が上から投げられた。
「あそこ! 兵士が妙に出入りしているんだ。もしかしたら……おっと!」
返事の代わりに下降する疾風。
そんな彼に気付いた天界兵が何かを言いながら銃口を向けてきた。
「当たり……か?」
呟きを肯定する様に放たれる魔法弾。
疾風が器用に避けてはいるものの、その騒ぎで兵士達が徐々に集まってきているのは問題だ。
鋼夜がどうしたものかと考えていると、不意に体が宙へと放られた。
重力に逆らう術が無い彼の体は、当然の様に地へと向かって勢いよく落下していく。
「はや……」
捨てられた? と頭の片隅によぎる考え。そんな筈はない。と即座に否定するが、落下する速度は変わらない。
せめて地面に叩きつけられる、天界兵の刃に体を貫かれる、そんな終わりを回避しようと、体を捻らせる鋼夜。
「と、すまん」
謝罪と共に鋼夜を背中に乗せる疾風。
鋼夜の反応を待たず、彼は大きな炎を大地に向かって吐いた。
容赦ない炎は天界兵達をあっという間に包んでいく。
「疾風」
「……行くぞ」
鋼夜の呼びかけを無視し、疾風は炎をくぐり、地下へと続く入口に潜っていく。
「頭、気をつけろよ」
「あ、ああ……」
目の前に迫る配管や天井を何とか避けて返事をすれば、疾風は迷うことなく地下深くへと進んでいる事に鋼夜は気付いた。
「疾風、場所が分かるのか?」
「いや? けどまぁ、な」
歯切れの悪い回答に、首を傾げる鋼夜。
だが、こういう場所でしつこく追及すべきことではないのだろうと、周囲を警戒しつつ先へと進む。
降りる階段を全て降り切り、長い廊下を進みきった先、其処には――
「は?」
困惑した鋼夜の声が響く。
此処は、地上での喧噪も、兵士達の命がけのやり取りも届かない、暗い地下のはずだ。
少なくとも途中まではそうだった。
階段を下りる度に遠くなっていく音、少なくなっていく明かり、今居るのは何階か、終わりがあるのかと狂っていく感覚……不安だけが積み重なるような、居心地の良くない空気。
もし、此処に無実の罪で投獄されたのであれば、酷過ぎる、先に行った天界兵が誰も見つけていないなら、見つけてやらなければ……それくらいは考えた。
だが、実際は――
チチチ、チチチ……
疑似太陽によって明るい地下は植物が柔らかな地面を作り、花々が穏やかな香りで空間を満たしている。
地下から汲み上げられているらしい水は小川の様に流れ、鳥や小動物達が戯れていた。
そして、捕らわれている筈の二人はというと……
「おや、こんな所にお客さんとは珍しい」
「やれやれ、待ちくたびれたぞ」
鎖で繋がれている事も、拘束されている事も無く、どこか優雅な雰囲気でお茶を飲み、日課らしい剣の鍛錬をしていた。