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行ってきます

 今、自分が抱いている感情の名前が、種類が分からない。と申し訳なさそうに告げる蓮華に、鋼夜は二、三度瞬きをした後「そうか」と呟くように頷いた。

 暗く静かな室内にその後響くのは互いの呼吸音のみ。

 なにか別の話をしなくてはならない様な、このまま何も言わないで居た方が良い様な、なんとも言えない空気が満ちていく。

 気まずさから部屋に戻るべきだろうと考える鋼夜だが、その腕の中には蓮華がいる。

 身体を小さく震わせている、惚れた女性を一人置き去りにする勇気など、彼が持ち合わせている訳も無く、ただ時間だけが流れていく。


「……なぁ、蓮華」

「はい」

「明日、天界に向かうのは嫌か? 明日行くって、蓮華は明言してなかっただろう?」


 もっと気の利いた話をすればいいのに。と頭の片隅で誰かが笑った。

 けれど、今の自分達が話すべきはきっとこの事だ。と鋼夜は聞こえてくる笑い声をかき消して蓮華を見下ろす。

 ゆっくりと顔を上げた彼女と目が合う。


「……嫌、という訳では……過去の私ならきっと今頃天界に居るか、そうでなくても、迅雷や万雷に見張られて、疾風達に眠るよう促されていると思いますし……」


 苦笑しながら鋼夜の腕から抜け出る蓮華。

 今にも消えてしまいそうなその姿に、鋼夜は思わず手を伸ばす。


「鋼夜さん?」

「なぁ、蓮華」

「はい」

「行きたくないなら、行きたくないって言って良いんだぞ。逃げたかったら自分が許せるだけ逃げていいし、怖いなら怖いと怯えていいんだ。親父さんとだって無理に向き合うより、自分が向き合えるって思った時に向き合う方が一番いい。一回立ち止まるとまた歩けなくなりそうで不安だろうけど、そうならない様に俺達がいる。誰かがお前の判断を笑ったり、非難したりするかもしれないけど、そう思わない……蓮華の気持ちを少しでもわかろうとしてくれる人なら沢山いると思うから……だから……」

「鋼夜さん」


 一瞬驚いた様に目を見開いた蓮華だが、すぐに困ったように微笑み、鋼夜の頬に触れた。

 二度、三度と頬を撫でた彼女は、もう一度、今度は穏やかに微笑んだ。


「有難う、鋼夜さん」

「れん……」

「大丈夫、とは言えないけれど、大丈夫です。明日、森へ行きましょう。それで、天界に行って……皆で帰ってきましょう?」

「……分かった。蓮華」

「はい?」

「頼むから、死なないでくれ」


 そっと抱きしめれば、伝わってくる熱。

 彼女が生きているという証が、天界に行けば失われてしまうのではないかという不安が胸を押し潰す。

 鋼夜の不安に気づいたのか、蓮華の腕が鋼夜の背へと回される。

 そのまま穏やかになっていく彼女の呼吸。

 ああ、眠ったのか。と理解すると同時に、鋼夜は自身にも睡魔が訪れている事に気づいた。

 敷かれたままの布団に蓮華を抱きしめたまま転がった鋼夜は、近くにあった肌掛けを彼女にかけるとそのまま目を閉じる。

 深い眠りに落ちる間際、鋼夜は「父上」と蓮華が呟く声を聞いた気がした。


*****


 翌朝、彼女達の姿は昨日見つけた臥龍梅の傍にあった。

 緊張した面持ちの鋼夜と違い、蓮華や疾風は落ち着いた様子だ。


「本当に、お前達はいつも急だな」


 蓮華が見つけた玉を確認しながら、マルクは大きな溜息を吐いた。


「私としては二、三日後に発つつもりでした」

「ほぉ? なら……」

「焼き菓子は熱いうちに食べた方が美味しいそうなので」

「は?」


 何故、焼き菓子? と疑問視するマルクの目に、ビクリと体を震わせた瑠璃の姿が映った。

 あぁ、と小さく頷けば「鉄は熱いうちに打つものだしね」とウィルが意地悪く笑う。


「まぁ……お前が納得しているならいいけどな」

「ええ、その点は大丈夫。流石に『焼き菓子は熱いうちに食べた方が美味しいし、蓮華お姉さんのお父さんに早く会いに行けば、仲直りできるかもしれないから行こう! 私達なら大丈夫だよ!』と説得されるとは思わなかったですけど」


 どんな説得の仕方だ。という言葉を飲み込むマルクと「申し訳ありません」と頭を下げる鋼斗。

 そんな鋼斗に、蓮華は「背を押していただいたので」と微笑んだ。


「しかし、それでは……」

「大丈夫です。常に旅立てるよう心掛けていましたし、今もこれで良かったと思っていますから」

「そう、ですか……紅姫殿」

「はい」

「ご武運を」

「有難う御座います」


 礼を言い、蓮華は天界への道を繋げる為、玉を手に取る。

 警戒する王や王達の龍。鋼斗はそんな彼らの姿を見ながら、鋼夜と瑠璃に声を掛けた。


「鋼夜、瑠璃」

「親父」

「お父さん」


 気を利かせてか、荷を確認していた清華が一礼し、雪華を連れて場所を離れる。

 疾風も同じ様に一礼すると、蓮華の隣へと立った。


「お父さん。私、頑張ってくるね。絶対皆で帰ってくるから!」

「うん。帰ってくるときは連絡を忘れずに。二人の好きな物を沢山用意して待っているよ」

「分かった! お父さん、私達が帰ってくるの待っていてね?」

「ああ、勿論。瑠璃、張り切りすぎて皆さんに迷惑を掛けないように。少なくとも焼き菓子が美味しいタイミングは種類にもよるし、好みにもよるから」

「う、うん」

「親父、そうじゃないと思うんだけど……」

「そうだね。鋼夜」

「うん」

「好きな人を護りたいって思う気持ちだけで走らないように。走らなくて良い時に走って怪我でもすれば、それこそその人を傷つけてしまうから」

「分かった……いってきます」

「うん、いってらっしゃい」

「いってきます!」

「ああ、行っておいで」


 緊張が一周し、何も不安など無いと開き直ったように笑う瑠璃と緊張が溶けたのか、少しだけ表情を柔らかくさせる鋼夜。

 そんな二人に、「無事に帰っておいで」という言葉の代わりに持ってきた袋を渡す鋼斗。

 

「お父さん? これは……」

「荷物になると思うけれど持っていっておくれ。母さんが急いで用意してくれた物だから」

「うん。分かった」


 なんとなく温かい気がする袋を大切に抱きしめ、鋼夜と瑠璃、そして鋼斗は準備が出来たと言うように蓮華達へ頷いて見せた。

 再び集まる蓮華達。彼女の手にある玉は強い光を放ち、刻まれていた魔紋は大地へに影として映っていた。全員がその影に収まるように立ち、蓮華が更に魔力を流し込めば、影はしっかりとした魔法陣へと変化していく。


「行ってくるね」


 蓮華のその言葉を合図とするように、魔法陣が強く光り、彼女達の姿を隠した。


「行かれたか」

「ああ」


 光が収まり、彼女達が天界へと向かった事を確認したマルク達は暫くの間、静かな空を見上げていた。

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