抜刀
つけられていると少女が気づいたのは、賑やかな通りを二、三度往復した頃だった。
動物連れは……と、本日何度目になるか分からない宿泊不可の台詞を聞き、自分達は森で寝ると言って聞かない清華と雪華をなだめながら歩く少女の足は、徐々に人気のない所へと向かっていく。
一先ず話だけでも聞こうという判断なのだが、後をついてくる人物達はそうではないのか、足音が騒がしい。
町中で刃傷沙汰は、と躊躇う少女と対象的に、迷いが無いらしい相手によって距離がどんどんと詰まっていく。
仮にも王国兵なのにその煩さと焦りようは無いだろうと、隠れている疾風が溜息を吐いた。
「……姫さん」
「うん。分かってる」
町外れ、と言うよりは最早森の入口といえる場所で立ち止まり、少女達は足音の主達を視界に入れる。
其処には、鎧ではなく、鮮やかな緋色を基調にした軍服を来た兵士達が立っていた。
少女達の行動次第では抜刀も辞さない。という強い意志の現れか、彼らの手は一様に腰につけた剣に伸びている。
「くだらない」
ボソリと呟かれた言葉に、若い兵士が反応する。
恐らく先輩に当たるのだろう、彼より少し年上に見える兵士がそれを諌め、少女に挑発するなと目で訴えた。
先に仕掛けてきたのはそちらだろうという意味を込めて睨みつければ、兵士達の手が少しだけ剣から離れる。
「……私達に何か御用でしょうか?」
ただ困ったように、少女は兵士達を見つめているが、雪華と清華がその横で臨戦態勢を取っている為、空気はピリリと張り詰めてる。
「き、貴殿が紅姫殿か?」
兵士の中で一番年上らしい男が、自分や仲間達を鼓舞するように吠える。
数滴飛んだ唾を見て、距離を取っておいて良かったと安堵した少女は「そう呼ばれている人間です。と認めたら、どうなるのでしょうか?」と兵士に尋ね返した。
不満げな瞳に宿る光が、ギラギラと輝き恐ろしい。
兵士達もそれを感じ取っているのか、長い間を置いて抜刀した。
「ええ……いきなり抜刀する? 普通」
「適当に理由はつけると思いますよ。普通は」
「清華の言う通りです。第一、まだ陽があるというのに堂々としすぎです。町人なり、旅人なりに見られたら、明らかに不利になるでしょうに」
呆れ返った様子で答える雪華と清華に、ローブの中で疾風が「全くだ」と同意する。
「そうだよね……それで、一体何の御用でしょうか? 皆さんのお世話になるような真似をしたつもりないのですが」
取り敢えず、と兵士達との距離を縮めながら問えば、彼らは明らかに動揺した。
それは、彼女達が本当に何もしていないという証でもあり、彼らが抜刀した理由を未だ探しているということだ。
適当に罪状を述べられると思っていた少女達は、そんな兵士達の姿に思わず脱力する。
「御用が無いのなら、失礼してもよろしいですか?」
このままこの場を去っても良いのだが、それこそ「逃亡罪」という濡れ衣を着せられてはたまらない。
彼らのことは後でマルクに伝えるとして、まずはこの場から去るのが定石だろうと考えた少女は、溜息を誤魔化すように再び兵士達に尋ねた。
「に、逃げるのか!」
「逃げるも何も……抜刀される理由もなければ、皆様と斬り結ぶ理由もありませんので……」
「そちらにはなくとも、此方にはある!」
「ならば、その理由をお教え下さい」
押し問答になる覚悟を決めて問い返す少女。
やれやれ。と言いたげな雪華と清華が、少女の肩と足元に座ろうとしたその時、町の方から大きな悲鳴が聞こえた。
「……清華」
「少々お待ちを」
反射的に返事をしつつ、届く音に神経を集中させる清華。
聞こえてくる悲鳴の隙間を縫い、原因を見つけ出す。
「……森から争っている熊と蜘蛛が出てきたようです」
「そう……さて、どうなさいますか?」
少女の言葉に、兵士がピクリと動く。
このまま互いに睨み合うか、人々を助ける為に背を見せるか。
兵士達は分かりやすく悩む。
その様子に「迷っている場合か」と小さく呟いた疾風は、キュッと少女の太腿に巻き付いた。
「……そうね。行きましょうか」
悩む兵士の脇を抜け、少女達は町へと戻り始める。
その様子に一人の兵士が「何処へ行く!」と声を張り上げた。
「何処へ? 決まっているでしょう。町に戻るの。己の責務を忘れた貴方達の相手なんてしていられないのよ」
「貴様、それは我らへの侮辱だ!」
「侮辱? 己が果たすべき責務を忘れ、民の命と己の保身を秤に掛けた者が何を言っているの? もう一度、士官学校からやり直しなさい」
怒りに任せ肩を掴んできた兵士の手を軽く捻り地に伏せると、少女は一目散に走り出した。
「雪華、清華」
「「はっ」」
「先に町へ。判断は任せる」
「「仰せのままに」」
返事だけを残し、二匹は空と地を駆ける。
「なぁ、姫さん」
「なに?」
「後で不敬罪ってことでやりあうことにならないか?」
「なるでしょうね。まぁ、その時はその時、今は人命第一だよ」
少女は迷うこと無く宣言すると、逃げてきた人の波を避けるように屋根へ登る。
下から聞こえる幾つもの声を無視し、少女はただ騒ぎの中心を目指して駆け出した。