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拝み屋

 フィラル国王都フォティアから人間の足で七日から十日程山道を行った先にある町。

 それが、「レホスベル」という町だ。

 山と森に囲まれた自然豊かなその場所は、農業や酪農が盛んであり、その新鮮な野菜や加工品を求め多くの旅人や商人がやってくる。

 王都とは違う、のんびりとした空気に癒やされる者も多いのだが、今の少女達には関係の無いことだ。

 フード付きのローブをしっかりと着込み、顔と共に疾風を隠した少女は、清華達と共に足早に市場を進む。

 商品を売る者、宿屋を宣伝する者、土産に悩む者や今日の夕食を悩む者……様々な声を聞きながら歩を進めれば、その賑やかさとは対象的な、全くと言っていい程人の声が聞こえない通りに出た。

 住宅街か何からしいその場所を歩きつつ、路地裏などにも目を凝らす。

 死者を弔う事が主な仕事である拝み屋はその仕事の性質上、あまり目立った場所に店や看板を出しはしない。

 地元の人間に聞かなければ分からないような場所に在ることも珍しくはなく、旅人の多くは仲間が黄泉路を渡った際には教会で弔って貰う事の方が多いくらいだ。

 だが、それはその地に根を張らずに生きてきた者だから出来ることであろう。

 現に故郷に帰った後、拝み屋に再度弔いを依頼する者が後を絶たない。


「なぁ、姫さん」


 ローブの中に隠れていた疾風が、フードの隙間から顔を覗かせる。

 念の為、とフードの裾を掴み彼の姿を隠した少女は「何?」と小声で尋ねた。


「こいつら、あんな森の奥深くに隠れ住んでいたってことは、龍族だろう? 種族は分からないが……姫さんが弔ってやった方が良いんじゃないか?」

「随分今更だね、疾風」

「いや、だってよ。拝み屋みつからねぇし……天界兵の奴らを弔ってやる必要があるのか、毎回不思議なんだよ。俺としては……金も掛かるし」


 疾風の言葉に、反対側の肩に乗っていた雪華が、複雑そうな顔をして頷いた。

 清華も思う所があるのだろう、そっと少女の手に自分の頭を擦り付ける。


「まぁ、疾風が言いたいことは分かるけど……でもさ、それとこれは別だと思うんだよね。天界兵の弔いは私達が彼らと同じような人間にならない為の戒めというか、何というか……まぁ、人の振り見て我が振り直せ、みたいな? 龍族の弔いをしないのは、私の立場がそれを赦さないだけだよ。私は、長じゃないもの」


 少女の言葉に、疾風は物言いたげな目をしたまま再び姿を隠す。

 雪華と清華も顔を見合わせるとそれ以上触れないことにし、拝み屋の看板探しに専念する。


「……姫様、あれでは?」


 雪華が翼で示す先。

 それは、気を抜けば見落としてしまうほど小さな看板だった。

 一般的な看板は、その店が何屋なのか分かる記号の他に店名等が大きな木の板に掘られているが、拝み屋の場合はその記号だけだ。それも、両方の手の平を合わせているだけの簡素なもの。

 よく見つけた。と雪華を褒めつつ、人気のない、薄暗い路地へと入る少女達。

 近くに薬草屋か何かがあるのか、周辺の空気は全て独特の香りを纏っている。


「清華、大丈夫?」

「……はい」


 明らかに元気を失ったと分かる清華の頭をワシワシと撫でた後、少女は目の前にある古びた木戸を叩いた。

 ゴンゴンと鈍い音が響き、返事の代わりに扉が勝手に開く。

 崩れかけたバランスを取り直しつつ少女が中に入ると、木戸はバタンと大きな音を立てて閉じた。


「怪奇現象体験館かよ」


 路地裏同様、薄暗い店内を見回しながら、疾風は毒づく。

 拝み屋を利用する度に聞かれるその呟きになんの反応も返さず、少女はぼんやりとランプが灯っているカウンターの前に移動する。

 用があるなら鳴らせ。と言わんばかりの小さなベルを鳴らせば、ギッギッと床が鳴り、小柄な老婆が姿を見せた。


「こんにちは」

「おお、いらっしゃい。龍の姫」

「あら、貴女も私を知っているの」

「ええ。よく存じておりますよ……それで、私は彼らを弔えば宜しいので?」


 老婆の言葉に頷き、袋を手渡す少女。

 中でカランと骨がぶつかる音がした。


「随分と……ああ、小さな龍もおりましたか。口惜しいでしょうな。己の主を護る事が出来ず……」

「そうね。それで? 私のことは誰から聞いたの? 最近は何処の拝み屋にもお世話になってはいんだけど?」

「ああ……それは、それは……そんな怖い顔をしなくて良いのですよ。龍の姫。私の妹が雷扶らいふにて拝み屋をしておりまして……龍の姫が、そこの王鷹を捕らえ、紅姫こうきという呼び名を得たと」

「成る程。貴女達のことだから、何か特別な魔法でも使っているのかと思ったわ。何処に行っても同じ顔、同じ姿、共有されている情報……正直、誰が誰だか分からなくなる」

「若い頃はそれなりに違っておりましたよ。年を取れば、皆一様に似るのです。同じ、血を分けた家族ですからね」


 ゆっくりと孫に言い聞かせるように告げる拝み屋に、少女は納得のいかない顔をしたまま頷いた。


「では、龍の姫が納得して下さった所で始めましょうかね」


 ゆっくりとカウンターから出てきた老婆は、少女達を連れ、黒い布で仕切られていた部屋へと移動する。

 そこにあるのは、大量の供物が乗った祭壇だった。

 拝み屋はその中心に骨の入った袋を置くと、正面に座り居住まいを正す。

 少女達もその後ろに行儀よく座ると、拝み屋の祝詞に合わせ、頭を下げ、手を合わせた。


「……有難う御座いました」


 弔い言葉が終わり、袋を受け取った少女は、改めて老婆に頭を下げ、金貨の入った袋を渡した。

 小さな袋ではあるものの、それはずしりと重い。

 老婆はそれを両手で大切そうに受け取ると中身を確認し、困惑した表情で口を開いた。


「龍の姫、これは多い」

「口止め料、とでも思って下さい」


 少女はそう言うと、骨の入った袋を光の中へとしまい、疾風をローブの中に隠すと木戸を開けた。


「それでは……お世話になりました」


 もう一度丁寧に頭を下げ、少女は店を出る。

 シンと静まり返った店内。

 老婆はもう一度祭壇に向かうと、彼女達の為に祈りを捧げた。

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