3.お気に入りのクツ
〇街歩き2日目
ミーンミーン…ジィージィー……ミーンミーンジィージィー……
今日も元気一杯な蝉の声に起こされる。
身体を起こし、窓を開ける。
昨日の昼から降り出していた雨は今朝までにやみ、窓を開けると夏独特の湿気と暑さに襲われた。
「あっつい……」
思わず声が出た。
部屋の壁にかけている時計の針は9時の少し前を指している。
窓の外を見ると空は見事な青空で、蝉の大合唱の中に波の音が混じって聞こえる。
「なんかいいかも……」
昨日は気にならなかったが、波の音はとても落ち着く。
こうして1日中ぼーっとするのも悪くないが、私には今日予定がある。
マリンと昨日の街案内の続きをするのだ。
昨日、マリンからメールが来て、今日の10時ごろ潮美神社の前で待ち合わせになっている。
「さてと……」
少し早めに家を出ようと思い、準備を始める。
昨日は街を歩き回ると思わなかったのでサンダルで出かけていたが、今日は歩くのをわかっているのでまだ片づけていない引っ越しの段ボールからスニーカーを取り出す。
このスニーカーは高校に入る前から履いている私の一番のお気に入りだ。
玄関に持っていこうと部屋を出て階段を降りると、妹の夏佳が居間に居た。
「ハルねぇおはよう」
「ん~おはよう」
「ねぇ、ハルねぇ昨日どこかに行ってたの?」
夏佳がそう聞いてくる。
「ナツには関係ないでしょ~」
答えてもよかったが、説明が面倒だったのでそう答えた。
「えぇ~教えてよぉ~」
ナツ(夏佳)はどうしても知りたいらしい。
このままだと一日中聞かれそうなので、私は正直に答える。
「新しい学校を見に行ったのと、たまたま会った同じ学校になる子と街を歩いてたの」
「いいなぁ~ナツも街を探検したい!」
「また今度ね。今日も出かけるから」
「ナツも行っていい?」
マリンならいいと言ってくれそうだが私の気分が乗らないので、
「今日はダメ。また今度連れてってあげる」
「えぇ~ハルねぇのケチ!」
駄々をこねるナツをよそに私は玄関へ向かう。
玄関に靴を置き、冷蔵庫にあるお茶を水筒に入れ、机の上に作り置かれている朝ご飯を食べると時計は9時半を指していた。
そろそろ出るといい時間だ。部屋に戻り鞄を持ち玄関に向かう。
「ナツ~行ってくるから」
声をかけても返事がない。まだ機嫌を損ねているのだろうか。
返事を待っていても意味はないのでそのまま外に出た。
太陽が容赦なく光を浴びせ、身体中が熱を帯びる。
青い空がずっと向こうまで広がっていて、雲は白く輝いている。
「やっぱり暑い……」
太陽とアスファルトの照り返しで熱を上下から受けながら私は潮美神社へ向かった。
潮美神社の近くまで行くと、鳥居の前に人が見えた。
きっとマリンだろう。
向こうもこっちに気づくなり、
「お~いハル~!」
と、私の名前を呼びながら手を振ってくる。
「マリン。おはよう」
「おはよう。ハル。今日もあっついね~!」
マリンは顔の横で手をパタパタと扇ぐ。
「ホント。暑いね……」
ここまで来るのに15分ほど歩いたので身体中はすでに汗が出ていた。
「街を案内する前にちょっと涼んでいこうか」
マリンはそういうと歩き出す。
私も慌ててついていく。
「ハルはさ、兄弟とか居るの?」
並んで歩くマリンからそう聞かれた。
「うん。中学2年の妹がいるよ」
私はそう答える。
「妹がいるんだ!私も中学2年の妹がいるんだ。一緒だね!」
マリンにも妹がいて、どうやらナツと同い年らしい。
「同い年ってことは、夏休み明け同じ中学校になるのかな?」
以前、高校に編入する話になった時、この街には中学と高校は1つずつしかなく、街のほとんどの学生が同じ学校になると聞いていた。
「たぶん同じ学校になると思うよ!せっかくだし、次はお互い妹も連れてきて一緒に会おうよ!」
マリンはそう提案してくれた。
私もナツも、夏休み明けにこの街の学校に転校する。私とマリンのように、学校に入る前にナツにも友達ができると心強いと思ったので、
「うん。是非。妹も友達がいた方が心強いと思うし」
喜んでその提案に賛成した。
次に会う予定などを話しているうちに、シオマートが見えてきた。
シオマートに着くなり、マリンは店の中のりゅうじぃに向かって、
「りゅうじぃ、かき氷ちょうだ~い!」
そう叫ぶ。
店の中にいたりゅうじぃは、
「おぉ、マリンちゃん。そして……春乃さん……やったかな?いらっしゃい。かき氷の味はなんにする?」
「私はメロン!」
マリンは元気よく返す。
「ハルはどうする?」
店前にあるメニューを見て、
「じゃあ私はレモンで」
「はいよ~」
そういうと、りゅうじぃは冷蔵庫から大きな氷を取り出し、かき氷機にセットすると、勢いよくハンドルを回した。
フワフワとした氷が下の受皿に積もっていく。
「はい。お待たせ」
りゅうじぃは店前のベンチに座った私たちのもとへ運んでくれる。
皿にたくさん盛られたかき氷は200円という安さで、この街の子供は暑くなるとみんな食べに来るのだそうだ。
「いただきま~す」
私とマリンは声を合わせて食べ始める。
暑さで火照った身体にかき氷は染み渡った。
あっという間に食べ終わり、お会計をすましてシオマートを離れる。
「よし!街案内再開~」
そういうとマリンは歩き出す。
「今日はどこに行くの?」
そういや、まだマリンから行き先を教えてもらってないと思い尋ねる。
「内緒~」
マリンはフフッと笑ってそう言った。
「えぇ~教えてよ~」
そんなマリンにつられ私も笑ってしまった。
目的地に着くまで並んで歩きながら、色んな話をした。
都会の便利さについて、この街の不便さについて。都会でのファッションやオシャレの話はマリンも興味深そうに何度も私に尋ねてきた。
「ハルのその靴もオシャレだね~!」
オシャレの話をしている時にマリンは私の靴を褒めてくれた。
「ありがとう。お気に入りなんだ。この靴はね――。」
私は、なぜこの靴が気に入っているかをマリンに話すことにした。
私はこの靴がとても気に入っている。デザインも私好みだし歩きやすい。だけど、私がこの靴を気に入っている一番の理由はきっと思い入れがあるからだ……。
この靴は、2つ前の学校――。私が中学3年生だった頃に、学校で唯一の友達であったユウナと一緒に選んだ靴なのだ。
中学2年の終わりごろにその学校に転校した私は、友達ができずに悩んでいたが、ユウナはそんな私に声をかけ仲良くしてくれた。
いつも一緒で、ずっと昔からの友達だったようなユウナとは、よく遊びや買い物にも行っていた。
悩みを相談しあったり、時には喧嘩もしちゃったり。でも2人の関係が崩れることはなかった。
3年生になって、お互い一緒の高校に行けらたいいなと思っていた矢先、私の転校が決まった。引っ越しの数日前、私はユウナと最後の買い物に出かけた。
そして、その買い物のときにこの靴を見つけた……。
色違いが何色かあり、何度も私に履かせては脱がしを繰り返し、私に似合うこの色をユウナは選んでくれた。
私のために一生懸命選んでくれるユウナ。私は本当に嬉しかった。
だからこの靴はずっと宝物にしよう。その時そう決めたのだ。
大まかになるが、要点を抑えてこの靴の話をした。
「なんか……すごくいい話だね……」
マリンは優しい顔で微笑んでくれる。
でも……この話には続きがある……。
私は一瞬話すべきか迷ったが、そのまま話続ける――。
引っ越し当日、見送りに来てくれたユウナと最後の別れになったとき、ユウナは泣いてくれた。
何度も転校を経験しているが、泣いてくれた子はユウナがはじめてだった……。
せっかく仲良くなっても、お別れになってしまえば意味がないということ。
本当に仲良くなった友達との別れがこんなに悲しく辛いということ。
私はその時はじめて知った……。
私はユウナを泣かせてしまった。
私はユウナに悲しい思いをさせてしまった。
そんな自責の念で、友達付き合いが苦手になっていく自分がいた。
そしてだんだん、こう思っていくようになった。
「友達なんていらない」
……と。
友達にならなければ、もう誰も悲しい思いをせずに済むと……。
唯一心残りなのは、ユウナとはあれだけ毎日メールや電話をしていたのに、離れてしまうと何を話していいかわからなくて、結局、連絡を取らないまま疎遠になってしまったということ……。
なぜ、こんな話をしてしまったのだろう。
今は楽しい時間のはずなのに。
「マリンごめん。こんな話しちゃって……」
私は申し訳なくなって謝る。
「いやいや。謝らないで。そんなことがあったんだね……」
さっきとは打って変わって落ち着いたトーンでマリンは話を聞いてくれた。
話に夢中になっていて気づかなかったが、どうやら丘をずっと登ってきたらしい。
そして、細く緩やかな坂道が終わり、最後は少しの階段のようだ。
「行こっか」
「うん……」
階段を登りきると、そこは……。
展望台になっていた。
東屋が眺めのいい場所に建てられていて、それ以外は芝生の広場になっている。
私とマリンは東屋の方に行き、ベンチに座った。
海が、空が、街が、この街の全てが見える。
「キレイ……」
思わず私の口からそうこぼれていた。
「ねぇハル」
「うん?」
「ユウナさんに連絡してみない?」
「えっ?」
「私がね、もしハルとこの先お別れする日が来たとしても、疎遠にはなりたくない。距離が離れていても友達でいることに変わりはないんじゃないかな?」
「でも……私はユウナに悲しい思いさせちゃったし……」
「そりゃ、お別れした時は寂しくて悲しくなるかもしれないけど、そのあと疎遠になるのはそれより何倍も悲しいんじゃないかな……」
私の中に衝撃が走る。
私はなんてひどいことをしたのだろう……。
ユウナは友達だというのに。
自分勝手な都合で疎遠にしてしまった……。
そう思うと涙が出てくる。
止まらない。止まらない――。
「マリン……どうしよう……私……」
マリンはポンと私の頭に手を乗せる。
「今からでも遅くないよ」
そういうとマリンはベンチから立ちあがり芝生広場になっている方に歩き出す。
ユウナに連絡しろということなんだろう……。
ポケットから携帯を取り出し、ユウナの連絡先を表示する。
そして、通話ボタンを押した……。
プルル……プルル……プルッ
「もしもし……ハル?」
2コールとちょっとで電話が取られた。
「もしもし。ハルだよ。久しぶり……元気にしてた?」
それから何分ほど話しただろうか……。
お別れしてから2年以上たっていたが、2人の関係は何にも変わっていなかった。
今、こうして連絡をしているのは、新しい街でマリンという子に出会えたからだと説明した。
そして、話はお別れした日へと近づき、
今まで連絡しなかった理由。そして、もう友達なんていらないと思ってしまったこと。
そして、ユウナと疎遠になってしまったことが心残りであったことを話した。
それを聞いたユウナは私にひどく怒った。そして、それ以上に今連絡してきてくれているのが嬉しいと涙を流しながら話してくれた。
ユウナは元気でやっているらしい。これからも連絡を取り合おうと約束をして通話が終わった。
通話が終わったと感じるとマリンが近づいてきた。
「どうだった……」
マリンが尋ねる。
「マリンに言いたいことがあるって……」
私は神妙な面持ちでそう伝える。
「えっ何!?」
マリンの顔に緊張が走る。
「ハルをよろしく!だってさ……」
「もぉ~びっくりさせないでよ~!」
マリンに笑顔が戻った。
「よぉ~し!ユウナさんに負けないぞぉ~!」
マリンは海に向かって叫んだ。
その声は、どこまでも届きそうな気がした。
願わくは、遠く離れたユウナにも届いてほしい――。