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1.世界を変える水しぶき

〇朝、夏休み、初登校

 

 遠くに波の音が聞こえる。

 この街に越してきてから初めて迎える朝は蝉の鳴き声に起こされた。

「春乃~は~る~の~!」

 妹の夏佳が私の名前を叫びながらドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえる。

 やがて音は止み部屋のドアが開けられる。

「ハルねぇ起きた?」

「起きてるよ」

「お母さんと買い物に行くけど、ハルねぇも来る?」

「私はパス」

 この後特に用事は無いが気分が乗らないので私はパスした。

「えぇ~ハルねぇ来ないの?」

「気をつけていってきな~」

「はーい」

 夏佳はしぶしぶといった感じに部屋を出ていく。

 夏佳を乗せた車が走っていくのを見送り、私は小さく伸びをした。

 時計の針は9時を指していた。窓の外には青い空と海が少し先に見えている。

「今日はどうしよう」

 時間を持て余した私はそう呟いていた。。。

 

 世間の学生達が夏休みの始まりに胸躍らせる頃、私はこの街で暮らすことになった。

 この街は、海があり自然が多く、都会生まれの私には何もかもが初めての経験だった。

 昨日は引っ越しの片づけに夜までかかったのでまだこの街をよく知らない。

 時間もあるので今日はこの街を少し歩いてみようと思った。

 

 秋からこの街の高校に転校が決まっているので、まずは下見がてら見に行こうと思い、私は学校へと足を向ける。

 海沿いを少し歩き、その先の丘の上に高校はある。朝とはいえ焼けるような日差しを浴びながら歩き、学校へとついた。

家から学校まで歩いて20分といったところか。

夏休みの学校はすでに部活をしている学生で賑わっていたが、まだ転校してきたわけではないので学校に立ち入ることはしなかった。

「帰ろう……」

 特にすることもないので私は家に帰ることにした。

 遠くに波の音が聞こえ、耳元では蝉が騒がしく鳴いている。夏休みが終わればここで新たな生活が始まるのだ。

 楽しみな気持ちもあったが、内心は不安でいっぱいだった。

 

 前の高校に入学して夏休みを迎える前に転校が決まった。父が転勤族のため小学校、中学と幾度も転校は経験してきた。

 仲良くなった友達とのお別れ、仲良くなることすらできずにお別れ。そんな繰り返しの学生生活だったなと思う。

 そんなお別れの寂しさや悲しさからか、最近では友達付き合いが下手になっているような気がした。

 自分も、相手も傷つかない方法。友達なんて必要ない。最近はそんなことを自分に言い聞かせている。

 だから、夏休み明けの転校にも期待はしていない。どうせまた、この街を去る日が来てしまうのだから。

 そんな気持ちとは裏腹に、空は晴れ、抜けるような青空が水平線まで広がっていた。


〇砂浜に描く一歩


 来た道を戻るだけだが、街をゆっくり見るために、行きより少しゆっくりと歩く。丘を下る途中に前方に見える海の輝きに私は目を奪われた。

「学校から海が見えるなんて、ちょっといいかも」

 海を見ることも少なかったせいか、海を見ると少し心が躍る。

 少し寄り道して行こうと思い、砂浜を少し歩いてみた。太陽が海に反射してキラキラと輝いている。

 夏の砂浜は照り返しもありとても暑かった。砂浜から海にせり出すコンクリートの波止場についた時には、汗をかき身体は火照っていた。

「少し休もう……」

 そう思い波止場の先へと歩く。砂浜から10数メートル先の波止場の先端に腰を下ろすと海からの風が心地よく感じた。

 

 波の音が聞こえる。遠くで海鳥が鳴いていて、真上には突き抜けるような青い空。振り向けば青々とした山が見える。どれもが私に干渉することなく、ただ自分の存在を主張している。

 一人でいる時間が多いからだろうか。こうして自然の音や景色に気持ちを委ねているとき心がとても落ち着く。

 本当は、秋からの転校や新しい街での暮らしに不安を覚えていた。でも今は、自分一人の世界に浸り、考え事も何もかも忘れられる。私は心地のいい時間を目一杯楽しんでいた。

 

 自分一人の「世界」に浸っていたが、この「世界」は私だけのものではなかった。

 

 心地の良さから私は目を閉じる。何も見えなくなっても、音、香り、そして色が鮮明に瞼に映る。

 さっきと少し違うのは、響く足音があること。

 波の音で気づかなかったが、私のすぐ後ろに足音が迫ってきていた。振り向むこうとした時には、私の横を何かが走り去っていた。

 状況を理解する前に目の前に上がった水しぶき。

 波止場の先に座っていた私にも水滴は遠慮なく降り注ぐ。

 何かが落ちた。

 いや、誰かが飛び込んだのだ。

 時間にして数秒だろうか。頭の処理が追い付かず一瞬の出来事なのに長く感じた。

 

 水面に飛び込んだ誰かの顔が上がってくる。

 ウェットスーツに身を包んだ女の子だった。顔はよく日焼けしている。歳は私と同い年くらいだろうか。その女の子が申し訳なさそうに話す。

「ゴメンなさい!濡らしちゃったね。。。」

「ううん。大丈夫。ちょうど暑かったし」

 実際、冷たくて気持ちよかったので私は怒ることはなかった。

「私は波多真凛。高校2年です。マリンって呼んでね」

「私は竹原春乃。私も高校2年です。ハルって呼んで」

「ハルは初めて見る顔だけど、どこに住んでるの?」

「最近隣町に引っ越してきたんだよ。だからこの街は初めて」

「そうなんだ。どうりで見たことなかったんだね。私はこの海岸沿いの家に住んでるの」

 そういうとマリンは波止場についている梯子を使ってあがってくる。

「ウェットスーツに濡れた身体はとても重そうに見えたが、マリンは平然と梯子をあがる。

「ねぇハル。この後時間ある?」

 唐突にマリンは尋ねる。

 この後特に用事もなかったので、

「うん。大丈夫だよ」

 私は短くそう答えた。

「じゃあさ。この街案内してあげる!」

 マリンは屈託のない笑顔を私に向けた。

 素直に「ありがとう」その言葉だけでいい。

 だけど私には、すぐにその言葉が素直に出てこなかった。

 

 いつからだろうか――。

 誰かと楽しく話すことがなくなったのは。

 転校ばかりで友達ができず、一人で居るのがが楽だと思ってしまったのは。

 誰も傷つけないように、自分から歩み寄ることをやめてしまったのは。

 全部誰かのせいじゃない。自分で考え、そうしたことだ。

 

 初めて会ったというのに、笑顔で歩み寄ってくれたマリン。

 だから今、目の前にいるマリンと仲良くなりたい。そう思っているのに、いつかくるかもしれないお別れが怖くて踏み出せない。

 だから今も、素直に言葉が出ず、こんなことを頭の中で考えてしまう。

 

「ん?ハルどうしたの?やっぱり時間なかった?」

 

 でも――。今は不思議な気持ちだった。

 歩み寄ることが怖くても、歩み寄られることはとても嬉しいことではないかと。

 一人より、二人のほうが楽しいのではないのかと。

 

 マリンなら。マリンとなら――。

 そう思うと心の奥から波のように言葉は押し寄せる。

 

「ううん。ありがとう。行こう!」

 私は笑顔でそう返した。

「よし。じゃあ決定!」

 そのままマリンは波止場の先から砂浜の方へと走り出す。

 

 来るときは1人分の足跡だった。でも今は、前を行くマリンの足跡も砂浜に続いている。

 今までの私ならこの足跡に背を向けていたのかもしれない。

 でも、今は違う――。

 もっとマリンと仲良くなりたい。そう思えたのだから。

 海風が吹き、背中を押してくれる。

 寄せては返す波音が声援をくれる。

 

 本当に不思議な出会いだ。この街と、マリンとも。

 新しい街に期待はしていなかった。今朝までは、さっきまでは。


「ハル~はやく~!」

「今いくよー!」

 

 私は一歩踏み出した――。

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