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ボーイ・ミーツ・ガール! -8-

 結局、放課後までこの調子が続いた。この二日間で俺、男子にどれだけの敵を作ったんだ。

「はーちゃん、帰るよ! いつまで突っ伏してるの!」

 恵が俺を揺さぶる。

「わかったわかった、エリゼも待ってるか?」

「うん、というよりも今ははーちゃんと一緒の方がいいでしょ?」

 確かに、その通りだ。どこから例の白マントが現れるのか分からない以上、俺が常に戦えるようにしていないといけないだろう。

「それじゃ、行くか」

 俺は立ち上がり、鞄を持つ。ふと恵の顔を見ると、なにやら不安そうに俺を眺めている。

「――恵、もしも奴が来たら、エリゼを連れて逃げてくれ」

 恵は顔を伏せ、昨晩見せたような複雑そうな顔をする。

「うん、わかってるよ」

「……悪い」

 俺は理由もなく、ただ謝ってしまう。ううん、と恵は首を横に振る。

「はーちゃんが大怪我しなければ、あたしはいいよ。もう、あの頃とは違うんだから」

 懸命に笑顔を作っていることが伝わってくる。申し訳なさが胸に迫り、罪悪感に苛まれそうになる。

 思わず俺は首を撫で回す。どのみち、やらなけらばならない事は一つだ。

「安心しろ。こんなの、さっさと終わらせるさ」

 白マントと対話して、エリゼの意志を伝え説得しなければ。成功するかどうかは分からないが。

 校門を通って、敷地の外に出た途端に殺気が強くなる。これは間違いなく白マントのものだ。何も学習していないのか。何だか逆に感服してしまう。

「恵、エリゼ、寄り道するぞ」

 俺の表情から状況を察したのか、エリゼと談笑していた恵は覚悟を決めたように口を真一文字に結ぶ。

 俺は担いでいるバットケースからいつでも木刀を取り出せるように、神経を尖らせていく。エリゼは不安げに俺を見ている。

「いいか、俺が合図したら恵と逃げてくれ」

 俺の言葉に、エリゼははっとする。今朝にも「話をしてみたい」と言っていた矢先のこれだ、エリゼ本人としては納得がいかないのも理解出来る。

「ですけど」

「エリゼちゃん」

 俺が言うよりも先に、恵がエリゼを制する。手を掴まれたエリゼは恵を見つめると、顔を伏せる。

「ボクは、あの人と」

「俺が」

 エリゼはゆっくりと顔を上げる。

「俺が、伝えておく。エリゼ、お前の願いを」

 約束したんだ。何とかすると。

 ――男に二言はない。ゆっくりと気を引き締める。エリゼは、決意したように頷く。

「ハヤトさん、どうか無事で」

「死ぬつもりはないさ」

 不敵に笑ってみせたが、微妙に不安になってきた。

 お化け公園の周りは相変わらずひっそりとしている。音を立てているのは、葉を揺らしているお化け公園の木々のみだ。

 俺は一呼吸おくと、恵とエリゼの方を向く。

「今だ、恵、エリゼ」

 恵は小さく頷くと、エリゼを引っ張って走り出す。

 白マントの行動は早かった。走り去ろうとする恵とエリゼに向かって、飛び降りるような形で襲ってきた。

 得物は昨日と同じく、鉄パイプのようだ。俺はすぐさま、木刀が入っているバットケースで、相手を殴りつける。

 空中で姿勢を変える事が出来ないまま、白マントは木刀をもろに受け止め、地面に転がり込む。

「はーちゃん!」

 恵が叫ぶように俺を呼ぶ。

「さっさと逃げろ!」

 すぐに立ち上がった白マントを、取り出して構えた木刀で制しながら、俺は振り向かずに言う。

「俺をぶちのめしてからにしろっつったよなあ?」

 白マントは仮面の奥で舌打ちしたような音を出すと、鉄パイプを投げ捨てる。すると、おもむろに腰に手をかけ、何かを引き出す。

 金属の薄い板が、同じく金属製の筒を通る音。おいおいおい、まさか。

「……マジか」

 白マントが引き抜いてきたのは、細い直剣だった。白銀の刃が、沈みつつある日光に照らされて鈍く光る。

 装飾らしい装飾は一つもなく、まさに兵士が持つもの、といったような具合だ。

 白マントは躊躇い一つ見せず、俺に切っ先を向けて突進してくる。すんでの所で横に跳び切っ先を逃れるが、そのまま白マントは剣を横に振る。

 木刀で受け止めて斬撃を凌ぐ。木刀は刃を受け止める。鉄が仕込まれていてよかった、と思うことはこれ以上にないだろう。

 何の工夫も凝らされていない木刀だったら真っ二つに折られ、もう使い物にならなくなっていたかもしれない。

 白マントは剣を木刀から引き抜き、再び刃を俺にぶつけようと振りかぶる。後ろに跳び、剣戟をかわす。

 しかし、白マントは一歩踏み込み、返す刃で再び俺を斬りつけようとする。俺は再び後ろに飛び退く。

 気付くと既にお化け公園の中に入り込んでいた。公園前の道路よりは広いが、逃げ場らしい逃げ場はない。

 あの時は鉄パイプだったから良かったが、コレばかりはマジでやばい。とにかく、この木刀で戦うしかない。

 俺は木刀を構え、相手を見据える。ゆっくりと近付いてきた白マントは、再び切っ先をこちらに向け、突進してくる。

 ぎりぎりまで引き付けて、今だ。そのまま俺は横に避け、勢い余った白マントの後頭部に木刀を打ち据える。

 木刀とはいえ、鉄棒が仕込まれているからか、つんのめったように相手は前に倒れ込む。しかし、踏ん張って耐えた白マントはすぐさま俺に迫り、直剣を振るう。

 俺は咄嗟に木刀で剣戟を凌ぐ。俺が直剣の刃を弾くと、その勢いを利用したかのように白マントは一回転し、再び俺の体を刺し貫こうと切っ先が真っ直ぐに突っ込んでくる。

 鋭利な刃が俺の体に届く前のぎりぎりの距離で、木刀の刃を直剣の横に滑らせ、白銀の刃の軌道を逸らす。

 白マントはすぐに逸らされた切っ先を、まるで木刀に絡ませるように俺の懐へ潜り込ませる。無理矢理直剣の刃を絡めとり、そのまま頭上に上げる。

 相手が木刀から逃れて直剣を振り抜く前に後ろに跳び、距離を取る。この様子じゃ、大したダメージを与えられていないのだろう。

 くそ、この木刀じゃ少し苦しいか。

 俺は木刀の切り傷を見る。細い線のような傷の奥が、微かに光った気がした。いや、まさか。そんな虫のいい話があるものか。

 白マントはこちらの考えている事など露知らず、飽きずに突っ込んで刃で俺を切り裂こうとしてくる。

「ちくしょう!」

 木刀の柄と刃を握り締め、引き抜くように右手を上げる。いぶし銀の刃が白銀の刃を受け止め、振り抜いた俺の腕の動きに合わせて白マントを跳ね除ける。

 その刃は、まさに日本刀のそれだった。峰の紋様は複雑に妖しく光り、鈍い光を放つ刃は曇り一つなく輝く。まるで、この瞬間を待ちわびていたかのようだ。

 鉄の棒は鉄の棒でも、日本刀なんて聞いてないぞ! 俺も俺でどうして今まで気が付かなかったんだ!

 しかし、これで五分の戦いだろう。俺も実刀を持っている事が分かり、不用意に突っ込む事ができなくできなくなったはずだ。

 俺はゆっくりと白マントの周りを歩く。白マントは俺の動きに合わせ、直剣を構えたまま俺の方を向いていく。

 ぴりぴりと痺れるような殺気が、俺の体を駆け巡る。ただの喧嘩では決して味わう事のない、差し迫った緊張感。

 俺は刀の刃を、既に鞘と化した木刀にしまう。相手は俺が納刀するや否や、まるで体に染み付いているかのように切っ先を俺に向け、突っ込んでくる。俺が無言のうちに降伏したと見たのだろう。

 目を閉じ、集中力を刹那の間に練る。俺の意識の奥で、何か縛り付けていたものが一つ、外れるような感覚がした。

 目を見開き、左手に持っていた鞘から刀を引き抜き、大きく斜め上に振り抜く。

 いわゆる居合い斬りをもろに受けた白マントは、両手で構えていたはずの直剣を弾き飛ばされ、大きな隙を見せた。

 チャンスだ!

 俺は助走を付けて、相手の腹部に蹴りを当てる。まるで、仮面ライダーのような飛び蹴り。

 やはり、金属製の腹当てでも付けていたのだろうか、その感触はとても硬い。昨日のように殴り飛ばそうとしていたら、またいらない怪我をしているところだった。

 後ろに吹き飛んだ白マントは、そのまま地面に倒れ込む。直剣は白マントの遠くに弾き飛ばされており、他に白マントが何らかの武器を持っていなければ、鎧を着込んでいる以外は丸腰だろう。

 俺はゆっくりと白マントの元に近付くと、仮面に切っ先を突き付けた。

「……どうした。止めをささないのか」

 仮面の奥から響いてきた声は、俺の予想に反して、凛とした鈴のような声だった。

「止めをさすつもりはないんだ」

 俺は依然として切っ先を突き付けたまま、白マントに答える。白マントは鼻で笑ったかのように息を吐く。

「甘い奴だ。よくそれで、魔王の護衛なぞやっていられる」

「エリゼは……魔王は、対話しようとしている。お前ら、天界の連中と」

 俺の言葉に、白マントは大きく笑い出す。まるで、出来のいいジョークを聞いたようだ。

「対話!? 魔王が!? 天界と! 片腹痛い!」

 やはりエリゼが言っていた通り、魔界と天界には大きな隔たりがあるのだろうか。それこそ、出会って五秒で殺し合い、のような。

「あいつは本気だ」

「寝ぼけた事を。我らと魔界の連中は、本気で殺し合っている」

 仮面の奥から、顔色を覗きこまれているような気がした。それこそ、試されているかのような。

「だからこそ、だ。エリゼは終止符を打ちたがっている」

 ほう、と白マントは感心したようにため息を漏らす。

「貴様は、あの弱腰魔王に余程心酔していると見える」

 ふざけるな。怒りを呑み込んで、ゆっくりと聞き返す。

「弱腰魔王?」

「こちらが送ってよこした刺客に、慌てふためいて逃げたのだろう? 膨大な魔力も泣くな」

 確かに、エリゼは奇襲した天界の衛兵から逃れるため、「こちら側」に来たのだ。天界の連中からしたら、弱腰に見えなくもない。だが――。

「あいつは、誰も傷付けたくないだけだ。ただただ、優しすぎるだけだ」

 エリゼは、魔王として、一人の魔界の住人として、誰も為しえようとしなかった事を見据えているんだ。

 俺の言葉に呆気に取られたのか、白マントは押し黙る。

「――そんな輩が、あの魔王の座に就いていると?」

「あいつの目は嘘をついてない」

「腑抜けた野郎だ」

 白マントは仰向けに倒れたまま、やれやれといった調子で首を横に振る。

「それ故に、私に天界へ帰れと?」

「エリゼに、俺の友人に危害を加えて欲しくない」

「魔王の勅令か?」

 白マントの言葉で、ふとエリゼの顔が脳裏に浮かんで消える。勅令? 違う。

「俺の願いだ」

 仮面に空いた、細い穴をじっと睨みつける。白マントは、まるでにらめっこでもしていたかのように、小さく笑い出す。

「面白い。明日、この場で再び相見えよう。次は容赦しない。貴様が勝てばその暁には、私は貴様らの前を去ろう」

 白マントはゆっくりと立ち上がる。俺が未だに突き付けている刀の切っ先を尻目に、直剣を鞘に収めてお化け公園を去っていった。

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