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ボーイ・ミーツ・ガール! -6-

 朝の五時ぐらいならば、この季節は特に暗いわけではない。俺はゆっくりと起きると、バットケースの中に木刀を突っ込み、音を忍ばせながら外に出た。

 ゴールデンウィークも過ぎ去っており、特別寒いという訳ではない。お化け公園に向かう。

 木刀を振り回せる場所は、そこ以外に心当たりがない。あそこならば、普段誰も近寄る事はないし、ある程度の広さがあるし。

 入り口から公園に踏み入ると、相変わらず不気味に伸びた木々が出迎えてくる。微風のはずだが、かさかさとなる葉音が大きい。

 これも、皆が近寄らない理由の一つだ。風が強くないはずなのに、大きい葉音。言われてみれば、確かにお化けか何かが出そうな雰囲気ではある。

 近くの木の根元に、木刀を取り出したバットケースを放り投げ、木刀を構える。あの時は丸腰だった。もし、白マントから鉄パイプを奪い取る事が出来なかったら、不利な戦いを強いられていたかもしれない。

 何らかの準備をするべきなのだろう。ただ、相手は再び鉄パイプで襲いかかってくるんだろうな。木刀じゃ少し心許ないか。

 いや、この木刀には鉄の棒が仕込まれている、とあの人は言っていたような気がする。もう振るう事はないと思っていた木刀を使って虚空を切り裂く。

 突如右手に走る痛みに顔をしかめる。そういえば、怪我しているんだった。包帯が丁寧に巻かれた右手をじっと見つめる。

 ふと、恵の「あの頃とは違う」という言葉が脳裏に浮かぶ。

「あの頃、ねえ」

 思わずぼそりと呟く。若かったから、なんてのは言い訳にならないだろうな。世間からしてみたら、今でもまだまだ若輩者だろうし。

 俺は軽く右手を振ると、再び木刀を握り直す。あの頃に比べたら、このぐらいは怪我していないようなものだ。

 木刀を振るう度に、鈍っていた感覚がじわりじわりと戻ってくる。自ら鍵をかけて、意識の奥底に封じていたはずの感覚だ。

 やっぱり、一年やそこらじゃ意識の隅に追いやるのは難しいらしい。木刀の空を切る音が徐々に鋭くなってくる。

 頭では忘れていたつもりでも、体には染み込んでしまっていたようだ。

「ハヤト、さん」

 不意に聞こえた声。咄嗟に振り返ると、そこにはエリゼが制服姿で立っていた。

「起こしちまってたか」

 ふう、とため息をつきながらエリゼに笑顔を向ける。エリゼはぺこりと頭を下げて会釈すると、とてとてと俺の元に駆け寄ってくる。

「朝早くから特訓、ですか?」

「まあな」

「昨日も充分に強かったですけど」

「向こうが本気じゃなかったかもしれないし」

 それに、昨日の白マントは金属製の胴鎧を着込んでいた。あれがなかったならば、相手の速さに翻弄されてしまっていたかもしれない。エリゼは苦笑し出す。

「な、何だよ?」

 俺には、エリゼが笑い出した理由が見当つかない。

「いえ、武人みたいだなって思って」

「武人、ってなあ……」

 そこまで仰々しいものじゃないと思うんだがなあ。

「それに、また奴が来るかもしれない」

「仕留めるつもりですか?」

 なかなかに物騒な質問だ。

「すげえ事訊くな」

「あ、いや、あの、そういうつもりじゃなくて!」

 エリゼは慌てた様子で目を忙しなく動かす。

「――もしかしたら、話したらわかるかもしれない、って」

「話したら?」

 はい、とエリゼは頷くと、視線を足元に落とす。

「魔界と天界は、古くから闘争を繰り返しています。最早、戦う理由が何だったのかも分からないくらいに。ボクは、意味がないと思っているんです。魔王になったら、この戦いを終わらせようと考えていたんですが……」

 エリゼはため息を漏らす。なるほど、その矢先にここへ迷い込んでしまったのか。

「まあ、その、何とかするさ。約束する」

 約束する、とは言っても、現状ではどうしようもない。どうやって来たかはともかく、どうやって戻るかが分からない。

 この世界でも魔法が使えたのならば、すぐにでも戻ることが出来るのだが。

「……はい」

 エリゼは俺に向かって微笑む。心が小さく痛んだ。魔法が使えず、魔界に戻ることが出来ない今の状況に、普通ならば泣き出してしまっても仕方がないはずだ。

 それに、向こうで自らがやらなければならない使命を意識しているならば尚更だ。

 俺は、力不足だな。

 思わず、唇を強く噛み締めてしまいそうになる。

「……そういえばさ、魔界の住人と天界の住人とで話をした事がないのか」

 ふつふつと湧き上がる、無力感故の罪悪感を押し殺して、俺はエリゼに訊く。エリゼは苦笑する。

「殺し合いが始まっちゃいますからね」

 怖い。俺が考えてた以上に殺伐としてるな。そしてしれっとそんな事を言うエリゼもエリゼでちょっぴり怖い。

 だが、昨日の白マントの必死さを考えると、合点がいった。話をするまでもなく、敵意を剥き出しに突き刺してくる白マントは、まさにエリゼを殺すつもりだったのだろう。

「やっぱり、異質な考えなのか? その、魔界では」

 エリゼは身じろぎせず、黙り込む。返答を聞くまでもないようだ。

「――そうか」

 まあ、長い間殺し合いしている相手と対話しようだなんて、普通は考えないよな。

「優しいんだな、エリゼは」

 いいえ、とエリゼは首を横に振る。

「この魔力を、殺しに使いたくないんです」

 エリゼの目は遠くを見つめていた。どこにあるのか分からない、故郷の魔界を眺めているようにも見えた。

「魔界では、魔力が強い魔族が魔王に就く事になるんです。ボクは、前例がないくらいに魔力が強いらしくて」

 魔力の調整が上手くいかないのは、その強すぎる魔力が故なのだろうか。水が溜まったホースのノズルのように、軽く押したつもりが半端ない水流になってしまうような。

「ボクは、この力をもっと別の、戦う以外の事に使いたいんです」

「……」

 正直、戦うエリゼの姿が想像出来ない。この世界に迷い込んで数日、借りてきた猫のようにおとなしく、その強大な魔力を垣間見る事も出来ないのだから。

 それに、衛兵から逃げてきた、とも言っていたし。いまいち、魔力の強さのみで魔王を決めるというシステムに納得がいかなかった。

 しかし、現にエリゼは天界の衛兵に命を狙われている。それこそがエリゼが魔王である証明であるのだろう。

「魔力が強すぎて、天界からの衛兵を瞬殺しそうだから逃げてきた、みたいな?」

 半ば冗談のような調子で言ってみる。だがエリゼは遠くを見るような目のまま、ばつが悪そうに笑う。

 え? ちょっと待って? え? ……嘘?

「お恥ずかしながら」

 マジだった! マジなんかい! 怖っ!

「……何かごめん」

 冗談のような調子で話すようなことでもないだろう、と今になって後悔してしまう。

「謝る事じゃないですよ」

 エリゼは俺を見て微笑む。ひとまず怒っている様子ではないので、こちらも申し訳なさで力なく微笑んだ。

「でも、魔力が強すぎるみたいで。魔界でも、友達って呼べるような人がいないんです」

「そうなのか……」

 あまりにも強過ぎて、同族からも警戒されてしまうパターンか。あまりにも哀しいし、共感してしまう部分も少なからずある。

「ボク、自分で友達を作るのも夢なんです」

「俺と恵は、違うのか?」

 思わず、エリゼに訊いてしまう。エリゼは不満そうに頬を膨らませて、俺を睨む。

「自分で作りたいんです! ボクから『友達になろう』って声をかけたいんです!」

 まるでわがままを言う子供のようだ。内容は切実だが。

「そ、そうか」

 そんなこだわりがあるのか。

「だから、あの天界の人と、出来れば友達になれるようになりたいです」

 正気か。あいつ、エリゼの命を狙っているんだけど。普通、自分の命を狙っているやつとは友達になろうだなんて思わないものじゃないのか。

「魔界と天界が世界規模で話し合えるように、まずは個人規模でも仲良くなりたいんです」

「ああ、そういう事か」

 しかし、ならば。エリゼのその願いは、どうすれば実現するのだろうか。白マントをただ、エリゼの前に引きずり出すだけでは意味がない。

 エリゼが言うように、すぐに何らかのいざこざが起こるかもしれない。いや、一方的に白マントの方が襲ってくるだろう。

 それに、話し合えるような状況になったとして、エリゼはともかく、白マントがなんと言うかも全く分からない。

 ならば、とりあえず現状維持か? いや、それじゃ何も変わらない。

 もやもやとした考えを拭えぬまま、木刀を振り続けたが、木刀と同じく思考も空を切るだけだった。

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