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6年目

作者: 作倉由佳




ばたんと拒むように激しくドアを閉めた。

閉められたドアの隙間から漏れる光は鋭い。



暗い部屋の中で私は彼の言葉を反芻していた。

息が乱れてうまく酸素を取り込めない。

胸を手で抑えてゆっくり息を吸った。



いきなりだった。

わからなかった。

気付かなかった。

そんなことを思っていたなんて。



ずるずるとへたりこんだ。

暗く狭い部屋の中で何も考えることができずに。



さっきの出来事に現実味は未だ帯びず、ぼんやりしてたけど、段々と悲しくなってぐしゃり頭を掻く。

どうしてこんなことになったの、いつから彼は考えていたの、なんてぐるぐる蝉問答が続く。


何も考えたくなくて。突きつけられた気持ちから逃げたくて。

彼が扉を開き、嘘だと言ってくれる。

それを少しの間待った。





まぶたを抑えても抑えても涙は止まらない。


私は泣き虫で、なのにハンカチを持つ習慣は持っていなくて。

だから彼がハンカチを持ち歩いてくれていた。


いつも私が泣き始めたらポケットからハンカチを取り出して、

「君のせいでいつも左のポケットは使えない」って笑いながら涙を拭いてくれた。

私はそんな彼に甘えていた。




さっき彼は言った。


「もう、君の我儘にもついていけない。」

私に好きだと言った口で、情熱的に私を見つめた目で彼は告げた。


私は唇が厚くて、だから彼の薄い唇は好きだった。

私はつり目で、だから彼の下がった目じりや優しげな眼差しが大好きだった。

逃げるように私は彼を思い出していた。


それでも今、私の好きな彼が、好きな彼の姿のまま私を拒絶した。




涙はとめどなくこぼれる。





思い返すことなく体感していた。

今日の彼はいつもと違っていた。



今日は5年前、私と彼が初めて出会った日だった。


新入生のためのオリエンテーションだとかで大学に向かった新1年生の私は、ひとつ年上の同級生とたまたま最寄り駅が被って学部学科まで被っていた。

私と彼はそんな偶然から出会った。

私に彼は大きく見えて、頼れる存在で、今でもそうだ。



それからこの日。

彼と初めて出会った4月1日は同じ服を着ている。


クリーム色で裾がふわりとした長袖のワンピース。

気温の関係で羽織るものは毎年違ったりするけれど。


毎年着ているのは彼と今年も仲良くいられますようにってお願いしているみたいなもので、初詣で神社に行ったときに健康長寿を祈るような、そんなものだった。


彼は毎回私の格好を見て「懐かしいな」って目を細めてくれた。

あの頃とは若さが違うからいつまでもは着られないけど。

それても彼のワンピースを見る目線の先に5年前の私が映っていると思うといつもすごく嬉しくて。

忘れてもらわないように来年もがんばって着ようと、毎日体型の維持に励んでいた。




最近忙しそうな彼は家に帰るのも遅く、なかなか私と連絡を取る余裕がないみたいだった。


昨日の夜は会えると連絡が来て、無理だとすっかり諦めていた私は緊張で眠れなかった。


おかげで今日は寝坊した。

ドタバタしながらそれでも久し振りに会うんだし彼のためにって、念入りに時間はかかりながら身なりを整えて彼の家まで走ってきた。



あ、そっか、この貴方のためにっていう言葉が彼は嫌だったのかな。


遅れた私に冷たい目を向けた彼は、今日の私の格好を見ても何も言わなかった。

変わらず冷めた瞳で私を迎え入れた。





不思議と惹きつけられる目をしてた彼は、最初から人気者だった。

最近は一つ下の女の子と仲が良かったみたいだし。


私のことが嫌になっても仕方ない、よね。


ずっと私が彼から好かれているなんて自信はなくて、よくわがまま言って彼の様子を確かめていた。

前はそんな私を見て、信じてくれるまで待つよ、なんていってくれてたけど。




ふう、と息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

気付けばアイシャドウが袖にべったりと付いてて驚いた。

色の目立たない上着を羽織ってきてよかった。


膝に手をついて立ち上がると、長いこと座ってたのか足が少し痺れてよろめく。


時計を見ると、もうお昼の12時を回っていた。



のどが渇いた。おなかもすいた。

朝は何も食べてきてない。

もうリビングに戻っちゃおう。


彼はまだいるのかな。

もしかして、どこかに行ってしまったかな。


泣き喚いて部屋に逃げ込んだから開けづらいな、なんて恥ずかしく思いながらそっと耳をそばだてる。


物音はしなかった。



控えめにドアを押して顔をのぞかせた。

光が眩しくて目を細める。




椅子に座っていた彼は勢いよく振り向いて

瞬間、笑顔で私に近づいたかと思うと




見間違いかもしれないけど。







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