マイ・パーフェクト・メイドロイド
なんであなたはっ、どうして完璧なわたしを作ってくれなかったんですか……?
・・・
ここはとある有名喫茶のチェーン店。俗世間に知られているところの、メイド喫茶って言えば通じるだろうか。そう、そこに腐れ縁の友達と二人でまったりと、未だ慣れない大学生活の諸々を喋り合っていた。
暦上まだ春というのに外は暑く、冷たいものが恋しくなってくる季節。僕は甘い物が好きで──なんといっても王道の生クリーム系には目がなく──注文をするためにボタンを鳴らす。
ポーン、とそっけなく聞こえた後、メイドが来て。確か、可愛らしく注文を取り終えて戻っていった時のことだ。
「そういえばよ。今〝メイドロイド〟ってけっこう流行ってるらしいじゃんか」
と、例の如く話が変わった。急に話題がすり変わるのが彼の喋りだ。
「あぁ。まあまあ見るよねそういうの。一部のネットの住人の間じゃそれなりに──」
「さっきの気がついた?」
「へ?」
どうやらついさっき注文を受けに僕らの席に来たメイドは……アンドロイドだったらしい。
僕がメイドロイドについて知ってるトピックはそう多くない。
まだ中坊だった頃、だから五年くらい前の話だったか。それまで一部でしか運用されていなかったアンドロイドがついに一般社会に溶け込み始めるという事で、企業はその前線に切り込んでいったんだけども、それが介護業界よりも飲食サービス業界だったという妙な話。
特に世のオタクカルチャーに精通している、メイド喫茶なんかを展開する飲食サービス企業がその女性型のアンドロイドを積極的に取り込んでいって、一時は革新を巻き起こす勢いで人気と注目を集めていた。
のだけど。ここからが更に変な話で、どうやら飽食なオタク達からの視線は、ギークな社会にありがちな一瞬のピークを境に下落。結果張り切っていたメイド喫茶チェーン業界は、投入したアンドロイドを全て無かったことにして、僕らの雇用は少しだけ増えた……で結局のところ人間様を騙すのはまだ早い話で、介護業界は利口だったってこと。
────だったハズだけど。
彼曰く、再び試験的に接客をやらせているらしいんだ。
「ってな感じでさ、今日の本題なんだけど──」
「まだ本題じゃなかったんだ」
「まあまあ。今本題にしたんだけどね。実はな、そういうツテがあってだな。…………メイドロイドを作ろう」
ちょっとだけ間が空いて、僕は答える。
「──作る……って、その。……あー、アンドロイドを!?」
「そそ」
同じく理工系の大学に進んだ彼は、そのお世話になっている先輩が入っている研究室の、なんだかよくわからないツテを握っていて。それで今回の、簡単に言えば一人で作るのは気が引けるから一緒にアンドロイドを作ろう誘いを、拙い僕にしてきたという訳だった。しかも代金諸々は全て向こうが負担するから、無償だと云う。
趣味といったらアニメや映画鑑賞くらいの、まあオタクで──だからこんな所にもいる訳であって──、大学も今はそんなに忙しくない──というか孤立している様な──寂しい僕にとって、なんだか怪しい話ではあったけど、友人の誘いを断る理由もなかった。
寧ろなんか好機とも思ったくらいで、だから僕は「いいよ」と返事をして、笑顔の彼の話の続きを聞くことにした。
◆
作るのは思ったよりも何故か簡単に済んでしまった。
それも、その友達のツテというのが偉大なツテだったらしく、送られて来たのは出来上がっているボディと、初期設定に使うソフト各種で、僕らがする事と言ったら、その簡単な初期設定くらいだったのだから。
工作中は僕はもう大学生だというのに、ウキウキが止まらなかった。
初期設定は大まかに言えば、そのアンドロイドの性格をどうするかということだった。性格は幾つか項目があって、それもご丁寧に、この趣の方々に分かり易いようにしてくれていて、《ヤンデレ設定》とか《ツンデレ設定》とか、そんなノリだった。少し迷ったが、僕は《ドジっ娘設定》にする事にした。
ちょっと考えものだったのは、ボディの扱いで。はしたない事は断じてしなかったが、少し意識してしまったことには情けなく感じた。
考えてみれば、これは物凄い事なんだ。彼女いない歴が年齢の僕にとって、二次元で欲を処理している僕にとって、男女の関係なんかとは程遠いこの僕にとって。非力で、頼りなく、特にイケメンでもなく、陰キャラで、鬱気質て、コミュ症で……リアルの女性とどうしても隔たりを作ってしまう僕には、どう考えても、今後どう人生が転がったって、あることはないハズの出来事なのに。
そんなことを思いながら、黙々と作業を続け、気がつけば日が昇っていたりなんて事もあった。
・・・
服装なんかも買い揃え、そして起動の日を迎えた。
まるで本当に人間のような細かな、人工繊維で出来ているボディのうなじには、小さなプラグが付いている。そこにPCからコードを挿して、後はよくあるソフトのインストールみたいな手順で起動させる。こういうのには慣れっこだったから、出会いは唐突だった。
全ての作業が終わり、顔をモニターから可愛らしい人形の方へと向ける。
胸が動き、呼吸をしだす。それは確かな〝呼吸〟だった。まぶたが見開き、瞳が姿を見せる。それは確かな人の仕草だった。こっちを向いて、そして────。
「あなたが、わたしのご主人様ですか?」
喋った。
僕は既にこの瞬間から、きっとおかしなことになっていたんだと思う。
これが僕と、彼女との細やかな出会いとなった。
◆
どこにでも在るようなアパートの一室に僕と、僕の世話をしてくれる新たな住人が一人。初めは僕の方も彼女に下手に気を使ったりしてて、たどたどしい生活だったけど。もうそれが当たり前になった頃、日々の人生は信じられないくらい、本当に輝いてるものになってた。
内心調子に乗って、彼女に料理を作らせた時は酷かった。メイドロイドと言われるくらいだから料理くらいはできるよね、と思い込んで確認もしなかったのもまずかった。
でも気にする事じゃなかった。ドジっ娘とはそういうものだから。
作っている最中の「あわわっ」とした仕草。彼女にも味覚があって、できたご飯のような物を一緒に食べた時の、あまりのメシマズさに自分で作ったのに顔をしかめる様子。見てて確かに癒された。
そこに書いてあるのに、こんな失敗もした。あの〝混ぜるな危険〟を混ぜようとした時の話。
「もしや……」と思って止めに入って、高圧的に全力で阻止して彼女の身がすくんで、そして注意して。やろうとしていた事の深刻さをやっと知った時の「ごめんらさい!」っていう、謝ってるけど舌が回ってない言葉。ホッとして、僕のメイドのドジさ加減に、微笑んだ。
物を壊してしまう事なんてよくあった。
ガスコンロの取っ手が抜けて少しの間ヤカンの火が消せなかったこと。部屋に湧いた虫に殺虫スプレーをかけたら、ルーターにかかってネットが少しの間使えなかったこともあった。これは僕も怒った。壊してはないけど、締め切り間近のレポートに汲んでもらったコーヒーをぶっかけられたのも良い思い出ってやつなのかもしれない。でもこれも僕はカンカンになった気がする。僕の物なんか結構な頻度でなにかしら壊れてたんじゃないかな。
休日になって近場の遊園地やモールに出かけた先では、彼女はよく迷子になった。
大抵は探して見つかるものなんだけど、放送で呼んでもらったこともあった。引き取るために、迷子センター的な所に赴くこともあって、恥ずかしくって、でもなんだかんだ楽しんだ。
そんな仄々とした出来事だけじゃなくて、気が滅入ることも幾つかあった。
大学の友人──といっても好ましくない人達──に何故か僕が彼女と、アンドロイドと暮らしているということが明るみになった時は苦痛でならなかった。
僕は弱いから、その後やさぐれて何週間か大学をサボった。大学に行かないから、昼もずっと彼女といて、僕はなんだかむしゃくしゃして強く当たってしまったこともあったと思う。でも彼女はずっと側にいてくれて、僕は大学に復帰する事もできた。良い意味で吹っ切れて、メイドがいてくれて……幸せに感じた。
彼女をかばって、僕がしくじって怪我をしちゃった時は、二人とも悲しんだ。転んで岩で足を切って、何針か病院に行って縫ってもらったような怪我だったけど、そんな僕を彼女は付きっ切りで看病してくれたんだ。
どんな時も彼女は僕に「ごめんなさい」ってシュンと謝っていたけど、そんな彼女の愛らしさは何より僕を救ってくれていたんだと思う。そう────どんな時も。
◆
三年目の冬。それは突然、そう。突然だった。
「なんで、どうして……こんなわたしを作ったんですか?」
こんなことを彼女は聞いてきた。今までそんなこと、聞かれたことがなかった。僕はある友達からアンドロイドを作らないかという誘いを受けて、自分で設定して……という語り尽くせる限りの事を話した。
突然こんなことを聞いてくる彼女に、ほんの少しの、気に触る事もないくらいの違和感を覚えたからだ。
僕のメイドロイドは僕が話している最中ずっと、隠しきれてない様な顔付きをしていた。でも、思えばそれはいつもの事だったんで、僕はそこまで気にはしなかった。
・・・
大学から帰って、それは玄関を開けた時の事だった。
いつもとは違った。彼女は僕を出迎えて来ない。扉を開ければ、そこには僕のメイドさんがにこにこ可愛らしく「おかえりなさいませ」と言う姿が見える。でも今日は違ったんだ。
僕は冷たい廊下を進み、部屋のドアに手をかけて。そして開けた。
────そこには僕のメイドさんが、首をくくって天井につら下がっている光景が見えた。
死んでいた。その時の顔は、よくは覚えていない。
◆
ここは、いつか来た事があるメイド喫茶のチェーン店。嫌みな友人たちが就職の話題持ちきりになっていた頃、僕は腐れ縁の友達と二人で駄弁り合っていた。
僕の甘い物好きに衰えは無く、注文をするためにボタンを鳴らす。ポーン、とそっけなく鳴った後、メイドが来て。そう、ささっと注文を取り終えて戻っていった時の事だ。
「そういえばあのメイドさんの調子はどうよ、元気してる?? ほら、アンドロイドの」
「あぁ。そうだね……うん。元気、だよ。変わりなく」
そっけなく答える。
「ただ────」
「んっ?」
いや────。
「ドジっ娘って最高だよな」
「ナンだよ急にさ。あっそうだ! もう一体いる? なんならまた手を打ってやってもいいんだぜ」
「そうだなぁ、考えておくよ」
◇
机の上には、手紙が置いてあった。彼女のだ。
そこにはこう、書いてある。
ご主人様へ
本当にごめんなさい。わたしはもう耐えられないのです。
わたしの不備を。あなたへの迷惑を。
なんであなたは、完全なわたしを作ってくれなかったんですか?
どうしてあなたは、欠陥品のわたしを作ったんですか?
「…………わかってないなぁ」
そう、思いつつ。僕はそこも含めて、最高のメイドなんだと満足した。
了
どうもこんにちは。
ここへの初投稿がこんな短編ってちょっとアレだなぁ……って今更ながら思ってます。
って言っても。こういうストーリー、好きなんですよね。
世にもナントカな物語調といいますか。蚊に刺された程度にダークで、後味の悪い感じ。いやあ好きです。
だからあえて微妙な展開や表現にしてみたりとか、なんとなくキッチリと書かなかったりとかチャレンジしてみました。
そんな自分の好きな物語で『小説家になろう』に初投稿できた事に、なんだかちょっぴり嬉しくなってきちゃいました。といっても、自分の好きな物しか書きませんが……あれっ、矛盾?
少し心残りなのは自分の文章能力にあまり自信が無いことで。文法とか結構気を使ったんですけどねぇ。
何かそういった点で気に食わない箇所がありましたらドシドシお伝え下さい!
はてさて。いかがでしたでしょうかな──。