No.27 記憶の水底
出されたお題を元に、一週間で書き上げてみよう企画第二十七弾!
今回のお題は「車」「吐息」「拳銃」
2/23 お題出される
2/28 だいたい固まって書きはじめる
3/1 が書いてみたら全然話が違った方向へ
3/2 約1時間の遅刻で投稿
どうしてこんなお話になったんだ?
物心ついたころからの疑問が僕にはある。
他の人より物覚えが良く、頭のいい子がいく幼稚園に行き、学歴の着く小学校へ上がり、今に至る。しかし、持ち前の頭の良い同級生たちがひらめきや思考の柔軟さで問題を解くのに比べて、僕は……そう、答えを“思い出している”かのような感覚に襲われることが有る。
答えを知っているはずもないのに、答えを知っているかのような既視感、デジャヴを体験してきたが故に、今いるセント・ダンピール校に僕が居ることが、とてもズルをしているような気分になる。
そして……あのよく見る夢だ。あまりに現実味を帯び過ぎたその夢が、僕の胸を締め付けてやまない。
僕の手はしわしわで、自分の足腰の動きにくい感覚から、自分が年老いていることがわかる。紅葉が散る並木道を歩いている。地面に黄色と赤とが絨毯のように降り積もり、尚も舞い散り積もっていく……美しい光景だ。そんな美しい場所で美しい人、“君”と腕を組んで……もう自分が長くないという事が、このロマンチックな空間に不釣り合いな鼻への管が教えてくれる。お互いにここまで色々な事を乗り越えてきた。隣に居るおばあちゃん……彼女が僕の妻であるという事を僕は“覚えている”。そう、僕は、一度人生を終えているはずなんだ。
きっと僕は、前世を覚えてる。だから、こんなにデジャヴで学校の問題とかが解ったり、現実味のある夢を見たりする。……そう思ってた。
「エヴァンス! ローグロイ・エヴァンス! 聞いているのか!?」
「あ、ああ、はい、すみません!」
「まったくお前という奴は最近授業を聞いていないな? いくら優秀だろうとな……」
見慣れた教室で、僕はどうやら白昼夢の中に居たらしい。口うるさいことで有名なジェイク先生がくどくどと何かを言い続けている。その小言を聞き流しながら、僕は横目で窓の外を見た。灰色に似たコンクリートジャングルが広がり、無機質なセント・ダンピール校の敷地が見える。なんてことの無い見覚えのある風景。
……いや、学校の敷地の外に、またあの車が居る。赤の大型ワゴンカー。あの車をどこかで見た覚えがある。……なんだったか。
「どこを見ているんだ、話しを聞きなさい! エヴァンス!」
ジェイク先生の怒鳴る声で目線を車から逸らした隙に、赤の大型ワゴンは居なくなっていた。
帰りは家の人が迎えに来てくれるのが、現在せんと・ダンピール校のトレンドだ。なんでも、通学路で誘拐事件が有ったのだとか。確かに小学生であれば心配だろうし、同時に自身の家柄、財力、我が子への愛情をステータスとして見せるには良いのかもしれない。優秀な学校に子供を入れることが、セレブたちの間ではトレンドらしい。
かくいう僕の家もまた、学校内では、家柄は上から数えた方が早い裕福な家だ。
財閥の御曹司、という事になるのだろうか? 曰く、祖父の一言で世界の数パーセントの金が動くのだとか……ばかばかしいレベルのセレブらしい。そのことで嫉みや妬みからいじめにも会っていたが、中身が大人の僕をいじめても楽しく無いようで、いじめっ子たちは離れていった。……というより、自分では気づいていないがわりと物事すべてを冷めた目で見ている節があるらしく、友人はほんの一握りどころか、一つまみしか居ないのが現状だ。それを寂しくはないと言えば、確かに嘘だ。だが、僕の精神年齢が、他の子を遠ざけているのだから仕方がないと言えば仕方がない。
ともあれ、予想に反せず一人で下校、親の車、ずいぶんと高そうなスポーツカーに乗り込む。
「ただいま戻りました」
「ああ、お帰り」
運転席には僕の“母”が乗っている。サングラスをかけて綺麗なドレスを着て、高級そうなアクセサリーを身に着けて運転する。他の家の親と変わりない。ごく一般的な……セント・ダンピール校の生徒の親だ。
「お仕事はよろしいのですか?」
「はは、学校の感覚が抜けないの? かあさんにはそういう固いので言わなくていいのよ。ああ、それと、おじい様が来てるわ。後でご挨拶なさい」
「……うん。解った」
とはいえ、この人以外にも、僕の頭の中には母が居る。
僕が50を超えた頃、一番下の息子が大手の新聞広告の会社で昇進が決まった頃、父が事故で無くなり、母は追うように体調を崩して逝った。
青空が綺麗な、澄み渡る様な晴天の見える病院だった。オレンジのカーテンが柔らかな色彩をして、人の死という物を、その悲しみを慰めるように揺れていた。妻は母の死を悲しんでくれた。僕の元へ嫁いできたころは、嫁姑の関係がうまくいかずにほぼ毎日喧嘩していたが、ある時を境に、強盗に襲われ体に不自由のある僕より、彼女は母を頼るようになっていた。女の友情というのが芽生えたのだと、妻は言っていたが……本当に母を大事に思ってくれていたらしい。
その記憶が有って、その時の妻より若い女性を母と呼ぶのにいささかの抵抗が有った。とはいえ、この人の子供でもあるのだ……難しいことだし、この人から僕への愛は偽物じゃない。だからそれに極力答えようと、僕は良き息子を演じることがたまにある。
「どうしたの?」
「……何が?」
車を運転しながら母が僕に言う。
「ずいぶんと思いつめた顔。また白昼夢に居たの? 悪い夢?」
「いえ……あー、そう、だね。うん。ちょっと、また夢を見てたみたい」
夢ではないのだろうと思う。だが、夢のような気がする。僕自身、この記憶が正しいとは思えない。だが、嘘ではない。そんな気がするのだ。
僕は母に聞いた。
「かあさん。僕は、誰だっけ?」
母は、またなのか、と笑いながら答えてくれた。
「あなたはローグロイ・アイン・エヴァンス。私たちエヴァンス家の末の息子として、私たち夫婦が引き取った養子。でも血がつながっていなくても、あなたは私たち夫婦の息子。あなたのお兄さんお姉さんの弟。エヴァンス家の家族の一員。OK?」
「……OK」
気のない返事が気になったのか、母は車を道路わきに止めて、座席を倒して僕に向きなおる。
「あなたがどんな白昼夢に囚われてるか、昔はある程度聞かせてくれてたじゃない? ねぇ、また話してくれない? ……あなたの夢の話」
「……いいよ。話しても……」
母は、僕の頬をつねってその先を言わせなかった。
「良いから言いなさい。言うだけでも何か変わるかもしれないわ」
「……僕は、“僕に成る前”に、老人だったのを覚えてる……気がする」
「いいわ、続けて。それじゃあ、どんな名前だったとか、憶えてるの?」
「……その辺は、思い出せない。でも、かあさんより年上の妻と二人で……僕が死ぬ直前に、そう、僕らはおじいさんとおばあさんで、公園を散歩したのを思い出してた……二人で腕を組んで……すごく、その……綺麗だった」
「その公園が? それとも、奥さんが?」
茶化す様に笑った母につられ、僕も笑いながら言った。
「どっちも。うん。彼女は、とても……綺麗でかわいい人だった」
母はそれを聞くなり、僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。痛いぐらいに。
そして僕を抱きしめながら言った。
「ねぇ。確かにそういう記憶を持ってることもあるかもしれない。でもね、それはあなたの記憶じゃないのよ……人間はきっと……そうね、きっと、生まれ変わった後は前世の記憶は忘れていくものなのよ」
母の腕はしっかりと僕を抱きしめていた。優しく、落ち着く匂いがする。
「今、あなたはその老人ではなく、私たちの息子なの。忘れろとは言わないわ。だけど、いつか、いつか……私の息子に成って欲しいの。ここには居ないけど、とうさんも同じ気持ちよ」
「うん……ありがとう」
僕は夜中に目を覚ました。月明かりと宵闇が部屋の中を怪しく彩って、庭先の木々の揺れる音が静寂を書き立てている。ふと何かの拍子に部屋のドアが軋みながら自然に開くのが解った。きっとドアをちゃんと閉めて居なかったのだろうが……。
変だ。妻は友人たちと旅行に行っているはずだ。うちには犬猫の類は居ない。下から二番目の息子がドアを開けてたのか? 試しに、下から二番目の息子の名前を呼びながらベッドから寝ぼけながら腕を出してみる。その腕を引っぱる感覚が有る。まったく、いくら喋るのが苦手だろうが、腕を引っぱって知らせる癖を教えてしまったのは失敗だったな。
と思っていた時、部屋のドアが開く。その向うには下から二番目の息子がその丸い目で僕を見ていた。……二番目の息子はそこに居るのか?
では、今ベッドの下には……誰が居るんだ?
突如、目出し帽をかぶった男が僕の口を、右手でふさぐ形で現れる。手には黒い黒い拳銃。咄嗟に、男の右手を力いっぱい噛み、更に不在である妻の枕で男の顔を殴った。男が怯んだその隙に、二番目の息子の元へ駆け寄る。男が発砲する。二番目の息子を抱えて、必死に走った。家を飛び出して、寒い夜の中を走って、走って、走って……
近所でまだ電気の灯る家を見つけて、そこに駆け込んだ。
家の中はパーティーの最中の様で、かすかに酒の匂いがし、色とりどりの電飾がついていた。煌びやかな装飾が緑、青、橙、とにぎやかに主張し、そこへ駆け込んだ場違いなパジャマの男とその腕に抱えられた小さな息子を出迎えた。そして、女性のけたたましい悲鳴が響き、僕は自分の息がなぜこんなに上がっているのかをやっと認識した。数人の男が駆け寄り、僕に無事を問いかける。
僕の腕に抱かれた息子は、僕の血で血まみれだった。僕は撃たれていた。何時の間に? 何処を? 背中に強烈な痛みが広がっていき、同時に息子が気になった。
息子は珠のような汗をかきながら、泣かずに僕を見ていた。ひゅーひゅーと何か言いたげに空気が抜ける音が、その小さな体からする。弾は貫通していた。僕の背中から貫通して、息子に当たっていた。
紅い……紅い……紅い……紅い……紅い……紅い……紅い……紅い……紅い……紅い……紅い……紅い……紅い……紅い……どうして、こんなに紅いんだ。まだ、その子は……ほんの10にも満たなかったのに……ああ、紅い……。
そして、息子はゆっくりと目蓋を閉じた。その頬を紅い涙が伝って落ちた。
僕は薄明りのある部屋で目が覚めた。自室だ。汗をいっぱいかいている。夢……いや、前世の記憶、なのだろう。あの銃での一件が有ってから、“僕”は体に不具合を起こしたんだ。……とにかく、今でなくて良かった。そう思いながら、自分の背中をまさぐった。
大丈夫。僕は撃たれてない。……ああ、でも、どうして、息子が撃たれてしまったんだ。あの強盗は、なぜあの時家に居たんだ。……何もわからない。
安堵の吐息を漏らす僕と対照的に、外は嵐の様で、ガラスを雨が盛大に打ち付けながら、雷鳴が遠くに聞こえていた。
そんな時、部屋のドアが軋みながら自然と空いた。きっとドアをちゃんと閉めて居なかったのだろう……なんだ? このデジャブは?
突如、部屋に差し込む強い光、その時、僕は自分のベッドの隣に、男の人が居るに気づいた。その光は一瞬で終わり、追って雷鳴が盛大に空気を破く音がし、その光の正体が稲光であると分かる。
咄嗟に自分の枕を掴んでその人を殴ろうとした。が、その男は僕の腕と口を強い力で押えて静かに言った。
「大丈夫かい? アイン。ああ、驚かせてしまったかな?」
その人が、僕の祖父であるという事に気づくまで、そう長い時間はかからなかった。
僕は無言で頷いて答えた。
「雷の夜は、どうにも私も落ち着かなくてね」
祖父はそう言いながら、僕の体から離れた。
「いや、夜は落ち着かない。君はどうだい? アイン」
僕は自分の心臓の音を強く感じながら、必死に落ち着かせようと努力しながら答えた。
「そうですね……落ち着きません」
「ああ……こういう時は、誰かと共に居たくなる」
僕は何とか祖父を部屋から追い出したかった。昔から、この人は何か苦手だ。何が苦手なのかは思い出せないが……思い出せない? 分からない、じゃなく?
祖父が僕の顔を覗きながら言う。
「どうしたね? 顔色が悪いようだが?」
「あ、ああ、すみません。その……お気遣いありがとうございます。キッチンへ水を貰いに行ってきます」
祖父は、その特徴的な……噛み後の様な古傷のある右手で、僕の額を触れようとしたが、僕は咄嗟に逃れてベッドから降りた。
「ああ、それと……その」
「何かね?」
僕は迷った末に言った。
「人の部屋に勝手に入らないでください。とても驚きましたから……」
祖父は笑いながら僕の部屋から出て行った。僕はその去っていく後姿を、ただただ見ていた。
それから二日後、我が家でパーティーが有った。庭先を大きく使って、家に連なる者、その友人知人を集めて盛大な野外パーティーが行われていた。立食パーティーの後、家族の思い出のアルバムや兄弟のそれぞれの学校での行事を撮った写真をプロジェクターに出すらしい。
両親はパーティーに付きっきり。祖父も主催としてパーティー会場にずっといるだろう。……僕は、調べたくて仕方が無かった。
祖父の事、“僕”の事、何か分かるかもしれない。何かが……。
僕は祖父の書斎に忍び込んだ。窓の外は何時かのごとき晴天で、青々と澄み切っている。その空の下では笑い声や話し声、音楽が鳴り、にぎやかな空間を作っていた。
その一方で、僕は祖父の書斎の中、何処を探せばいいのか分からずにいた。何かあるはずだが、何を探せばいいやら。
本棚には小難しい本が大量に並び、その隣には家族の写真が写真立てに入って飾られていた。何もないか、と思いながら本棚をなぞっていく。
かなりの時間がたち、外はもう夕暮れになり、パーティーはプロジェクターを囲んでみんなで思い出上映会をしているらしい。ここまで探し続けて、やっとあることに気づいた。重く分厚い本の下に何かが有る。同じ種類の本が並ぶ中一冊だけ浮いている。この下に何かあるのではと思い、本を引っ張り出した。
だが、子供の腕には重く、手を滑らせて床に落とし、大きな音を出してしまった。しまった! と思い咄嗟に本を元に戻そうとする。が、本来の目的を想いだし、本の有った場所を見た。鍵がある。僕は咄嗟にそれを取り、代わりに適当にティッシュを何枚か取り、鍵の代わりに本の下に噛ませた。きっとバレるのは時間の問題だ。だから、ここからは急がないといけない。
僕はその鍵がどこの鍵なのか必死に探した。机の鍵じゃない。壁の金庫の鍵でもない。ベッドの下の金庫でもない。どこの鍵なんだ?
と、同時に、ある冊子を見つけた。薄い冊子が、本棚の後ろの方に横に並べてある。……何だろう? 僕はその冊子を一つ抜き取ってみてみた。
それはアルバムだった。家族の記録などが入っていればと思い開けたそれは……多種多様な人が寝ている写真ばかりだった。家族の写真じゃない。赤の他人の写真だ。場所も様々だ。様々な……人の家で、人の寝顔を撮っていたのか?
と捲っていった最後のページにだけ異質な写真が有った。一枚は祖父と……若いころの祖父と僕の二番目の息子の……寝ている姿。添い寝をして、口を塞ぎながらツーショットをしている写真。
そして、病院の死体置き場らしき場所で……青白くなった息子の口に、まるで恋人にするかのように口づけする悪魔の姿。その写真だけ、丁寧にラミネート加工を施していた。僕が噛みついた右手は包帯に覆われていた。
これが祖父の隠された趣味の記録。……人の寝ているところへ忍び込み、それを写真に収めていたのか。そして……
「そこに誰か居るのか? ログ? お前か?」
父だ。きっと物音に気付いてやってきたんだ。……父には言うか? いや、言ってどうなるかわからない。そもそも、自分の父親が強盗殺人犯だと言われて、息子から祖父の告発を受けて気を悪くしない父親が居るだろうか? しかも証拠は僕の白昼夢しかないというこの状況で。
『血がつながっていなくても、あなたは私たち夫婦の息子。あなたのお兄さんお姉さんの弟。エヴァンス家の家族の一員』
ふと母の言葉を思い出した。
『とうさんも同じ気持ちよ』
そうだ。父を味方に引き込めれば、何か変わるかもしれない。その可能性はある。
だが、部屋の外から更に別の声がする。
「なんだ? 誰か私の書斎に居るのか?」
「ああ、父さん。いいよ。きっと従兄弟の誰かだよ」
「いや、私も行こう」
まずい! すごくまずい! 子供の遊びと片付けてもらえるだろうか? それとも、家から追い出されるだろうか? それとも……それとも……
僕はそんな事を考えながら、冊子を元に戻し、本を元の場所へ押し込んだ。
と同じタイミングで、父と祖父が書斎に入ってくる。
「こら! このいたずら小僧! おじい様の書斎には入るなと言ってあるだろうが!」
「ご、ごめんなさい。その……つい魔が差してしまって」
「だとしてもいつもダメだと言ってあるだろうが!」
叱りつける父を祖父がなだめる。
「そう言うな。秘密にしてあることほど、人は見たくなるものだ。そうだろう?」
祖父は僕の頭を撫でながら言った。……正直、怖気が止まらず、咄嗟に目を逸らした。僕は父に助けを求めるように父の元へ走り寄った。
が、その時、手に持っていた鍵を奪い取られた。
「ん? こら! まったく……ああ、おじい様、すみません。まさか持ち出してるとは……」
そんな! その鍵は……
父は祖父にその鍵を返してしまった。父は気づかなかっただろう……その鍵を僕が持っていたと解った瞬間の、あの冷たい悪鬼のごとき顔で僕を見たことを……
「ああ、全く。この鍵は大事な物なんだよ。はは。いけない子だな」
「本当に……ああもう、おじい様に謝りなさい!」
祖父に謝らせようとする父を祖父はなだめていたが、早々に僕らを追い出したいように見えた。きっと部屋から何が無くなっているか、確認したいのだろう……もう、時間は無い。
父に、写真を見せよう。あの……悪魔が天使の死体にキスしている写真を。だが、部屋には父も残ると言いだした。そして祖父もそれを了承した。これでは写真は見せれない。
僕一人が書斎の外に出され、書斎からは何か話し声がしている。何とかして、祖父の犯した罪と息子の無念を訴えたかったが……父はなかなか出てこなかった。
が、咄嗟に頭の中に一つにイメージが浮かんだ。そして、それが事実なら……まずい。
そして、そのイメージに呼応するように、父は怒りに震える顔で僕を見た。
父が僕の名前を呼ぶより先に、僕は庭に向かって走り出した。背後で父の怒鳴り声がして、何かが耳元で空を切る音がする。振り返る訳に行かない。とにかく両の手でひっかけられる物を引っ掻き倒して、庭に走った。
庭先のプロジェクター、そこが僕の目的地だ。そこにこの写真を出せれば、きっとみんなが解ってくれる! 僕は必死に走った。
だが……背中を何かに強く押され、そのまま押さえつけられた。それが父の足であると気付くまでに長い時間は必要なかった。
「その写真を、どうするつもりだ? ログ、そんなことをしたら、うちの家庭は崩壊だ。解ってるのか?」
「うるさい! 悪魔め! 僕の……あの子を殺したくせに! その死体にキスをして写真に収めているような者を悪魔と言わずに何というんだ!」
「はは、死んでるように見えたのか? あれはな……あれは……とにかく、子供には関係ない事なんだ。良いな?」
そこに女性の声が加わる。
「なにしてるの? 何で踏みつけているの!? 離れなさい! その子から離れて!!」
「いや、待って、待ってくれ。ログがおじい様の書斎から物を持ち出して……」
「だからって足蹴にする親が居るの!? ふざけないで!!」
母だった。母は僕を立たせ、そして、僕の背中から泥を落とした。僕は、一か八か……あの写真を母に見せた。もし母が共犯であったなら……僕はもう終わりだろう。でも、母のこの優しさにかけたくなった。
両親の口論を聞いて、何人かの人だかりができていた。そんな中、僕は母に言った。
「かあさん。見せたいものが有るんだ。見て欲しいものがあるんだ……その、かあさんは、僕の母親……なんだよね?」
「ええ、血がつながってなくても、ね」
後ろで父がうめく中、僕は母に件の写真を見せた。
あれから数か月がたった。
僕の前世の記憶は薄れつつある。きっとこれでいいと思いながら、僕は母の運転する自転車の後部座席に乗っていた。
あの後、祖父の悪行は全て日の元に晒された。どうやら、僕の息子の死体を死体安置所で見つけたのをきっかけに、死体愛好家に目覚め、セント・ダンピール校付近で見られた赤いワゴンカーで人を浚っては人を殺し、その死体の写真を収集していたらしい。
父はそのことを知りながらも黙っていたどころか、いくつかの犯罪に関与していたことが分かった。
家は潰れ、僕ら家族は一番上の兄の援助を受けながら、母を中心に新しい生活を始めている。前ほど裕福で便利ではないけれど、それでも充実している気がする。
「さ、ついたわ」
息を切らしながら、母は新しい小学校の前で止まってくれた。
「また帰りに迎えに来るわね」
「うん。パート頑張ってね」
それじゃ、と自転車を走らせようとする母を呼び止めて、僕は言った。
「僕、かあさんのところに来れて……良かったよ」
母は笑いながら返してくれた。
「来てくれたのが、あなたで良かったと、私も思ってるわ」
母を校門で見送ってから、僕は学校に入っていった。
ちなみに一般的な小学校に入りました
結果、周りから頭の良さを妬まれはすれども、そのことを誰かと強く比べられなかったため、そこまで思いつめもしなくなった様子
父はログを恨みながら受刑
祖父は仕方がないと刑を受けることを甘受した様子
大手の財閥が潰れた事で大きな波紋を産みはしたものの、主人公の前世での無念は晴れた様子
ちなみに前世での妻やその子供たちが今どこに居るのかはようとしてしれないと言ったところ
これは前身のプロットが影響してまして……
というのも前身はややホラーなファンタジーの予定でして
彼の引き取られる前の孤児院が実は、脳の一部を専用の培養した人の細胞を使った肉人形に埋めることで収集な人材を人工的に作ろうとしていて、
彼の妻もまた人形にされそうになったが、それを知った主人公はそれに抵抗して二人で逃げようとし、失敗するまでのお話にする予定でした。
『命の息吹計画』とかいう計画名で行われていて、赤いワゴン(初期案では黒いワゴン)はこの計画を暴こうと嗅ぎまわってるジャーナリスト、最後は拳銃で主人公が撃たれる、という作品になるはずが……
母が出てきてから大きく方向性が変わってしまいましたw
母の愛は強かった……
ここまでお読みいただきありがとうございました