戦う無職
「聖獣器に変化はありましたか?」
「ん? んー、分からん」
「ならまだですね。 あのレベルの魔物でも聖獣器の強化はされているはずなのでもう少し倒せば変化するはずです」
「そんなにすぐ変わるもんなのか?」
「ええ。 さっきも言いましたけど君の聖獣器はシンプルすぎます。 おそらくまだ本当の力を出せていないはずです」
「十分強ぇと思うけどな」
「聖獣器を舐めてませんか? 聖獣器は人が扱える唯一の神器。 つまり、人が神の力を扱う唯一の手段ですよ? たかが滑らないとか、4足で走れるぐらいで満足されるのは心外です」
「そこまで言うかよ」
「ええ。 言ってみればそれは母の作品ですからね」
「そっか、お前の創造主とこれ作ったのは同じ神様なんだっけ」
「はい。 ですからさっさと覚醒させてください」
「へいへい」
でもどんな力を秘めてんだろ?
……格好良いのだと嬉しいんだが。
「はっ! 大変です!」
「どうした?」
「お腹が空きました!」
「……一旦家に帰るか」
「そうしましょう!」
「そうだなっておい、空を走るなってか速いなおい!」
人目をむやみやたらに引くんじゃねぇ!
「遅かったですね」
「お前が速いんだよ!」
結局家に着くまで追いつけなかった。
「お昼もう少しで出来るから待っててね」
「はい。 あっ、私食べますから」
「いっぱい作ったげるよ。 あんたも突っ立ってないで手洗ってきな」
「分かってるよ」
獣化を解いた時、服も体も汚れてなかったし、どうやら獣化する前の格好は解くまで保存されているらしい。
土や泥だらけだったし、地味にありがたい仕様だ。
とりあえず装備をはずし、外の水汲み場で軽く汗を流す。
……さすがに獣化せずに家まで全力で走ると汗をかいた。
「ふぅ。 これで良しっと。」
「あれ? 何でお前が家にいるんだ?」
「ん? ああ、親父か。 おかえり」
「ただいま。 今日休みか?」
「えっと。 まあ、飯食いながら話すよ」
「そう、か」
「親父こそ、何でもう帰ってきたんだ? いつも昼過ぎとか夕方に帰ってくるのに」
「仕入れが思ったより早く済んだんだよ」
「ふーん、そうなんだ」
とりあえず親父と家に入った。
「で、この子は?」
「はじめまして、聖獣のフェムートといいます」
「へ?」
「あっ、別に敬う必要は無いですから」
「そ、それはどうも?」
「実は俺、聖獣師になったけど騎士をクビになったんだ」
「はあっ!?」
「父ちゃん、落ち着いて。 あっ、フェムちゃんおかわりいるかい?」
「お願いします」
席についてすぐ昼食になった。
パンとシチューを胃に流し込む聖獣と、俺の言葉に親父は驚愕の表情を浮かべた。
まあ、当然だけど。
「まあ、そういうこともあるか」
「でしょ?」
……受け入れるのは早かった。
「で、これからどうするんだ?」
「お父様のお店で郵便とか運送とか出来ませんか?」
「うーん。 郵便は国の許可がいるから無理だが、注文された品の配送とか仕入れた物を店まで運ぶんならいけるが……もう人がいるんだよなぁ」
「そうですか……」
「いっそ行商でもしてみるか?」
「行商っていきなり出来んのか?」
「聖獣師ならいけるんじゃないのか? うちの店の名前は使っていいし」
「行商って勝手にやっていいものなのですか?」
「ちゃんと門をくぐって荷物検査をパスすれば平気さ。 どうだ、やってみるか?」
「なあフェム」
「んぐ。 どうしたんですか?」
「山ほど荷物を背負って獣化したらどうなるんだ?」
「そうですねぇ……。 基本的には別の空間に保管、みたいな感じに消えると思いますが」
「やっぱりそうか……。 もしかしてこれを利用すれば何かできるんじゃねぇか? 例えば壊れ物とか生鮮食品とかを運ぶってのはどうだ?」
「確かにそれが出来るなら差別化を図れそうだな。 フェムちゃん、出来るのか?」
「……。 ふむ、女神様曰く、過去にそういう利用法を用いていた聖獣師もいたそうですが、生き物を消すことは出来ないそうです。 あと獣化を維持し続けないといけないので大変そうだった、とのことです」
えっ、そんな簡単に女神様と会話できんの?
「君なら出来るのではないでしょうか?」
「そうか。 ……いや、待てよ。」
何か他にも利用方法があるんじゃないのか?
例えば水を汲んで獣化し、目的地で元に戻って渡すとか。
……生活費を稼ぐのさえ無理そうだな。
おそらくだが、鞄や荷物は装備品扱いで消えるんじゃないか?
だとすると背負った状態にさえなれば例え身動きできないような重さや大きさのものでも消すことが出来るはず。
何かに使えないか……。
「んー。 思いつかねぇ」
「何が、ですか?」
「なんかに使えそうな気がしたんだがなぁ」
「まあのんびり考えればいいさ。 無職なんだしな」
「むぐぅ」
確かに時間だけはある。
「さて、では魔物狩りに行きましょうか」
「食い終わってるのはお前だけだよ!」
胃の大きさは獣のときと同じなんだろうか?
「じゃ次は西に行ってみるか」
「何かあるんですか?」
「いや、平原が続いてるだけだな。 街道沿いに行ってれば安全に隣町までいけるんだが、見通しがいいから穴が出来たらすぐ分かるんでお宝目当ての奴と魔物目当ての奴が両方いる」
穴の開く頻度は1日に2回くらい。
9割以上が魔物を落とし、残りの1割でガラクタを撒いてくる。
とはいえ、3億エンのお宝が過去に見つかったことから暇な爺さんたちが街道沿いの茶屋でのんびりしながら穴が開くのを待ってたりもする。
「そこへ行っても意味なさそうなんですが?」
「まあ待てって。 隣町まで1時間も掛からねぇ。 そっから南にいけば結界のない街道と森やら洞窟やらがあるんだ。」
「そこで狩りをするんですか?」
「ああ。 大体その辺から沸いたのが町を襲ってるんで問題になってるんだが、いってみればそれだけ穴の開く頻度が高いってことだろ?」
「なるほど。 ではショートカットしましょう」
「ん? 転移魔法でも使えるのかって待て! 空を平然と走るんじゃない!」
結局俺も獣化して直接その辺を目指した。
「やっと追いついたぜ……」
「また息を切らしてすらないんですね」
「ああ。 俺の唯一の武器だからな」
魔物との戦闘とか緊張状態ならともかく、ただただ直線的に空を駆ける馬鹿を追いかけるだけなら楽勝だ。
「では早速いきましょう。 あそこにいます」
「ん? あ、本当だ」
フェムの指差す先には確かにドールが5匹ふらふらとしていた。
ドールは近くに生き物がいないとその場からあまり動かない、つまりあそこに穴が開いたんだろう。
……まあ、だからどうと言うこともないけど。
ただ4匹は赤目だが1匹は緑の目、つまり下から2番目の奴。
先に赤を仕留め、1対1に持ち込むのが良さそうだ。
「行ってくる!」
「どうぞ」
丘を2足で駆け下り、平地を4足で駆け、手前のドールにタックルをかました。
吹き飛んだドールは他の1匹も巻き込んで転がりながら砕け、消えこそしなかったがもう動けないだろう。
残ってる赤目も軽く蹴散らし、緑目と対峙する。
緑目の動きは素早く、気を抜くとオオカミのような鋭い歯でがぶっといかれてしまう。
ただ、強度はそれほど上がっていないため余裕だった。
噛み付きをかわし側頭部にパンチを1発、ヒビの入った所に裏拳を叩き込み頭の破壊に成功。
あとは殴る蹴るの暴行を加えてフィニッシュ。
転がってた赤目2匹も倒して戦闘終了だ。
「戦い方がチンピラみたいですね」
「仕方ないだろ、剣とかないし」
「まあそうですが。 次はあっちです」
「よし」
木々の間を抜けると敵が見えた。
あれはテーブルタイプか。
テーブルは別名、平たいウシと呼ばれる。
その理由は単純で、雄牛のように巨大で角のようなものがついててそれを武器として突進してくるから、だ。
重量も強度も高く複数が同時に来ると結構危ないが、今回は1匹だけ。
対処法は突進を避けて側面から攻撃するか、上に乗って背中を攻撃するのが普通だ。
「よし、行くぜ!」
気合を入れて駆け寄る。
正直、1人でこいつを仕留めたこと無いんだよなぁ。
とか思いつつ駆け寄っているとテーブルもこちらに気づき、足を踏み鳴らし突っ込んできたのでテーブルを飛び越えて後ろを取る。
テーブルがこっちを向く前に攻撃を加えていくがダメージが通っている感じはしない。
気にせずに攻撃していると角を振り回しだしたので距離をとる。
こいつのもうひとつの特徴は足に関節があることだ。
チェアやチェストは棒みたいな足なんだがこいつは膝を折って下から突き上げる、なんてこともしてくる。
だから挙動に注意し、慎重に攻めていくのが1人で戦う際のポイントだって騎士団で教えられた。
足を止めるため、ローキックで攻めていると徐々に動きが鈍くなってきた。
……あれを使うか。
「くらえ! 踵落とし!」
まあ普通の技だけどね。
テーブルは背中が平らなんで垂直に攻撃できる踵落としは有効である。
ダメージが通ったらしく、テーブルは崩れ落ちた。
テーブルは体力をある程度削ると極端に戦闘力が落ちるため、そこからはただのテーブル叩きになるのだ!
「非行に走った少年が物に当たってるようにしか見えませんね」
「ほっとけ!」
一方的とはいえ、テーブルの強度は結構高いので倒すのに数分間掛かった。
「よっし、やったぜぇ」
「お疲れ様です」
「お、これは来たんじゃないか!」
「そうみたいですね」
テーブルが霧散したと思ったらブーツが光りだした。
これが聖獣器の覚醒、だと思う。
「ちょっと大きくなったな」
光が収まったので見てみると少しブーツが大きくなった気がする。
「能力はどうですか?」
「んー、ん!? どうやら新技が追加されたみたいだ!」
「新技、ですか」
「ああ! そうだな……。 名付けてブーストダッシュ!」
「ブーストダッシュ、ですか?」
「ああ、どうやら走ってると力がブーツに溜まっていくらしい。 で、その力を解放すると脚力が一時的に強化されるみたいだな」
「へぇー」
「速く走れるし、ブーストキックも出来るな!」
「そっちをメインにしませんか?」
「……そうだな」
とりあえず決め技が追加されたのは良い事だし、走ることで使えるようになるってのは俺らしいかもしれない。
「あっ、あっちに魔物がいます」
「よし、早速使ってみるか」
「気をつけてくださいよ」
「おう!」
丘を超えるとチェアが9匹いた。
ただ、残念なことにちょっと走ったくらいじゃキックは打てないみたいだ。
まあ、楽勝だったけど。
チェアを蹴散らし、ドールを砕き、チェストを潰した辺りでチャージが完了した。
「やっと1発打てるみたいだ。 ダッシュなら3分ぐらいできるっぽい」
「結構走ったのにそれだけですか」
「ああ。 ただ、力は最大でキック10発分までは溜められるし時間経過で減ったりはしないっぽいな」
「普段から走り回っておけばいつでも使えるってことですか。 それならまだマシですね」
「そうだな」
「では帰りますか」
「えっ、まだいけるけど」
家に帰るのにかかる時間を考えても日暮れまではまだ余裕がある。
魔物は何故か夜のほうが強くなるから、暗くなるまでには帰ろうとは思ってたけどさすがにまだ早い。
「残念ながら、お腹が空きました」
「確かに残念だよ! てかお前何もしてないだろ!」
「夕飯が私を呼んでいます」
「気のせいだ、って待てぇい!」
流星のようにフェムートは帰宅し始めた。
仕方なく全力でその後を追った。
……いくら聖獣師になったとはいえ、1人で魔獣狩りをする勇気はまだ無いからな!
お読みいただきありがとうございます。