新たな一歩
「ふぅ。 ではこれからどうしますか」
「とりあえず口の周りを拭け」
ウサギの癖にベーコンエッグ3人前をむしゃこら食べ、パンとサラダ、スープまでおかわりしやがった。
……母さんは美味しそうに食べてくれると喜んでたが、食い過ぎだといったら
「契約には体力を使うのです。 故にこれは必要経費です」
とかほざいていた。
「で、どうしますか? 魔物狩りに行きますか?」
「行かねぇよ。 仕事に決まってんだろ」
現在朝の7時半過ぎ。
当然これから騎士としての仕事がある。
「騎士、辞めればいいのでは?」
「え、何? お前は馬鹿なの?」
「失敬な。 いいですか? 聖獣器を鍛えるのにはまずは魔物狩りです。 仕事で魔物の討伐に出向くかもしれませんが、聖獣師は魔物を倒すほどに強くなります。 つまり、下っ端騎士程度の戦闘頻度ではいつまで経っても強くなりません」
「……まあ、確かに相当人手が足りないとき以外は詰め所での警備が主な仕事だが」
「魔王が本気で世界征服を目指しているのなら残された時間は決して多くはありません。 ならいつから特訓を始めるのか? 今でしょ」
「ソーデスネー。 でも魔物を狩っても給料は貰えないんだぞ? 騎士を辞めてどうやって生活すんだよ」
「当然、傭兵でもやることになりますね」
「傭兵、ねぇ」
確かにキャラバンの護衛とかに雇ってもらえるなら最低限の生活は保護される。
が、傭兵になっても信頼がない以上まともな依頼は受けらんねぇはず。
「てか騎士辞める気は無ぇから」
「もういいじゃないですか。 聖獣師が下っ端騎士なんて笑えませんよ」
「笑わせる気も無いけどな!」
「じゃあこうしましょう。 私と試合をして私が勝ったら騎士を辞めて魔物狩り三昧。 私が負けたら君の意思を優先します。 どうですか?」
「聖獣が最初からかなり強いのは知ってんだよ! 負ける可能性が無いから言ってんだろ!」
「ちっ、ばれましたか」
この聖獣今舌打ちしたんですけど。
「じゃあしばらくまったりしたら、私だけ狩りに行ってきます。」
「あんた、フェムちゃんの言うことも聞いてあげなさいよ?」
「明日から聞くよ。 じゃ行ってくる」
明日は訓練も無く非番である。
「いってらっしゃい」
「いてらー」
騎士団本部に到着。
「クビだ」
「え?」
ついて早々副団長に呼び出され、何かと部屋に行ったら解雇された。
「上からの指示でな。 経費削減のため、不要な人員の削減を行うことになった。 なぜ君がその1人に選ばれたのか、説明の必要はないだろう。」
「はっ、はい」
「私物は明日までに撤去するように。」
「はっ、了解です」
「いきなりこんなことになってすまない。 が、魔物による被害で国の財政は逼迫している。 騎士団の存続のためには必要なことなんだ。 理解してくれ」
「もちろんであります!」
「そう言ってもらえると助かる。 退職金がわずかではあるが支払われる。 口座に振り込まれるから覚えておいてくれ」
「はっ」
クビ、か。
聖獣師になったことを言おうかと思ったけど……やっぱり言えなかった。
いままでの自分の努力では足りなかったんだ。
さっき貰った力で残れたとしても、惨めになるだけだし、な。
騎士に向いていないことはとっくの昔に分かっていたんだ。
……夢が覚めたんだ。 そう思えばいい。
トイレで顔を洗い、ロッカーへと向かう。
私物、といっても緊急用に置いてある鎧と剣くらいだが、それを引き取り中を掃除した。
「今までありがとよ」
荷物を背負って外に出る。
挨拶をしにいこうかとも思ったが、やめた。
仲良くしてくれてた奴らには町にいればいつでも会えるし、今行っても気を使わせるだけだろうしな。
「もう春だけど、日が出ていてもまだまだ寒いな」
そそくさとさっき出たばかりの家に帰る。
まだフェムートがいたら魔物狩りに付いて行くか。
「た、ただいま」
「どうしたんだい? 忘れ物?」
「その荷物、なんですか?」
「クビになった」
母さんとフェムートに事情を説明した。
「これからどうするんだい?」
「やはり郵便か運送業に」
「……それもいいかもな」
冷静になって考えたらそれも悪くない気がしてきた。
「ま、ゆっくり考えな。 父ちゃんには私から言っとくよ」
「頼む」
「そういえば、お父様はどちらに?」
「親父はこの町で雑貨屋をやってんだが、昨日仕入れに隣町に行ったんで今はいない。 まあ、夜には帰ってるはずだ」
生活雑貨がメインだが、家具や武具、美術品などまで売り切り品のコーナーに親父が仕入れるものには統一性がない。
独自のルートがある、とかいってたけど欲しいかどうかは別だが変わった品は良く置いてある。
親父は目がいいので品質自体は良いらしく、そのコーナーだけでも結構儲けているらしい。
「その店で開業させてもらいましょう!」
「いきなりなんだよ」
「それはいいかもね。 父ちゃんも好きにさせとけ、って言ってたし頼んだらオーケーしてくれるはずだよ」
それは意味合いが若干違うんじゃね?
「では、お父様がご帰宅されるまで魔物を狩りに行きましょう。 どうするにしても強さが邪魔にはならないでしょうし」
「そうだな。 母さん、行ってくる」
「はいはい、気をつけてね」
とりあえず荷物を部屋に置き、鎧と剣を身に着ける。
一応、簡易救急箱やサバイバル用品をかばんに詰めて家を出た。
東門を出て、しばらく走り森を目指す。
東の街道にはよく魔物が出る。
街道近くには森があるため、そのどこかで魔物が穴から出ているらしい。
で、森に到着。
「じゃあこっから探すか」
「聖獣を舐めてるんですか? 魔物がどこにいるか位分かります」
「へぇー」
「まあ、半径500メートル圏内ですけど」
「……微妙だな」
「とにかく、まずはあっちに行きましょう。 何かいます」
「へいへい」
しばらく進むと魔物を発見。
穴からよく現れる魔物でドールと呼ばれるタイプだ。
操り人形のような見た目で、ふらふらと彷徨ってるが生き物を見つけると噛み付いてくる。
また、ライトのように輝く目の色で強さが大まかに分かる。
4匹いるが全部目は赤、つまり一番弱い奴だ。
赤目は魔法をあまり使ってこないし、その威力もたいしたこと無いため、数が10を超えていなければ新人は訓練として1人で相手をさせられる。
「君が獣化して倒してください」
「おう」
さすがに赤目のドール4匹なら俺でも十分戦える。
「いくぜ!」
獣化して駆け出す。
……変な感じだな。
足ががっちりと地面を捉えるが、抵抗が無いというか。
スパイクを履いているように地面を蹴れるのに素足のように何の抵抗も無く足が上がる。
さすが聖獣器、ということなのか?
驚きつつもドールに接近し、一番手前のこっちに気づき戦闘態勢に入った奴の頭部を殴りつけた。
赤目のドールは強度が低く、成人男性なら素手で破壊できる。
そのため、まずは頭を壊し噛み付きを封じるのが定石だ。
案の定、口を開けていたドールは頭が砕け下顎だけ残った。
砕け方が激しいのは腕力の上昇のせいか?
ふらついている所に蹴りをいれ、胴を砕き消滅させた。
大体の魔物は一定以上のダメージを与えると黒い霧のようになり、消えるのだ。
「これは凄ぇ。 次いくぜ!」
獣化と聖獣器の力は絶大だった。
少々無理な体勢でも攻撃を繰り出せたし、その威力も十分あった。
結局、4匹のドールはあっという間に消えた。
「どうだ!」
「あのレベルの相手でそんな得意げな顔をされても」
「いいだろ、別に」
前はあのレベルでも割と苦戦してたんだよ!
「ですが、聖獣器の力を引き出すのは上手いようですね。 才能あるんじゃないですか?」
「そう、なのか?」
「ええ。 聖獣器と同調できない新人は少なくないそうですから」
「へっ、へぇー」
ちょっと嬉しい。
「まあ、シンプルな聖獣器のようですし当たり前といえば当たり前なんですけど」
「上げて落とすタイプだな!」
「ジョークですよ。 じゃあ次のに行きましょう。 ちょっと距離があるので4足歩行の練習してみたらどうですか?」
「ああ、そうだな」
価値があるのかどうか分からない機能の1つ、4足での歩行や走行をアシストするというのを試してみるか。
正直、人前ではやりたくない。
「おっ、これはなかなか」
手をついて歩いてみたら、意外としっくりきた。
体の動かし方が何故か分かったのもアシストのおかげか?
「じゃ、付いて来てください」
「あっ、ちょっと待てって!」
フェムートは自分の神器の練習のためか中空を蹴り、地面がそこにあるかのように駆け出した。
その後をウサギ走法で追うが、意外と簡単に追いつけた。
木々の間を縫い、段差を飛び越えてフェムートを追う。
「いました。 さあどうぞ」
「ああ。 いくぞ!」
結構な速度で走ったのに息切れするどころか疲れすら感じない。
これなら本気で郵便屋、いけそうだな……。
っと目の前の魔物に集中しねぇと。
今度はチェアが6匹か。
チェアタイプは背もたれのない椅子のような形をしていて、トコトコと歩くが移動は遅く耐久度も低い。
ただ、鉄球のようなものを打つ魔法を多用してくるため接近は素早く行う必要がある。
相当当たり所が悪くない限り死ぬことは無いが、体中痣だらけにされたことは多々ある。
今度は4足のままで接近し、打ち出された玉を避ける。
そのまま手前の奴を突き飛ばし、立ち上がって殴りつける。
玉を打とうとしている奴から叩き潰したり蹴り飛ばしたり、と一方的に蹂躙した。
こいつらは空中に小さな玉を生み出し、徐々に大きくして打ち出すという戦法を取るため攻撃のタイミングを読みやすいのだ。
「よし、楽勝だな」
「意外と素手での戦いに慣れてるようですね」
「あー、それは爺さんのおかげだな。 常に手元に武器があるわけじゃねぇんだぞ、ってなことを言われて鍛えられたんだ。 まあ、剣術よりは遥かにマシだが大した事ねぇよ」
「そうですね。 次はあっちです」
……。
今度はチェストが2匹か。
チェストタイプはチェアの上位種みたいなもので玉を大きいのと小さいので打ち分けてくる。
が、今の俺の敵じゃなく蹴り数発で砕け散った。
「さっすが聖獣師、あいつらをこんなに簡単に倒せるとは思わなかったぜ」
「そうでしょうね。 いくら君でもあれにてこずったら私泣いてました、悪い意味で。」
「……そいつぁ良かった」
この感動もこいつとは共有できねぇ事を忘れてた……。
その後も小さな群れの魔物を蹴散らして回った。
この森は特に利用価値がある訳ではないため人の立ち入りが少ないせいか、雑魚とはいえ魔物が結構いた。
「だいぶ片付けましたね。 疲れてませんか?」
「ん? いや、まだまだいけるけど?」
「さすが、体力だけは超人ですね……」
「褒めてるんだよな?」
「ええ、もちろん。 新人で獣化を2時間続けてピンピンしてるなんて正直気持ち悪いです」
「言い方考えろよ!」
「この辺はもう狩り尽したようですね。 一旦町に戻りましょう」
「おい、聞いてんのか!」
「まあ、そうカリカリせずに。 私、嘘はつけないタイプなんです」
「そうみたいだな!」
「……よしよし、これでいいですか?」
「はあっ、もういいよ。」
人目がある街道の手前まで4足で走った。
……正直、癖になりそうな位速度が出て気持ちいい。
お読みいただきありがとうございます。