決断しますか?
「何がそんなに嫌なんですか? 自分で言うのはあれですけど、バニーちゃんになるとしても聖獣師に選ばれるというのは良い事では?」
「もうそれは言うなって! 俺だって聖獣師には憧れてるさ。 でもいきなり現れたアホみたいにでかいウサギが聖獣で、しかも強いからとかじゃなくて運が良いから選ばれました、とか郵便局員が天職でしたなんてどうやって誇ればいいんだよ!」
「あー、まさに運が良いね、じゃ駄目ですか?」
「逆にそれで何がいいんだよ……」
「まあ良いじゃないかい。 聖獣師になりたいって子供の頃から言ってたでしょ?」
「誰でも言うだろ、それくらい」
男の子が小さいときに憧れる職業といえば騎士がまず挙げられるし、その上聖獣師であれば完璧。
ヤード様はまさに理想を具現化したような存在であり、尊敬する人は誰かと聞かれたら少なくともこの国、ハートレー共和国に住む人であれば半数は彼の名を挙げるはずだ。
「あ、そういえば聞きそびれてたけど魔王によって再びどうのって、何のこと?」
「先日、魔族の過激派リーダーであるキュリー・レム・ラザフォードが魔王を名乗り世界を手中に収めるために武力蜂起しました。 この国は過激派の魔族たちの住む主な国から遠いため表沙汰にはなっていませんが、もし彼女たちが今戦っているエルスレッド王国を落としてしまったらどうなるか」
「そんな、馬鹿な……」
エルスレッド王国は大陸の西側にある小国だ。
魔族が多く住み、その王は穏健派の魔族代表とも言え人種差別のない国として有名である。
エルスレッド王国軍は魔族が多いため大陸でも上位の魔道部隊を所持していることでも有名だが……。
「キュリーは稀代の魔法使いですし、彼女の僕も強力な力を秘めています。 正直、魔法適性のない人では戦いにすらならないでしょう」
「瞬殺される、ってことか?」
「さあ。 楽に殺してくれるかどうかは相手次第だと思いますが?」
「で、でもよ。 俺が聖獣師になって意味があんのか? 伝令役でもしろと?」
「聖獣師が多ければそれだけで士気は高まるでしょうし、あなたが強くなるかどうかは別としても力を手に入れることに変わりはありません。 使い方次第ではウマの聖獣師に勝てる、かも」
「そこは嘘でも言い切れよ!」
「あとで五月蝿そうなので予防線を張っておいただけです。 ただ、最弱の聖獣師が最弱の人間なんてことはありえませんから、ここで断るメリットなんてあるとは僕には思えません」
確かにそのとおりだけどよ……。
憧れていた騎士になっても結局何も変わらなかった。
魔物と戦えるようにはなったけど1人で倒せるのは最低レベルのやつらだけ。
訓練でも実戦でも仲間の邪魔しかしてねぇ。
そのくせ作戦終了時には一番元気でさ……。
俺だって同レベルの奴らと同じようにできないなりに努力してる。
魔物の逃走を防いだり、魔物の放つ魔法の流れ弾を処理したりとか直接魔物を倒せない分被害を減らす方向で頑張ってる。
けどよぉ、魔物と直接戦ってる奴等から見れば、戦い終わっていざ振り向いてみればへばってる奴等の中にピンピンしている奴がいればサボってたように見える。
しかもそいつが騎士団の中でも底辺の実力しかない野郎だったらそいつがどんな扱いを受けるか。
……俺は結局怖いのさ。
昔から平均以下だった俺が、騎士になっても変われなかった俺が、聖獣師になってどうなるのか。
その上、魔王が再び現れたってのが本当ならますます聖獣師に対する眼差しは熱いものになるのは間違いねぇ。
ヤード様以外にも腕っ節が強いことで有名な聖獣師が4人いるし、あとの2人は聖女と千里眼って呼ばれてて、特殊な力を持ってる。
そこに体力しかないウサギが混ざったらなんて呼ばれるか……。
「別に良いじゃないですか」
「へっ? な、何がだ?」
「もし君が駄目な聖獣師になれば僕も馬鹿にされるはず。 つまり、1人じゃないってことです」
「お、お前」
「聖獣と聖獣師は一蓮托生、一心同体。 その絆は他のどんな関係よりも深いものです。 それとも、聖獣の僕が君を裏切るなんて思ってるの?」
「……」
「そこは即答しなよ!」
「……分かったよ。 お前がこの先どんなに馬鹿にされても俺を恨むなよ?」
「いや、恨みますけど?」
「おいてめぇ!」
「だから、僕に恨まれないようにせいぜい頑張って下さいね?」
「……おう」
「ルクス、頑張りなよ? 聖獣様も息子をよろしくお願いします」
「はい!」
「あっ、そういえば、お前の名前は? まだ聞いてねぇけど」
「君がつけて下さい」
「えっ」
「それが契約です。 君がつけた名前を僕に刻むことで君は聖獣師に、僕は君のパートナーになります。 ただ、卑猥な名前はちょっ「そんな名前つけねぇよ!」 ならいいです」
こいつの名前か……。
「じゃあ、フェムート」
なんとなく頭に浮かんだ。
「フェムート、でよろしいですか?」
「おう」
「あとで変更できませんがよろしいですか?」
「お、おう」
「では、私フェムートは主ルクスと運命を共にすることを女神ディオプトリに誓います。」
「っあ!?」
呪文?を唱え終わると、まるで火傷したような痛みが右手の甲を襲った。
「我慢してください」
「ぐぅうう」
思わず蹲ってしまう。
何だこれ!? 焼けるように熱いぞこの野郎!
「もう少しで刻み終わりますから」
「な、何を?」
「獣印に決まってるでしょう」
獣印は聖獣師の証である。
けど……。
「痛ぇ……」
こんなにつらいもんなのか。
しばらくしてようやく痛みが引いてきた。
余裕ができたので手の甲を見てみると変な紋章が確かに刻まれていた。
三角形の中に横を向いたウサギの顔、その周りには雷のような模様がある。
「これであなたも聖獣師ですね」
「ああ、って誰だおまえ」
「フェムートですが何か?」
「いや、何かって」
蹲っていたせいで気づかなかったが、目の前からでかいウサギが消え、代わりにウサ耳つきの子供がいた。
背は150センチ位か?
「あんたが痛み出してすぐフェムちゃんが女の子になったんだよ」
「マジでか」
てかフェムちゃんて。
「ええ。 人は聖獣師になると獣化の術が使えるようになりますが、同時に聖獣は人化の術が使えるようになるんです」
「へぇ。 ところで、それは?」
傭兵のような、見た目よりは機能を重視したような服装に、皮?の鎧とガントレット、そして最も目を引くのが白銀のショートブーツである。
「何ですか? 全裸を期待してましたか?」
「あんた、最低だね……」
「アホか! その装備はどっから出したんだよ!」
「ああ、そっちですか。 これは私をお創りになった女神様からのささやかなプレゼントです」
そういえば聖獣は契約者を見つけると自分を創った神に専用の武器、神器を貰うんだっけ?
「で、神器は?」
「もちろんこのブーツです」
「ですよねー」
明らかに神々しいですもんね、そのブーツ。
武骨な見た目でありながら優雅さがあり、見た目だけでも同じものを作れる職人がこの世に何人いるのかって感じ。
「このブーツ、ざっくり言うと何でも蹴れるブーツのようです」
「何でも?」
「ええ。 水を蹴って水面を走ったり、空気を蹴って空を走ることも出来そうです」
「凄ぇけどなんの役に立つんだ?」
「逃げる時、とか?」
「おい」
聖獣の武器とほぼ同じものを獣化している間だけ俺も使える。
それは聖獣器と呼ばれる宝具であり、聖獣の持つ神器と相性の良い性質を持つため、聖獣と聖獣師はコンビでいることで真価を発揮できるのだ。
また、聖獣器の特性はそのまま聖獣師のスタイルを決定する。
仮に何でも蹴れるブーツが俺の聖獣器なら、必然的にそれを最も活用できる戦闘スタイルを構築するのがとりあえずの目標になる。
「じゃあせっかく外にいるんですし、獣化の練習をしましょう」
「じゃあ、母さんは朝食を準備しとくわね」
「私、結構食べますからね?」
「何アピールだよ」
「はいはい。 じゃあフェムちゃんは息子の面倒をよろしくね」
「任されました」
そう言って母さんは家に入った。
そういえば顔を洗いに外に出たんだった。
「聖獣師にとって、獣化は言ってみれば剣を抜くのと同じ基礎の基礎です。 とりあえず、紋章に左手を重ねてみてください」
「おう」
言われるがまま、右手の甲に左手を乗せる。
ん?
何か変な感じがする。
「獣化中は常に体力を消耗します。 君は体力だけはあるので問題ないでしょうけど」
「そうかい」
「今、胸がもやもやしてますか?」
「ああ。 気持ち悪いってほどじゃねぇけど。」
「それは獣化が出来る、というサインと考えてください。 もし手を重ねても変な感じがしないなら獣化するだけの体力が残ってないことを意味しますので、覚えておいてください」
「りょーかい」
「では次に、そのもやもやを紋章に流し込むように込めてください」
「こんな感じか? ってうぉ!?」
一瞬目が眩んだかと思ったら視界が変化した。
いつもより目線が高くなってるようだし、遠くから誰かの話し声とか生活音とか色々な音が聞こえる。
「うまくいったようですね。 では次に戻り方ですが、紋章を左胸に押し当ててみてください」
「お、おう」
体の変化を確認してないんだが。
まあとりあえずやってみると、またも一瞬目が眩み、視界が戻るといつもの目線になっていた。
「さすがにできますね。 ではもう一度獣化してください」
「えっと……よし、できた」
「鏡を見てきたらどうですか?」
「そうだな。 って部屋に入りづらいな」
既におかしなことになってるのは分かる。
背も高くなってるし、残念ながら耳もある。
それに、なぜか服装も変化している。
フェムートと同じようなラフな服だが、その上に上半身には鈍く輝く金属の鎧をまとってるし手足には赤銅色のガントレット、ブーツにグリーヴが装備されている。
ブーツをガチャガチャ言わせながら鏡を見ると髪の色が金髪から茶褐色に、耳はウサ耳が生え、代わりに人の耳は無くなっている。
風呂場で装備を外してみるとほぼ全身に茶褐色の毛がフサフサと生えている。
尻尾もあり、腕は毛が生えたくらいだが足は明らかに長くなっている。
「ガチでウサギだな、おい」
顔こそ亜人レベルでまだ人間だって分かるがその他は獣人と大差がねぇな。
とりあえず装備を付け直して外に出た。
「どうでした?」
「ウサギだった」
「そうでしょうね。 では次は聖獣器について説明しときますね」
「ああ、頼む」
ヤケクソ気味だ。
「聖獣器は魔物や魔族との戦闘を目的として創造されたものです。 製作者は契約した聖獣の創造主、つまり君のはディオプトリ様が創造されました」
「で、使い方は?」
「聖獣器は主と同化しています。 つまり、なんとなく分かるはずです」
「抽象的だな……。 でも意識してみるとなんか分かる気がする」
聖獣器はおそらく手足の装備だろう。
……意識を集中してみると確かになんとなく分かった。
ガントレットはおそらく腕力の強化と……4足での走行の補助と穴掘りが上手くなるようだ。
膝のグリーヴは足の疲労の軽減と足の動きを補助するみたいで、ブーツは脚力と敏捷性を強化し、ついでにどんな場所でも滑らないようだ。
……。
「正直、お前のと交換してほしい」
「なにいってるんですか、罰当たりな。 聖獣器は成長する武器ですから、君が強くなれば同じように強くなるはずです。 逆に言えばそれが今の君そのものといっても過言ではありません」
「くっ」
言い返せないのが辛いとこだな。
「この神器も聖獣器も魔物を倒せばその魔力を吸って性能が向上するはずです。 つまり、魔物を倒して強くなりつつ人助けも出来る。 一石二鳥ですね」
「さいですか」
「とりあえず説明はこの辺で終わりましょう。 次は……」
「次は?」
「朝ご飯にしましょう」
「おい!」
……宣言どおりフェムートは良く食べた。
お読みいただきありがとうございます。