六話 ライラ・ライブラの交友関係
私が一回目の『至高』の審査を受けたのは主に魔術学校だった。
それまで、学校に通ったことのなかった私は王国の手配によって入学を果たした。
後に通うことになる貴族が通う学園とは少々雰囲気が異なるところだった。
施設、カリキュラムももちろんそうだが、今でも私の心に残っているのは「薄暗い」と言う感想だろう。
正確には明るすぎないと言った方が適切かもしれない。
多くの光を取り込む様な設計か、はたまた光源が多いからか、眩しいぐらいに明るい学園の校舎とは違った。
それとは対照的に魔術学校の窓から差し込む光が眩しいほどで空気中に舞う埃や塵をキラキラと反射していた。
そしてそんな魔術学校を背景にした私のおぼろげな記憶にはいつも一人の少女がいた。
「ねぇねぇねぇ!『至高』になったら何する?」
「何いきなり?」
「いきなりじゃないよ!私はもう五回も言ってるよ!ライラが無視していただけ」
月日が過ぎ去りその時分になると、私は犬のように騒ぎ立てる彼女の声を消音する能力を手に入れていた。
魔術以外でこんなことが出来る私は天才だと思ったものだ。
しかし、すべてを無視してはいられない。
腐っても彼女は審査官。下手を打てば私の『至高』の審査に響きかねない。
「『至高』になったらねえ……。苗字をもらうかな」
「結婚すんの?意外とつつましいね」
「しない。男とか興味ないし」
当時は、『至高』と言う存在だけが私の人生の指針だった。
それ以外に興味はなかった。
当然、周りの人間にも関心などなく、私に彼女がしつこく話しかけてきたのは仕事であったからだ。
そうでなければ、本当に一人で行動をしていたであろうというのは想像がついた。
「そうじゃなくて、苗字をもらって家と縁を切る」
「え~なんで?」
「貴方も審査官として知っているでしょう。今の私の家の状況。……黒星教なんてなければいいのに」
この女のとぼけたような態度が嫌いだった。
知っているくせに相手に話させたがる。
「敬虔な信徒の前でそれ言うかなあ」
流石の彼女もこの言葉には感情の動きを見せる。
私は一言言葉を返す。
「皮肉なことに黒星は私を選んだから」
手元にあった『至高』の杖を握った。
◆
意識が覚醒するのを感じる。
身体が重く、目を開けるのもおっくうだ。
それでも、何とか瞼を持ち上げれば何かの輪郭が見えた。
人だ。
少女がこちらを見ているのが分かった。
「アラナ……?」
夢で見たからだろうか。
かつての試験官の名前が不意に漏れる。
それでも、段々と戻る視界で正解を導き出した。
「イルゼ、か」
意識がはっきりすれば、同じ部屋にいるのは彼女しかいない。
そんな当たり前のことをやっと思い出した。
「誰かと、お間違えですか?」
「うん。昔の審査官とね」
イルゼに聞かれたので素直に答える。
隠すことでもないだろう。
「それより、退いてもらってもいいかしら」
「失礼しましたわ」
明らかに私の寝顔でも覗いていたのだろう。
そんなことを察することが出来るほど私に顔を近づけたイルゼに苦言を呈す。
私の顔なんて見ても面白いことなどないだろうに。
「今日は、ご友人方とのご予定ですか?」
私が身支度をしているとそう声をかけられる。
「イルゼに言ったっけ?」
「アリア様にお聞きしました」
なるほどそう言う事か。
いつ知ったのか知らないが、アリアから聞いたとなれば納得も出来た。
「まあ、そう言うことだから。行ってくるわ」
「ええ。行ってらっしゃいませ」
◆
「勉強会って言ってなかったけ?お茶飲んでるだけだけど」
「口実だからね」
眼前の光景を横目に見ながら、小声で言えばリラはそう返した。
勉強会と言う言葉で誘われたものの現在行われているのはお茶会だった。
リラに対して言い寄っていた三人の女子生徒、名前は確かナンシー、パメラ、レミだったか。
彼女らがテーブルの対岸で談笑しているのを見た。
ナンシーがこの中では一番位が高いのだろうか?
その他二人はいわゆる取り巻きのような動きだ。
そんな風に観察していると、ナンシーはこちらを見た。
跳ねるように私はリラから顔を離すが特に気にした様子はない。
「ライラさん。このお茶おいしいわ。態々ありがとう」
「いえ。喜んでもらえたなら何よりよ」
アリアに報告しただけあって、メイドのリサさんが用意してくれたお茶を今日は持ってきた。
今にして思えば勉強会と言う名のお茶会であることは気付いていたのだろう。
だから、きっと「珍しい」だなどと言ったのだ。
本当の意味での勉強会であればと言う話であったのだろう。
リサが口実であると容易に判断していたであろうことを考えれば、一緒に勉強をすると言うのは貴族では普通はない事なのかもしれないし。
まあ、そんなことは早々に貴族教育から身を引いた私には分からない。
「こちらこそ。お菓子、とても美味しいわ」
適当に世辞を述べておく。
仕方ないので、たくさん食べておこう。
仕方ない。
「気に入ってくれたようでよかった。そうだ、ライラさん。貴方の苗字は確かライブラだったわよね?」
「もぐ……そうだけど」
「それってもしかして生徒会書記のアリア・ライブラ様とご関係が?」
思わぬ名前が出て少し驚く。
そう言えば、生徒会長であるルーファス様と顔見知りと言った印象を受けたが生徒会に関わっていたからと言う事もあるのか。
貴族であればどのような関係性でもある程度のつながりはあるだろうから特に気にしていなかった。
同じ学園に通っているのならば尚更に。
しかし、そうか。
生徒会役員だったのか。
私と違って優秀だ。
「ええ。アリア・ライブラは私の姉よ」
「そう!やっぱり。一年生に妹さんがいると聞いてもしかしてと思っていたのよ」
ナンシーは予想の的中に喜びを見せた。
「では、貴方が馬車に轢かれて複雑骨折してその衝撃で脳にダメージが入って数年間寝たきりであったと言うライラ・ライブラさんなのね!」
「へ?」
複雑骨折?脳へのダメージ?
突然生えて来たアリア・ライブラの妹としての私の経歴を適当に考えてくれたとは聞いていたけれど……。
どんだけ私に恨みがあるんだ?
いや、まあいい。
バレては元も子もない。
引きつった笑みを何とか抑えて返答を返す。
「そ、そう。そのライラ・ライブラよ」
決して自称したくはないが、仕方がない。
「なら、リラさんとライラさんは二人ともご兄妹、姉妹が生徒会に関係していることになるのね」
両の手を合わせたナンシーはそんなことを言う。
その発言から考えれば、私と同様にリラも兄妹が生徒会役員を担っていると言う認識になるだろう。
そう思って、リラに視線を向ければなんだか変な表情をした。
「私のことは良いわよ」
その一言だけ言って彼女は口を閉ざす。
何かわけがあるのだろう。
特に追及することなくその話題を終わらせるべく、私は口を開く。
「でも、私は姉のことをナンシーさんが知っているとは思っていなかったわ。まして、私のことまで」
「そう?でも、生徒会役員の皆さまは優秀な方ぞろい。将来国を担うであろう方々を多く輩出している歴史もあるのよ。それに、アリア様については実は私たちファンクラブに入っているほどで……だから、少しし詳しいのよ」
「ふぁんくらぶ……」
無表情で冷めた目をしたアリアにファンクラブが?
確かに顔は良い。それに、小さい事から知っている私から見れば可愛い一面は沢山ある。
だが、同姓の少女たちにファンクラブを作られるほどに愛されているとは。
「そうそう。いつかアリア様に挨拶をさせて頂きたいと思っていたのだけれど、ライラさんからの紹介でどうにか時間をいただくことはできないかしら」
「……どうかしら。聞いてみないと分からないわ」
ぐいぐい来るな。
実際、アリアの予定を私が決めることが出来ないのではぐらかすことくらいしかできない。
後で一応聞いておこう。
多分断ることになるだろうけど。
ファンクラブがあると考えればいちいち対応してはいられないだろう。
そう思っていたのだが。
「良いですよ」
お茶会を終え、いつも通り彼女の部屋で顔を合わせた時に聞いてみればそんな返答が帰って来た。
「良いの?」
「叔母様の数少ない交友関係のある方からのお願いであれば断ることもないでしょう。本来ならば後続の者が気がかりですが、幸いなことに叔母様の友人はごく少数ですし」
「なんか素直に頷きたくないな」
まあ、確かに友人と呼べるのはリラだけ。
ナンシーたちも友人と言うよりはまだ知り合いの域は出ない。
そう思えば、ナンシーが紹介してもらったからと自分もと言ってくる輩もいないだろう。
なんか悲しくなってきた。
「話は変わりますけれど、ルーファス様がまた生徒会室に来てほしいとおっしゃられていました」
私が悲しみに暮れているとアリアが思い出したように口を開く。
ルーファス様からの誘いか。
「幽霊についてでしょうね。こちらから出向こうと思っていたから丁度いいわ」
幽霊……すなわちルーファス様の手先の舞台について。
先日の騒動に関して話をしたいのだろう。
私とても、魔術を使っておいて無視を決めこむわけにもいかないので機会をうかがっていた。
アポイントメントをアリアを通して取ろうと考えていたのだが、彼方からの招待をしていただけるのであれば好都合であった。
◆
と言う事で、早速私はアリアと引き連れて生徒会室へ向かった。
二度目の訪問と言う事で、特に気負う事もなく入室をした。
「やあ、待っていたよ。ライラさん」
ルーファス様のそんな声を受けつつも、私に突き刺さる視線は彼の者だけではなかった。
部屋に入り気付いたのは前回のようにルーファス様が一人でその場にいるわけではなかったことだ。
空席であったテーブルには幾人かの人間が座っていて各々が作業をしている。
「すまないね。今日は貸し切りとはいかなかったんだ」
「いえ、お気になさらず」
前回は態々人払いをしていたことを考えれば初めから『至高』について詳しく話すつもりであったのだろう。
逆に言えば今回は一年生のライラ・ライブラとしての招待と考えてもよさそうではある。
「そう?それはありがたいよ。このところ生徒会業務に忙しくしていてね」
奥のテーブルでは今も忙しそうにしている役員を見る。
そう言えばリラのお兄さんもいるんだったか。
そう思い奥のテーブルを見ると男子生徒は二人。
ルーファス様を加えれば役員の男子は三人と言うわけだ。
そして、同様にアリアを加えた女子生徒も三人いる。
ここに全員集まっていると仮定して、確かに一人リラに似た雰囲気を持つ男子の顔を見た。
髪の色と瞳の色が一緒で尚且つ顔立ちも似ているとなれば彼こそがリラの兄なのだろう。
「アリアさんも忙しいのに態々ライラさんに話を通してくれてありがとう」
私が生徒会役員を観察していれば、ルーファス様はアリアに顔を向けた。
確かに、彼ら彼女らが忙しくしているのならばそれはアリアも例外ではない。
それを考えれば、私への伝令役としての役割をしてくれていると言うのはきっと少なからずアリアに負担をかけているだろう。
しかし、そんなことは気にしていないとばかりにいつもの表情で返答した。
「いえ、私などがルーファス様のお役に立てるのなら光栄なことです」
「そう言ってくれると助かるよ」
ルーファス様の微笑む顔はとても絵になった。
何故この笑顔を向けられて平然とした表情を浮かべていられるのか分からない。
「ライラさん、君のお姉さんにはいつも助けられているよ」
ルーファス様は私とアリアの関係を当然知っている。
それゆえの発言だろうか。
実の親ではないものの確かに娘がいたら学園での様子が気になるもの。
行き遅れた私からすれば自分の子供のように思うところもある。
ルーファス様にアリアの活躍を聞いて少しうれしくなった。
「私としても誇らしいですわ。先日、アリ……いえ、お姉さまが生徒会の役員としてご活躍なされていたことを知って驚きましたが」
私がそんなことを言うと、アリアは肩を震わせる。
褒められて照れているのか?
いや、違うな。そうではなくこれはきっと……。
「お姉さま」
ピクリとアリアの方が跳ねた。
どういうわけか、普段しない呼称に対してアリアが反応している。
少し面白くなって「姉さま」「お姉ちゃん」「ねぇね」と小声でささやいてみればアリアが震えだした。
しかし度が過ぎたか。
作業中の生徒会役員の皆さまの座るテーブルがアリアの振動で震えて邪魔をしてしまう前にやめておいた。




