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アメリカの旅~不夜城ラスベガス~

作者: 空住 正浩
掲載日:2026/05/08

幼き頃よりアメリカという国に少なからぬ憧れがあった。ハリウッド映画の中の夢のアメリカ。テレビ、新聞、雑誌などで報道されるリアルなアメリカ。実際に旅行してきた人に聞かされる、面白可笑しい主観的なアメリカ。そのいずれもが私の心を捉え、一度自らの足でそこを旅してみたいという欲求が芽生えるのは自然であった。

 決意したのは大学生の時だった。とりあえずアルバイトで貯金30万円を目標に定めた。しかし苦学生だった私は生活を保つのに精一杯で、一向に金の貯まる気配がなかった。結局大学卒業時点で預金残高はほとんどなく、念願の卒業旅行は叶わなかった。

 社会人になり、ようやく毎月の給料の中から一定額を貯蓄にまわせるようになった。一年半ほど経つとまとまった蓄えが出来、具体的な旅の計画を立て始める。目的地は、西海岸周辺の都市であるラスベガスとロサンゼルス。その二つの都市を選んだ理由は、ロサンゼルスは憧れの映画の都ハリウッドがあり、ラスベガスは世界一のエンターテインメント・スポットと聞くからだ。そして二つとも私の中でアメリカのイメージに最も近いと思えたのだ。費やす日数は約一週間。往復の飛行機と宿泊するホテルは大手旅行会社のパックを利用し、現地での行動はフリーといった具合だ。また、私はこの旅は絶対一人でゆこうと決めていた。長年あたためてきた夢の企画であるだけに、自分の世界を誰にも邪魔されたくなかったのだ。

 いよいよその日が来た。四国の田舎町から関西国際空港までバスで向かい、そこからユナイテッド航空で太平洋を越えサンフランシスコ国際空港まで約10時間。狭いエコノミーの座席でこれほどの長時間過ごすのは初めての体験であり、心身共に疲れた。

 サンフランシスコ到着の機内アナウンスが流れる!ついにアメリカ大陸の土が踏めるのかと胸が高鳴る!

航空機から降り立とうとする時、私の頭の中を満たしていた言葉がある。1969年、アポロ11号が月面着陸した時のアームストロング船長の言葉だ。『これは一人の人間にとって小さな一歩だが、人類にとって大きな一歩だ。』私は悪戯っぽい笑みを浮かべながら頭の中でその名言を勝手にアレンジしていた。『これは人類にとって無意味な一歩だが、一人の人間にとって大きな一歩だ。』と。

 サンフランシスコ国際空港で出迎えてくれた旅行会社の現地スタッフの案内で入国手続きを済ませ、ラスベガスのマッキャラン国際空港に向けて航空機を乗り換え再び空の旅が始まる。

 隣の席は、金髪のアメリカ人の若者であった。近くに座っている仲間たちと陽気に騒いでいる。その姿は無邪気な子供のようであった。窓際の席だった私は地上の景色を見下ろす。その光景は圧巻だった!岩山の連なる荒野が果てしなく続いており、日本ではまず見る事の出来ない壮大でワイルドな画だった。この時私はアメリカに来た事を強く自覚する。

 ラスベガスが近づく。凄まじくゴージャスな街並みが眼下に広がり出す。ネバダ州の砂漠のど真ん中に出来た世界一の歓楽街は、夜間飛行で見下ろした時に息を呑むほどの感動を味わうと言う。真っ暗闇の中から突如眩い光を放つ黄金境が現れるのだ。私は日中飛行の己の運命を呪った。

 ラスベガスの歴史はアメリカらしい創造性とダイナミズムに満ちている。

 何もないネバダ州の乾ききった砂漠に、1930年代にフーバーダムが建設される。それにより安定した水と電力の供給が可能になったのと、賭博の合法化により、街並みが形成され始めた。そして映画にもなったベンジャミン・シーゲル(バグジーとして知られる)というマフィアの人物が、第二次大戦後に、自身の愛人の愛称から名づけた『フラミンゴホテル』を建設した頃から賑わい始める。それから権益をめぐってマフィアの抗争・支配が続くが、1960年代後半頃から法律や当局の取締りが厳しくなり、世紀の大富豪ハワード・ヒューズなどがホテル、カジノをマフィアから買い占めてゆく。そして1980年代末になると実業家や大企業による投機ブームが起こり、カジノだけでなくアトラクション機能も兼ね備えた巨大テーマホテルの建設ラッシュが興る。その為、世界の巨大ホテルの客室数ベースでのベスト10の大半はラスベガスのホテルが占めている。

 今やラスベガスは、家族連れで訪れるのに適した全米屈指の治安の良い健全な総合エンターテインメント・シティとなっている。

 空港に着き、旅行会社のバスでホテルまで向かう。窓から眺める街並みは空から見るのとはまた違った驚きと感動を私に与えた。一つ一つのホテルが恐ろしく巨大で、非常に個性的で魅惑的な外観で、それがどこまでも続く。言わば街全体がテーマパークなのだ!

 ホテルに着いた私は旅の疲れもそのままに早速観光に出かける。

通称『ザ・ストリップ』と呼ばれるメイン通りを歩く。何もかもが桁外れだった!まず私の宿泊するホテルは、『ルクソール』という古代エジプトのピラミッドの形を模した巨大ホテルで、夜間にピラミッドの頂点から天空に向かって一直線に伸びるレーザービームが強烈だ。その電気代だけで年間一億円かかると言う。『MGMグランド』というホテルのカジノフロアはとてつもなく広く、なんとフットボール場が4つ入る程の規模らしい。また各ホテルでは、定期的に無料のアトラクション・ショーが見られる。『ミラージュ』の火山の噴火ショー、『ベラッジオ』の噴水ショー、『トレジャー・アイランド』の海賊ショー、どれもがいまだかつて見たことがないほど迫力満点で、実にエキサイティングだった。

その夜は夜景の一望出来る非日常的な部屋でぐっすりと眠り、次の日から再びアクティブに動き出す。

ラスベガスの醍醐味であるギャンブルに挑戦しようとホテルのカジノに出向く。24時間眠らない街だけに朝から活気づいており、世界各国からの旅行者たちがゲームに興じている。私も手持ちの紙幣をチップに交換すると、ブラックジャックのテーブルにつく。中南米系らしき風貌のディーラーとの勝負だ。私はブラックジャックがなぜか得意で、その日も運良くとんとん拍子に勝ってゆく。そしてある瞬間に悲劇が起こった!

俄かにディーラーのクールな表情が豹変する!そして私を指差し激しく怒鳴り散らす!私は最初何が起こったのか状況を把握出来なかったが、彼の話す英語を必死に聞き取ると、どうやら私が無意識のうちにルール違反をしたらしく、『お前は最低野郎だ!消え失せろ!』的な事を言っているようだ。この時私の脳裏に、いつかアメリカ映画で見た恐ろしいシーンが浮かんだ。ラスベガスのカジノでイカサマをした詐欺師の男が警備員にバックルームに連れてゆかれ、マフィアに利き手を金槌で叩き潰される場面だ。私は逃げるように席を離れた。知らずにした事とはいえ、また今はマフィアは払拭されて健全な経営がなされているとはいえ、最悪の事態を想定したのだ。

私はホテルから出ておとなしく観光をする事にする。

『ニューヨーク・ニューヨーク』というニューヨークの街並みを模したホテルのアトラクション『マンハッタン・エクスプレス』というローラーコースターに乗る。すこぶるスリリングで、自由の女神像すれすれに走り抜ける時は、私の人生も終わりかと思った。

そして各ホテルのアトラクションを渡り歩いているうちに夕暮れ時になり、ダウンタウンに足を伸ばし、ラスベガスの名物『フリーモント・ストリート・エクスペリエンス』という、アーケードの天井がそのまま巨大スクリーンと化すショーを楽しむ。200万個以上のライトとレーザー光線が作り上げるそれは、花火やショーガールなどの派手で魅力的な映像となり、観客の目を釘付けにする。

そして再びストリップ方面に戻ると、地上345メートルの『ストラトスフィアー』というタワーから夜景を眺める。色とりどりに光輝く世界一リッチな建物群に夢見心地にさせられ、日本でのケチケチした日常など忘れてしまう。

そうした魅惑と感動の体験を重ねてゆく一方で、数々の強烈なカルチャーショックにもみまわれていた。

まず良い意味でのそれは、アメリカ人の気質が非常に友好的な事だ。乗り物やレストランで隣になったならば、笑顔で挨拶をし話しかけてくる人が多く、タクシー運転手やファーストフード店の店員なんかでも、別れ際に『Have a nice day!』と言いながら握手を求めてくるのだ。カジノで目が合った若い女性など、私の肩に触れ、『Hi,boy!How are you doing!?』といった具合だ。日本では考えられない積極的なコミュニケーションである。様々な移民によって作られた国の国民性であろうか?

悪い面は、子供のように自らの感情をストレートに表現しすぎる事だ。大の大人がショーやアトラクションで大袈裟にはしゃぐ。レストランでチップを渡すのを忘れたら、ウェイトレスが露骨に厭な顔をする。車を運転していた若い愛らしいお嬢さんが、後ろからクラクションを鳴らされたのに腹を立て、車から降り、相手に向かって中指を立て、汚いスラング(俗語)を喚き散らす。極めつけは、単調な業務に嫌気がさしたエレベーター・ボーイが、ふざけて客の喉仏に手刀で突きをくらわした場面だ。日本でなら大事件だ。

また、水も食事も全く体に合わなかった。シャワーを浴びると肌がかさかさになり、食事は量も味付けも限度を知らないような代物だった。マクドナルドでコーラのLサイズを注文すると、バケツのような容器で出され、レストランで食べるステーキは革靴を噛んでいるようで、チョコレートやケーキは、砂糖をそのまま食べているかのごとくであった。私は満足に食事が出来ず、みるみる痩せてゆく。

短い滞在ながら、私が生まれて初めてナショナリズムに目覚めた瞬間があった。ラスベガス最後の夜に『スプラッシュ』という人気ショーを観た時の事だ。アダルトなダンス・ショーを中心とした、大道芸やバイクのスタントなど盛り沢山の内容で、エンターテインメントのレベルは唖然とするほど高かったが、一つ気に入らない部分があった。客席から舞台にあげられた日本人観光客が日本人ということでとことんコケにされ、観客たちの笑いものにされていた。彼らからすれば洒落のつもりであろうが、私の胸中には沸々と怒りの感情がおこり、同時にひどく惨めな気分にさせられた。この時私は数日ばかり離れている祖国日本と日本人を想った。

歴史と伝統に彩られた平和で美しい国。勤労と節約が美徳で、控え目で礼儀正しく謙虚な性格の国民性。知的好奇心が旺盛で、文化的レベルも高い。欲望に翻弄されるのを卑しい事とし、名誉や道徳を何より重んじる。勿論それらはステレオタイプで建前的で良い部分だけを言っているようだが、私の漠然とした理想像であり、我々の目指している方向性のようなものだと思われた。

気がつくと、目から涙が溢れていた。日本から遠く離れたことで祖国に対して見えてくるものがあり、それに対してえもいわれぬ尊敬と愛着を覚えたのだ。

私のアメリカの旅は終わった。良い意味でも悪い意味でもアメリカに対して抱いていた幻想や憧れは一旦リセットされ、新たなアメリカ像が出来上がった。そしてこの旅の最大の収穫は、日本国と日本人に対するリスペクトとラブであった。


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