第14話 魔族と氷の戦士
あまりにも唐突。
あまりにも、絶望的。
突如現れた「ソレ」は、全身から暴力的な魔力を垂れ流し、濃密な《《死の気配》》を纏っていた。
(な、なんだ、コイツは...ッ!)
明らかに、己よりも強いとわかる。そして、己の兄よりも...。
「いきなりひどいではないですか。」
「アー?」
何事もなかったように、氷結が再び姿を現した。
しかし、その左腕はあらぬ方向を向いていた。
血は一切流れていない。凍結させて、止血しているのだろう。
「魔族が、何の用ですか?」
「ま、魔族ッ!?」
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魔族とは、この世界における闇の眷属たちの総称である。
その起源は古く、おとぎ話にも登場する存在であり、その多くは歴代の勇者たちによって討伐されてきた。
しかし魔族とは闇から生まれる不滅の存在であり、完全に討伐することは困難を極める。
魔族はどの個体も非常に強力であり、その強さは“Sランク”に匹敵する。
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「死んでナかったのか。意外トやるなァ。」
「伝説に謳われる魔族に褒めていただけるとは、光栄ですね。」
「ヘッ、口が達者ナエルフだな。」
「今回のスタンピード、まさか、あなたが引き起こしたのですか?」
「そうダ。」
(な、なんだって!!?)
「なぜ?」
「答える必要ハ、ねえナ。」
突如、氷結の足元から黒い触手のようなものが飛び出した。
しかし氷結は、攻撃がくることをあらかじめ知っていたかのように、華麗に回避した。
「不意打ちとは卑怯ですね。」
「りひひっ、知らねえナ。死ね、エルフ。」
氷結は滑るように移動しながらそのことごとくを回避していく。
「――凍えろ。」
冷気が魔族に放たれる。
しかし魔族はただ、涼しげにしているだけだ。
「おお、涼しイね。気が利くじゃないカ、エルフ。俺のご機嫌取りをしテ、手下にでもナりたいのカ?」
「あまりふざけたことをぬかさないでもらいたい。しかし、この程度ではダメですか。はぁ…。」
「さっさと本気を出サネェと、死ぬゼェ?」
「…仕方ありません。少年と青年、離れてください。私も余裕がない。本気でいきます。」
「わ、わかりやした。ぼっちゃん、引きやしょう!!」
「う、うん…。」
魔族。初めて目の当たりにした存在に、ヒルマは完全に押されていた。
自分では勝つビジョンが見えなかった。そして、氷結でさえもおそらくは…。
(か、勝てない。このままじゃ、全滅してしまう...ッ)
「行くぞ、魔族。」
「りひひ。来い、エルフ。」
氷結がおもむろにレイピアを顔の前で構えた。
氷結の目に宿るのは、諦念でも恐怖でもない。
あるのはただ、目の前の敵を討つという、氷のように冷たい意志。
「――氷魔装着。」
世界から音が消えた。
ヒルマは目を見開いた。
誰だ、勝てないなんて思ったのは。
誰だ、無理だなんて決めつけたのは。
魔族と氷結、周囲の地面が白く凍り付いた。
氷結の体が凍り付いていく。氷は徐々にその形を変えていく。
やがてそれは、白く青い、鎧となった。
背中からは冷気のマントが棚引いている。
顔の半分を覆う兜は、鳥のくちばしのような意匠だ。
右手のレイピアは純白の長剣となり、キラキラと陽光を反射している。
刃は淡い青光を放ち、空気中の水分を凍らせながら低い音で鳴っている。
鎧の奥、鋭い眼光が魔族を射抜く。
吐く息は白く、彼の足元には薄く霜が広がっていた。
「さぁ、始めようか。」
氷の戦士は、嗤った。
~Side千里眼のマダル~
「ッ!?おいおいおいおい、マジかよ。」
「ギルド長、どうなさいましたか?」
マダルは右手でつかんでいたオーガの首を投げ捨て、左手に持っていたトレントの枝で背中をボリボリと掻いた。
「魔族が出やがった。」
「は...?はぁ!?魔族ですか!!?」
マダルと行動していたBランク冒険者が素っ頓狂な声を上げた。
「ばっっっかオメエでっけえ声出すんじゃねえッッ!!魔族が出たって情報が戦場に広がってみろ!!!無用な混乱を生むだろうがッ!!!」
「ギ、ギルド長の方が声でかいじゃないっすか!!!!」
「う、うるせえ!!!!!!それどころじゃねえだろ!!!」
(クソッ!!魔族だと!?一体何が起きてやがるッ!!)
「じょ、状況は!?」
「非常にまずい。今《《見てる》》が、氷結がぶっ飛ばされた。」
「ひ、氷結がぶっとばされたって...も、もう勝てないじゃないですか...!」
「いや、まだ氷結は負けてねぇ。氷結にはとっておきがある。」
「と、とっておき、ですか?あの広範囲魔法ではなく?」
「馬鹿野郎、あんなの序の口だ。奴の本気はあんなものじゃない。」
「あ、あれが序の口、ですか...。」
(そう、あれは序の口。奴が本気を出した姿。あの姿こそ、氷結の二つ名の由来...。)
氷霧が、ゆっくりと地表を這っていた。
最初に動いたのは、魔族だった。
地面が隆起し、触手が槍のように突き上がる。
四方八方から同時に襲いかかる、避け場のない攻撃。
氷結が剣を横一文字に振るうと、刃から氷の波動が放たれた。
――バキバキバキッ。
突き出た根が一斉に凍結し、動きを止める。
氷結はそのまま踏み込み、凍った触手を踏み砕きながら魔族へ距離を詰めた。
「りひひ。」
魔族もまた、嗤った。
葉擦れのような笑み。
魔族は両腕を広げる。無数の蔦が鞭のようにしなり、氷結を絡め取ろうと一斉に襲いかかる。
氷結は後退せず、逆に一歩前へ出た。
剣を地面に突き立て、低く詠唱する。
氷が地中を走る。
蔦の根元から、魔族の足元へ――一気に凍結が広がった。
地面が白く染まり、魔族の触手のような根が内部から氷に侵食される。
再生しようと蠢く動きが、凍結し動きが目に見えて鈍い。
「……そこだ。」
氷結は剣を引き抜き、刃を両手で構える。
剣身に、これまでとは比べ物にならない魔力が集中し、周囲の温度が一気に下がった。
キィイイイイン。
空気が悲鳴を上げ、氷晶が舞う。
魔族が迎え撃つ。
まがまがしい巨大な花弁状の装甲が展開される。
いや、花弁ではない。それらはすべて、赤黒い巨大な手のひらだった。
グロテスクな花が、開いた。
巨大な手のひらの中心には、巨大な口があった。
「「ヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!」」
魔族と巨大な口が、同時に笑った。
氷結が跳躍。
巨大な氷柱の刃が形成され、剣と一体化する。
「――絶対零度。」
白い衝撃が、世界を覆った。
キン。
レイピアが鞘に、納められた。
ピシッビキッ
ガラガラガラッ
“氷像”が音を立てて崩れ落ちた。
霧が晴れ、立っていたのは、氷結のシュッツディラルドだけだった。
「これが、氷結の、シュッツディラルド…。」
圧倒的であった。
スタンピードの始まりに使った魔法は、本気ではなかったのだ。
これが、“氷結”の真の所以。
「ふぅ…。とりあえず、なんとかなりましたか。」
「シュッツディラルドさん!ご無事ですか!!」
「ディーでいいですよ、少年。親しい人はみなそう呼びます。」
「とんでもねえもんを見せられやした。あの伝説に謳われる魔族が、ばらばらでさぁ。」
「やつがこのスタンピードを引き起こした張本人だったんですよね?」
「ええ、本人曰く、ですが。実際奴を倒したことでスタンピードもおさまったようです。」
周囲を見渡すと、すでに魔物たちはあらかた倒されており、ぽつぽつと残ったゴブリンやオークを、冒険者たちがせん滅していた。
「どうやら、フェーズ3に移行したみたいですね。よかったぁ、無事に乗り越えることができて…。」
「へっへっ!本当でさぁ!!もうへとへとですぜ…。さっさと帰って、酒でも飲んでねんねしたいところですなぁ。」
「フフフ。油断してはいけませんよ、青年。ちゃんと家に帰るまでが遠sゴプッ」
「え?」
氷結の腹から、触手のようなものが生えていた。
「油断しちゃ、いけねェよナァ~~~~~~?」
「なッ」
「オれ、死なねえンダ。“種”がある限り、俺は死なねエんダよ!!!この、間抜けどもガぁ~~~~~!!!!」
「逃げろ、少年。にげ」
「お前はもう用済みダ。今度こそ死ね、エルフ。」
氷結の体が掻き消えた。
遠くで一つ、土煙が上がっている。
ぴちゃぴちゃっ
ヒルマの顔に、鮮血が飛んだ。
(く、クソッ!戦うしかッ)
「シィッッ!!!!」
アクトゥが魔族に斬りかかる。
「アクトゥッ!?」
「ぼっちゃん!!!!ぼさっとすんなッ!!!行けェッ!!!」
「な、なにを言ってるんだッ!!」
「へへっ逃げろって言ってんじゃねぇッ!!役割分担でさぁッ!!ワイバーンの時と同じ、あっしがこいつを引き付けるッ!!」
「でもッ」
「いいから行けェーーーッ!!!!」
あのスキル。
あのスキルを使えば。
(ブッ!あはははははははっ!!!)
嘲笑がよみがえる。
(な、なんだよその格好!!!!ひーっ!ち、乳首だけ、乳首だけ出してっ!)
幻聴が聞こえる。
(む、村を守ったって?何から守ったんだよ!チクビームのチクビナイトさんよぉ!!)
思考が鈍る。
動けない。
「なんだ、このオッサン。オマえも死にてえのカ?」
「へへっ。死ぬつもりなんかねぇよ。ただ、今度こそ。《《今度こそ》》、“俺”が守るべきものを、守り通すだけだ。」
短剣が閃き、影が踊る。
作者のおしり炒飯と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
本作、カクヨム様にて、先行公開しております。
続きが気になりましたら、ぜひ下記よりご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/822139844400383614




