カボチャの馬車に乗り損ねたのには理由がある。
早朝マラソンの河川敷。
必ずすれ違う男性がおり、二ヶ月経つころには無視できなくなり、挨拶するようになった。
そのうちに駅のプラットフォームで電車を待っていたら、反対側のフォームに立っていて手を振るなんてこともして、ラーメン屋で隣で食べていたとか、地味に顔を合わせることが増えた。
ある日、会社に行ったら、その男性が中途採用ですと紹介された。
「いやいや、ないない」
「偶然だな」
二つ年上であるがタメ口なのは、早朝マラソンで並走しながら互いの好物を話すまで親しくなってしまったからだ。
そこまでの偶然はあることだと心を平静に保つことを努めた四月から半年後。
「今日からお隣さんだ。宜しく」
「いやいや、怖い怖い」
「偶然だから。あっはっは」
ランナータイプの細マッチョである。こっちの方が背は高いから、襲われることはないと、貞操の危機は感じていなかった。
付き合いを続けた。
互いの部屋に入り浸り、休日部屋で映画なんか観るようになったころには、三十路男の寂しさでこのようなことに。これではますます結婚が遠のくと頭を抱えたものだが、性癖としてはノーマルであるので、決して超えはしないと思っていた。
思っていたが。
その日はハロウィンだった。
「トリックオアトリート」
「酒しかねえよ」
汚い机上のものを整えられた。そういう心配りは真似できない。
代わりにサッサと並べられるのはごはん。
「つまみを作った」
「気がきくな」
「これはフェタを入れたギリシャ風サラダ。見ろ。ケッパーを入れて、きゅうりは皮を剥き、ミックスハーブで味付けをしている」
「フーン」
「これはクミン味のバングラデシュ風の焼きそば。肉はないが野菜たっぷりだ。野菜は火を通すと嵩が減ってたくさん食べられる。メインはこれ。グリルした鶏肉にかかってるソースはインド風ホワイトソースだ。スパイスは俺が調合した。それからこれだ。お前が好きなエビチリ。エビは今朝、豊洲で買った」
それを骸骨の仮面をつけたまま言う。少し変わった奴である。
「ありがとう?」
「どういたしまして」
飯を食べて、映画を観ていた。
「いつまでお前はその怖いお面をつけているんだ」
「好きなんだ」
仮面を被ったままで言われた。
「す」
「好きなんだ」
「お、おう」
気まずいラブシーンが続くから、骸骨のお面に話題を逸らそうとしたが失敗した。戦闘中に愛を語らうとかありがちシーンが壮大な音楽に乗せて流れる中。
「俺は無理。ゲイじゃないから」
「こんなに尽くしているのに」
「気持ち悪いことを言うな」
「俺を弄んだんだのか」
「ストーカーが何言ってんだよ」
「付き合えと言っているのではない。一回でもいいから抱いて欲しい」
「骸骨とか」
彼が仮面を取った。整った顔立ちはしているが、どう見ても男だ。
「無理だ」
「物は試しで!」
「無理!」
押し倒されそうになったから、頬を引っ叩いた。
「ごめん」
「いや、俺の方こそ」
彼は半泣きで出てった。
もう二度と奴に近寄るのはやめようと思った。
「おはよう」
向こうから近寄ってきた。そうだった。彼は度を越したストーカーだったな。
会社までの道で。
横断歩道で立ち止まる老人を手伝い、通学途中の女子生徒が転んだのを助けてやり、泣いてる赤子をあやしてやり。
そのような善行をみていたらば、俺の方が悪いように思えてきた。
「仕事は円滑に進めたい。お前はできる奴だ。だけどストーカーだし、俺は男相手に恋愛はできない。差別と言われても俺は」
赤子を母親に返す彼をじっと見て言った。
「幼稚園のときに」
「幼稚園」
「ドネーションのために髪の毛を伸ばしていたせいで女の子と間違われることがあり、女の子より付き合いが良かったのでモテ、その中の一人に求婚されてから俺の性自認は歪んだ」
「幼稚園」
そう呟き、額に手をやる今の俺が彼にどう見えていたかわからない。
「小学校でもだ。転校するまでかわいいと言われ続けて、おかしくなって今に至る」
すれ違いざまにやってきた散歩途中のプードルが俺に寄ってきた。撫でる俺の背中に向かって彼が言った。
「だから、責任をとって欲しい」
「とれーん!」
終わり




