25.アレクシアとポーリーン
そんなグローリアをじっと見つめていたアレクシアは側に居た騎士を手招きして籠を渡すと、そっとグローリアの手を取り少し屈んで指先に口づけた。
「ありがとうございます、グローリア様」
体を起こすとアレクシアは美しい紫光の色の瞳を細めてにっこりと笑った。これが合図であることをグローリアは知っている。引き際なのだ。
「それでは、これ以上お邪魔するわけには参りませんから、わたくしたちは観覧席へ参りますわ。お時間をありがとう、アレク卿」
「いえ、今日もお会いできて光栄でした、グローリア様」
あまりしつこくして嫌われるのは本望ではない。グローリアもまたにっこりと微笑むと軽く膝を折り、「行きましょう」と後ろのふたりへ目配せすると静かに観覧席へと歩みを進めた。
騎士団の鍛錬場はいくつかあるが、一般公開されているのはこの第一鍛錬場のみだ。どういう基準でそれぞれの鍛錬場が使われているのかは機密らしくグローリアには分からないが、この第一鍛錬場は広い部類に入るらしい。
鍛錬場の脇にある階段を上ると観覧席に出る。鍛錬場は長方形になっており、周囲を囲むように長い辺二面と短い面一面が観覧席になっている。観覧席が無い面には先ほどまでグローリアたちがいた、正宮や中庭の方へ続く回廊がある。
グローリアはいつも通り、王宮の前庭から見て奥に当たる長い面の中ほど近くに腰を下ろした。ドロシアとサリーがグローリアの左右に座る。回廊側から奥まで良く見渡せる位置であり、騎士たちが休憩室の出入りをする時に必ず前を通る場所だ。
周囲を視線だけでぐるりと見渡せば午後の早い時間ということもあり見学に来ている人は多い。グローリアたちと同じように目当ての騎士を見に来た令嬢たちのグループや騎士の家族が多いが、私設騎士団の引き抜きや令息令嬢の護衛騎士候補を探しに来た高位貴族などがいることもある。
「受け取ってもらえて良かったですね!!」
「そうね。少し緊張してしまったわ」
嬉しそうに声を弾ませるサリーにグローリアも微笑んだ。ライラックの花の季節が終わる前に渡すことができて本当に良かった。
鍛錬場を眺めつつグローリアたちが話していると、グローリアたちと同じように会話に花を咲かせながら鍛錬を見学していた令嬢たちから「きゃぁ」と小さな悲鳴が上がった。はしたなくない程度に鍛錬場を見回すと、ちょうど鍛錬着のポーリーンが回廊側から鍛錬場に現れたところだった。
―――今日は運が良いわ…。
グローリアの心が浮き立った。ポーリーンはアレクシアに気が付くとそちらへ足を向け声を掛けたようだった。振り向いたアレクシアが軽く汗を拭ってふわりと笑い、すっと、観覧席の方を視線で差した。
「こちらを向きましたね」
ドロシアが少し驚いたように声を上げた。アレクシアに何か言われたのかポーリーンが観覧席の方を向き、少し視線を彷徨わせるとグローリアたちの姿を認め、「あ」と小さく口を動かした。目が合ったと思った瞬間ポーリーンの口元がはっきりと上り、ポーリーンはグローリアに小さく、騎士の礼をとった。
周囲の令嬢たちからまた小さな悲鳴が上がった。ポーリーンはあまり表情を動かすことが無い。微かな動きはあるが、遠目にもはっきりと分かるほどに表情を変えるのは珍しいのだ。
「焼き菓子、お持ちした甲斐がありましたね!!」
サリーが嬉しそうに頬を染めて笑った。涼やかな出で立ちのポーリーンは意外と甘党なのだ。対して、甘い容姿のアレクシアはそこまで甘いものを好まないと聞く。そのため差し入れにする焼き菓子は甘さを少し控えてあり、必ず塩味のものも用意するようにしている。それらがどうもポーリーンの口に合ったようで、必ずグローリアの差し入れは食べてくれているらしい。
「ええ、今日は本当に運が良いわ」
体を起こしてこちらを向いたポーリーンへグローリアが微笑み頷きを返すと、また淡く微笑んだポーリーンはアレクシアと何かを話しながら練習用の剣を取り、軽く打ち合いを始めた。
何という良い日だろう。音楽に乗せた剣舞も美しいが、ふたりの鍛錬場での打ち合いもまるで舞うように軽やかでまた美しいのだ。令嬢たちの視線も、アレクシアとポーリーンを追いかけている。
「本当に、良い日だわ…」
ぽつりと呟き、鍛錬場で楽しそうに剣を合わせるふたりをグローリアはじっと見つめた。何事かを笑い合いながら長剣を振るふたりは実に花がある。そんなふたりを見ているとグローリアの心は明るく浮き立つのに、同時に一部が暗く沈むようにも感じるのだ。
鍛錬場へ来るたびに、誰にともなくグローリアは祈りを編む。
そう遠くない未来、グローリアがこうしてふたりを眺めることもできなくなるだろう。ここに来ることさえままならなくなるだろう。
だから今だけ、今だけだ。公女らしからぬ振る舞いをするグローリアを、どうかあと少しの間だけ許して欲しい。
楽しそうに打ち合うアレクシアとポーリーンを眺めながら、その姿を楽しそうに眺めるサリーとドロシアを横目に見ながら、グローリアは誰にも気づかれぬよう小さな小さなため息を吐いた。




