20.テディ・ベアの騎士
さて、この無礼者の騎士はいったいどうするつもりなのだろうとグローリアが無表情のままで黙って眺めていると、また後ろから別の低い声が掛かった。
「何をしている、アドルフ」
「あ、カ…カーティス卿………」
コツコツと靴音を響かせてやって来たのは同じ白い騎士服の騎士。襟元の刺繍は金の三本線。アドルフと呼ばれた騎士の襟の刺繍は銀の二本なので、アドルフから見ればかなり上官にあたる騎士だ。巨躯の騎士は目を瞬かせると、大きな体を縮こませてのそりと礼の形を取った。
「何をしていると聞いたんだ、アドルフ・ギルモア」
グローリアまで四歩の距離まで来るとぴたりと止まり、その騎士は貴族的な微笑みを浮かべて優雅に腰を折った。
「ご機嫌麗しゅう、公女様。第一騎士団所属、カーティス・ラトリッジがご挨拶申し上げます」
「ごきげんよう、カーティス卿」
「何かお困りでございますか?」
背筋を伸ばし胸に手を当てたまま優雅に微笑むカーティスにグローリアもにこりと貴族的に笑って見せた。
「いいえ。わたくし、騎士棟へ向かう途中だったのですけれど………ねぇ?」
グローリアがすっと扇を開き口元に当ててちらりとアドルフへ視線を送ると、カーティスはちらりと巨躯の騎士を見て、それからアドルフへ鋭い視線を向けた。アドルフはびくりと肩を揺らすと目を逸らし先ほどの図々しさをどこへやったのか、カーティスの方を向き背筋を伸ばして直立している。
「左様でございましたか。………ギルモア、行け」
「はっ!!申し訳ございません!!」
グローリアに向けるのとは全く違うカーティスの低く重い声に直立のまま体を九十度に曲げて勢いよく礼をすると、アドルフはくるりと踵を返して逃げるように足早に去って行った。その後ろ姿を冷たい視線で見送ると、カーティスはグローリアに向き直り再度深く腰を折った。
「部下が大変な失礼をいたしました。申し訳ございません」
「よろしくてよ。大事ないわ。………そこの騎士に感謝してちょうだい」
もしもグローリアがアドルフを咎め声を上げていたならば、アドルフの未来は文字通り無かっただろう。巨躯の騎士はグローリアをアドルフから救ったが、同時にアドルフのこともグローリアから、イーグルトン公爵家から救ったのだ。
カーティスはちらりとまた巨躯の騎士を見ると表情を変えずに頷いた。
「第三の…礼を言う。この件で何かあれば僕に言え」
「ははは、はい!あ、あ、ありがとうございます!」
眉をハの字に下げ、巨躯の騎士はどもりながら礼を言うとがばりと、大きな体を折り曲げた。グローリアはそれなりの距離があるはずなのに風と圧を感じた気がして瞬いた。
「公女様、ご案内は必要でしょうか?」
顔を上げた巨躯の騎士にひとつ頷くと、カーティスはグローリアに向き直りふわりと微笑んだ。
第一騎士団の騎士は総じて容姿が良い。目の前で微笑むカーティスも侯爵家の令息で二十六歳の若さにして役職持ち。婚約者も居ないとあって御令嬢方からはかなりの熱い視線を送られている。
どの令嬢に対しても同じように物腰柔らかで丁寧だが、色々な面で華やかな第一騎士団所属でありながら女性関係では不思議と浮いた話を聞かないのがこのカーティスだった。
「問題ないわ。知った場所ですもの」
グローリアがぱちりと扇を閉じると、カーティスは笑みを深めて更に一歩、後ろへと下がった。
「承知いたしました。何かございましたらいつでもお声がけください」
そうして優雅に腰を折ると、カーティスは「それでは」と言ってちらりと巨躯の騎士へ視線をやり、騎士棟とは逆の方へと去って行った。
少し視線を動かせば、残された巨躯の騎士が変わらず五歩の位置で所在無さげに立ち尽くしている。
「あなた、名前は?」
グローリアが問うと、黒の騎士服に包まれた大きな体がびくりと跳ねた。少し跳ねただけなのだろうが、グローリアには大地が揺れたかと思えるほど大きな動きに見えた。
「あ、あ、えっと!セオドア、です。セオドア・ベイカー…」
先ほどはあまりの大きさに驚きうっかり悲鳴を上げそうになったが、困ったように目を泳がせるセオドアはグローリアからしっかりと距離を取り、決してそれ以上近づいてはこない。先ほどの無礼な第一騎士団の騎士とは大違いだ。爵位はあちらの方が天と地ほども上だろうがどちらが紳士かと言われれば比べるべくもない。
「……テディ・ベア」
おどおどと巨大な体をちぢこませて答える黒い筋肉の塊…改めセオドアがとてもつぶらな瞳をしていることに気づき、うっかりグローリアは呟いた。
「え?」
セオドアはきょとんと黒の瞳を瞬かせた。体の大きさに気圧されてよく見ておらず気付かなかったが、顔だけ見れば平民の割にずいぶんと可愛らしい顔をしているのねと、そのアンバランスさにグローリアは妙に感心した。
テディ・ベアは今では国で当たり前になった、センズベリー伯爵家が販売する熊のぬいぐるみだ。
当時まだセンズベリー子爵だった家の当主であるセオドア・センズベリーの息子のひとりが重い病にかかり、その後遺症で出歩くことが難しくなってしまった。
幼い息子が友人と中々遊べずとも寂しくないようにと、セオドアは特に手触りの良い兎の毛皮を使い、息子が大好きな絵本に出てくる熊の綿入りの人形をせっせと縫い上げた。
息子は大変に気に入りどこに行くにもその人形を連れて歩いた。大好きな父、セオドアの愛称をとって『テディ』と名付けられたその滑らかな手触りの愛くるしい人形は『ぬいぐるみ』と呼ばれたちまち評判となり、セオドアの元には沢山の製作依頼が舞い込んだ。
結果、センズベリー子爵家はそこそこ有名なドレスハウスの経営者から、国一番のぬいぐるみメーカーになったのだ。
今ではメインとなる熊のテディ・ベア以外にも、兎のテディ・ラビット、猫のテディ・キャット、蛙のテディ・フロッグがいる。
素材も毛皮をはじめサテンやコットン、ウールやレザーなど様々。まるで本物のような作りのものから花柄や水玉の愛らしい物、何と総刺繍の芸術品のようなぬいぐるみまである。毎年建国記念の日に発表される数量限定の『イヤー・ベア』はコレクターがいるほどの人気ぶりなのだ。




