13.心当たり
その若草の瞳の奥にあるものは何なのだろう。グローリアがじっと見つめていると、ティンバーレイク公女はつっとドロシアへ視線を向けた。
「あなたも。ごめんなさいね、ウィンターさん。あなたにはもちろん、お家の方にもご迷惑が掛かったのではなくて?」
ドロシアの家、ウィンター伯爵家は主に国外との輸出入を取り扱う商家だ。特に南国との交易に強く国内の輸入果物はほとんどをウィンターが取り仕切っているのだが、今回の件でいくつかの国内の家門から取引を切られたとグローリアも小耳に挟んでいる。
「お気遣いをありがとう存じます。当家は少々の波が立ったところで沈むほど柔な作りをしておりませんのでご安心くださいませ。ティンバーレイク公女様もどうぞ、お心を痛められませんように」
ドロシアも、口角を上げると目を閉じ静かに頭を下げた。
それはそうだろう。ウィンター伯爵家との取引を失って困る家は多いだろうが、ウィンター伯爵家は国内のちょっとした騒動程度では全く揺るがない。今回のような不確かな噂で動きウィンターとの未来を失った先見の明の無い商人たちはさて、王弟殿下とグローリアの間にわだかまりが無いと分かった今、今後どうしていくのだろうか。ウィンターは決して甘い家門ではない。
ドロシアは目を開いて顔を上げると、にっこりと、商人らしい大変良い笑顔でティンバーレイク公女に笑った。
「私は第三子ですので、いつでも良い縁談は募集中でございます」
「あらまぁ!」
ふふふ、と赤くなった目を細めてティンバーレイク公女が顔をほころばせた。
「それは良いことを聞いたわ。あなたはいつも成績優秀者に名前がありますしウィンター伯爵家の御令嬢なら申し分ないわ。従兄も含めて幾人か見繕わせてね」
もちろん好みでなければ容赦なく断ってちょうだいと、ティンバーレイク公女はとても楽しそうに微笑んだ。指を折り幾人かを思い浮かべているであろうティンバーレイク公女に、グローリアは姿勢を正して声を掛けた。
「………ティンバーレイク様」
「モニカと。様もいらないわ」
「では、わたくしもどうぞグローリアと。モニカは、心当たりはありますか?」
何の、とはグローリアは言わなかった。けれどもモニカには伝わったようで、すっと真顔になると首を横に振った。
「わたくしには分からないわ。でも、お父様と…王宮はすでに目星をつけて動いている。近々、わたくしの処遇も含めて発表があるはずよ」
「え、モニカの処遇、ですの?」
グローリアはぎょっとした。グローリアはモニカに非があるとは一切…と言えば嘘にはなるがほとんどないと思っている。せいぜい言葉に気を付けるようにと注意を受ける程度だと思っていたが、処遇とは穏やかではないように聞こえる。
「ええ。これほどの騒ぎになったのですもの。意図はどうあれ引き金となってしまったわたくしにお咎め無しとはいかないわ。わたくし自身もそれでは自分が許せないもの。………たとえそれが、一般的にはお咎めとは言えないようなことであったとしても、ね」
どことなく悟ったような顔で、モニカは静かに言った。モニカはすでに自分の処遇を知っているのだろう。気になりはしたが王家も絡む決定を正式発表前に聞き出すわけにはいかない。
まるで謎かけのようなその言葉に、グローリアは悩み、そして小首をかしげて言った。
「モニカ………わたくしに、わたくしたちにできることはありますか?」
じっと見つめるグローリアに、モニカは少し目を瞠ると、にっこりと、またあの茶会の時のような花がほころぶような美しい笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、グローリア。こうしてわたくしの謝罪を聞いてくれただけでも十分よ。………でもそうね、あるとすれば………」
ふと言葉を切ると、モニカは瞳を伏せ、そうしてぽつりと言った。
「ねぇグローリア。なぜお兄様がわたくしのことはモニカと呼んで、あなたのことは公女と呼ぶか分かるかしら?」
突然の問いかけにグローリアは目を瞬かせた。王弟殿下がグローリアを公女と呼ぶようになったのはさて、いつからだったか。九歳で参加した茶会ではすでに公女と呼ばれていたような気はするのだが。
「親しみの差…では、無いのですか?」
こんな答えであればあえて問うようなことはしないだろうことは分かっていたが、グローリアにはそれ以外の答えを見いだせない。同じ年代の同じ公女同士、家門の力にもそれほどの差は無い。違うとすれば、それは王族の血をより濃く引くか、王族に連なった者の近しい血族か、それくらいのことだがこれは理由にならないだろう。
グローリアの答えに、モニカは「違うわ」と首を横に振り、そうして諦めたように静かに微笑んだ。
「わたくしには、お兄様の伴侶となる可能性が無いからよ」
「伴侶となる可能性、ですか?」
グローリアはぱちぱちと、何度も目を瞬かせて首を傾げた。




